突然の決戦は寝子ヶ浜海岸｜リアクション

突然の決戦は寝子ヶ浜海岸

　一つに結んだ茶色い髪が上下に跳ねる。腕をしっかりと振って、たまに発声練習のような声を出した。海岸沿いの歩道で夢宮瑠奈は走り込みに精を出す。学校指定の赤いジャージが意気込みを表していた。
　ふいに朝日が目に入って顔を海側に背ける。木々の合間から丸い物を取り囲む人々の姿が見えた。
「なんかトラブル？」
　気のない声で顔を戻して、即座に見直す。離れたところで戦いを観戦するかのように一人が背中を向けて立っていた。緑のコートに束ねた髪が垂れている。
　瑠奈のコースは極端に曲がって砂浜がゴールとなった。
「お、おはよう。なんか、大変そうだね」
　声を受けて草薙龍八が振り向いた。端正な顔で眼光は鋭い。若干、緩んだ口許が柔らかい雰囲気を醸し出していた。
「誰かさんの日常が大変なだけさ」
　声の調子まで明るかった。手には一枚の写真があった。
「これが気になるのか」
　目の動きで気づいたのか。龍八は瑠奈に写真を差し出した。
「三人は親子なのかな。真ん中の女の子が幸せそうな顔をしているね」
「ああ、親子だ。この頃は幸せの絶頂にいたのかもな。だからこそ、気分がいい」
　龍八は改めて写真に目をやり、一気に握り潰した。三人は背後から巨大な牙に襲われて呆気なく仰け反った。
「金に目が眩んだ善人面の亡者は、背後から近づく危険に気付かなかった。こんな風にな」
　龍八は握り拳を掲げて見せた。ひしゃげた写真は三人を苦悶の表情に変えた。
「お喋りが過ぎたな」
　やや視線を下げて龍八はどこへともなく歩き出す。瑠奈の、またね、と掛けた声に反応することはなかった。

　通勤や通学の者達が目に付く時間帯に入った。浜辺に近い歩道では数人が立ち止まって見物客と化した。
　馬の蹄が高らかに響く。白馬に跨った鷹司凜太郎が車道を疾駆した。
「謎の物体には有志の者が当たっています。興味本位で浜辺に近づかないようにしてください」
　海岸の全域に注意を促す為に凜太郎は馬を走らせた。呼び掛けを無視する者には先回りして引き留めた。
　白馬に騎乗した緑眼の男子が砂浜を駆ける姿に人々の目は惹き付けられた。
「昔の時代劇で観たねぇ。暴れん坊……なんだったかしら」
　早朝のウォーキングに励む老婆が皺に埋もれた目で呟いた。
　凜太郎は砂浜に活動を絞った。馬上の高さを活かして周囲に目を光らせる。程なく速い並足で龍八に近づいていった。
「そのバケツの中身を聞いてもいいかな」
「見たままの代物だ」
　龍八は一瞥もくれずに言った。果敢に戦う者の動きを目で追っている。
「言い方が悪かったようだね。改めて聞くよ。そのバケツの黒い液体で何をするつもりなんだ」
　凜太郎は最後の言葉を強調した。龍八の目が斜め上に固定された。
「海水に各種の絵具を混ぜたものだ。バケツはアイツから借りた」
　龍八は活発に動く刀を指差した。
「そうですか。詳しい説明をありがとう」
　軽い会釈で凜太郎は再び馬を走らせた。延長上には刀がいる。
「無駄なことを」
　龍八は真顔で遠ざかる背中を見送った。