突然の決戦は寝子ヶ浜海岸｜リアクション

突然の決戦は寝子ヶ浜海岸

　白く波打つ髪は陽光を受けて銀色に輝いている。
「おはようございます」
　正門を生徒が通る度にアネモネ・アドニスは丁寧な挨拶を交わした。言葉に反して本人の目は眠たげであった。
「おはようございます」
　アネモネは考え事をするような顔で声を掛ける。多くの生徒が会話に夢中になっていた。数人が声を潜めて通過する。男子の中には大声で話す者もいた。共通した単語に『怪物』と『海岸』があった。
「……何が起こっているのでしょう」
　アネモネが困惑する中、男子の集団がやってきた。
「それ、マジかよ」
「海岸に今もいるらしいぞ」
「俺も見た。怪物だろ」
　早口の会話の遣り取りにアネモネは割り込めなかった。少しお話を、と遠慮がちな声は瞬く間に掻き消されてしまった。
　アネモネは朝の挨拶をしながら、それとなく目で探した。男子は避けて女子に焦点を当てる。
「私は代理のペンギンさんを置いてきたので安心です」
「アレはペンギンあるカー。大砲のタマ思ったヨ」
「背中から見れば、そう見えるかもしれませんね」
「でも楽しみネ。神がカッターはやさでイッて、摩訶不思議生き物のマオマオとシェンシェンを抱き締めコロシたいネ」
　二人は人の流れに逆行して外へと向かう。見た目の良さに反応したアネモネが前に出た。
「少しお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「チ、チガうヨー。このフクは中華風のコートみたいなものデス。校則違反ヤリマクリ違うネ」
　黄色い円らな瞳を向けて周小月は大きな身振りで訴える。ゆったりとした袖の奥には制服が見え隠れした。青い服の前を開けて頻りに指を差す。
「チャンとした制服あるヨー」
「そのようですね。あなたの主張はよくわかりました。風紀委員の立場としては間違っているのかもしれませんが、まずは海岸で起こっていることを聞かせていただけないでしょうか」
「マオマオとシェンシェンいるネ」
　そう、とアネモネは答えて視線を横に流した。無言の指名に艶やかな唇が開く。
「寝子ヶ浜海岸に色々と流れ着いているみたいなのです。そこにはでっかいのがモニョモニョといて、大変な盛り上がりらしくて、これはもう仲間に入れて貰うしかないでしょう」
　熱い語り口調で上泉睡蓮の白い肌がほんのりと桜色に染まる。美人ですのに、と囁いてアネモネは微笑した。
　そこに男女混合の三人組が現れた。小柄な女子が二人の男子を引き連れた形であった。
「さあー、我々生物部の出番です。皆さん、張り切っていきましょう」
　身なりは小さいが腕の振りは大きい。左右の三つ編みを連動させて屋敷野梢が先頭をゆく。
「本当に海岸にスライムなんているのか？　てか、俺らバトル向きじゃねーよな。行って何すんの？」
　金髪碧眼の桜井ラッセルは生あくびを噛み殺す。
「心配はいりません。事前に打ち合わせはしておきました」
「そういうことだ」
　涼しげな目で逆巻天野は眼鏡の中央を中指で押し上げた。その時、正門のアネモネの姿を目にした。
「部長、俺は学校に残ります」
「急にどうしたのですか」
「三人で現地に向かうのは効率が悪いと思います。俺は図書室で調べ物をしますから、デジカメの写真をケータイの方に送ってくれませんか」
「なるほどねー。分担作業というわけですか。じゃあ、私たちは先に現地入りしますね」
　天野は二人を送り出した後、アネモネに声を掛けた。
「よかったら、手伝ってくれませんか？」
　天野は中性的な顔立ちをしていた。髪型はポニーテールで威圧を受けるような身長ではない。
「私でよろしければお手伝いしましょう」
　二人は揃って北校舎に向かうのだった。