突然の決戦は寝子ヶ浜海岸｜リアクション

突然の決戦は寝子ヶ浜海岸

「興味深い生物だ。余興としては悪くない」
　二人の奮闘を近場で目にした畑生言嗣は言った。言葉の割に表情は乏しい。
　東の光が強さを増してきた。言嗣は薄目になって腕時計の時間を確認する。靴の先端に乗った砂は軽く宙を蹴るようにして払った。
　後方からしっかりとした足音が聞こえてきた。言嗣に表面上の変化はない。隣りに並ばれても同じであった。
「畑生もスライム退治か」
　御剣刀は両手に持っていた複数のビニール袋を砂地に降ろした。一部の商品が薄らと透けて見える。
「不純異性交遊の果てに誰を孕ませたのかね？」
「無表情で下ネタはやめてくれないか。洒落で済まなくなる」
「そういう貴様も眼付きが鋭いではないか」
　その指摘に刀は少し前髪を垂らすように指で弄った。前からだ、と口にしてビニール袋の結び目を解く。
「紙おむつに使用されている高吸水性ポリマーが狙いか」
「最初から分かっていたのだろ？　人が悪いにも程がある」
「私はマグネシウムの使用を考えていた」
　作業をしていた刀の手が止まる。顎先に手を当てて呟いた。
「それは期待できる効果があるのか」
「マグネシウムのリボンは入手が可能だ。粉末より威力は劣るがね。着火した物をあの生物に投げ込めば水素爆発を起こすだろう」
「そこまで考えていて、どうして実行に移さない？」
　言嗣の口角が僅かに上がった。
「あの生物の主成分が水と考えた場合の話だ。油が易々と吸収される場面を見て、私は考えを改めたのだ。アレに常識は通用しない」
「そうか、やることが増えたな」
「どういう意味だ」
　言嗣は横目で刀を見下ろす。相手は反対に強い視線で見上げた。
「常識で考えて無駄に思える行動でも、やる価値があるってことだろ」
「面白い発想だ」
　刀は表情に自信を覗かせた。
　人差し指が銃身で親指は撃鉄なのか。刀は銃口を前方の標的に定めて撃った。再開された作業は尋常でない速さで瞬く間に紙おむつの山を作り上げた。バケツには白い粒状の物が大量に収まる。
　そこに大きなリュックを背負った亜魚隈猯利が現れた。高校の制服以外は業者のような出で立ちでトングとゴミ袋を持参していた。
「ゴミを貰っていいか？」
　強面の猯利が聞いた。それとなくバケツを手元に引き寄せて、どうぞ、と刀が答えた。手慣れた様子で紙おむつをゴミ袋に入れていった。
「では、これで」
　猯利はリュックを背負い直すと、その場から遠ざかるように歩き出した。目敏く物を見つけてはトングで速やかに拾って砂浜の美化に努めた。
「俺も行動開始だ」
　刀はバケツを持って駆け出した。途中で少し加速して中身を打ち撒けた。周囲から歓声にも似た声が上がる。
　撒いた粒は春に降る雪のようであった。
「美しい光景ではあるが、やはり吸収されたか」
　言嗣は淡々と結果を口にした。戻ってきた刀に次の一手を問う。
「棒で殴るか。石を焼いて投げ付けてもいい……無駄とかいうなよ」
「時に無駄も有効だ」
　そうか、と刀は朗らかに返した。

　身長が高いにも関わらず、砂浜を慣れた足取りで歩く。七海真帆は制服の袖を捲りながら軍手を付けた。
「みんな、穏やかじゃないね。こんなの海に還せばいいだけでしょ」
　七海真帆は大胆に歩を進める。周囲は説明に窮した顔付きになった。本人は笑顔で、いいからいいから、となだめるように手を振った。
「クラゲも災難だよね。朝から浜に打ち上げられて」
　真帆は立ち止まった。両方の掌を正面に向けて構える。突き出した両手は、すんなりと手首まで入った。
「これ、凄いね。軍手が一瞬で溶けたよ」
　抜き出した掌を何回も裏返して言った。懲りずに何度か繰り返して、これ、押せないわ、と踵を返した。
「じゃあ、あとはよろしくね」
　失敗を引きずらない性格なのか。笑顔で真帆は離脱した。
「軍手はもったいなかったかな」
　その時、猯利が真帆の目に留まった。金槌と長釘を使ってスプレー缶の底に穴を開けている。傍らにはゴミの入ったビニール袋が置かれていた。
「あの、もしかして軍手とか余っていませんか？」
「予備ならある」
　猯利は背負ったリュックを真帆に見せて開けるように指示する。自らの手で中から一組の軍手を取り出した。
「ありがとうございました。図々しいついでに、このビニール袋を利用してもいいですか」
「戦わないのか」
「私のメインは清掃なんですよ」
　猯利は真帆の真意を探るような目をした。時間にして数秒のことだった。
「こちらが可燃物用。残りが不燃物だ」
　言い終わると作業に戻っていった。わかりました、と明るい声で真帆が続いた。

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突然の決戦は寝子ヶ浜海岸

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