明け方、理科の特別教室に一年五組担任、
五十嵐 尚輝の姿があった。化学担当に相応しく、学校で何かの実験をしていたらしい。白衣姿で窓辺に気だるげに立ち、ビーカーのコーヒーを飲んでいる。
その時、尚輝のボサボサ頭から小鳥が顔を出して、チチチと愛らしく鳴いた。
「早起きの鳥ですね」
尚輝は、ほの明るい空を見上げた。
彼自身、もれいびの自覚は無かった。しかし、無意識に発動したろっこんは確かに怪現象を伝えていた。残念なことに緊迫感は皆無で、ほのぼのとした春の夜明けを演出するのだった。
同時刻、寝子ヶ浜海岸の浜辺にはたくさんの漂流物が流れ着いた。大半が細々とした物であった。
「おいおい、マジかよ。これも、あれも、それも。俺に拾ってくれってか」
寝子島高校の一年生、制服姿の
御手洗 孝太郎は掻き集めた物を両手に抱え、品定めに夢中になっている。珍しく早くに目覚めた彼は暇潰しに海へと足を運んだ。収集癖のある彼にとって、浜辺に流れ着く品々は魅力に溢れていた。
「おい、後ろに下がっていろ」
砂浜を走っていた空手着の若い男が孝太郎を庇うように立った。
男は射抜くような眼光を遠浅の海に向ける。水を楕円形に固めたような物体が、にじり寄ってきた。高さは一メートルを超える程度。水分を吸って成長しているのか、徐々に大きさを増していく。
短い呼気と共に走り出し、男は右の回し蹴りを見舞った。物体は中程で二つに分かれた。絶命するかと思えば、二体になって這い寄ってくる。滑らかな表面は少し波打って好戦的に映った。
男は目に見えて怯んだ。蹴った足を持ち上げると靴が溶けて素足になっていた。更には道着にまで影響を及ぼし、片方だけが半ズボンという、情けない身なりで男は逃げ出したのだった。
孝太郎は品々に未練の目を向けながらも学校に続く道を歩いた。面倒臭い気持ちが、ゆっくりとした歩調にも表れている。
「……とんでもない一日になりそうだ」
脂ぎった長髪を掻きながら孝太郎は億劫な声を出した。
二人は気づいていなかった。回し蹴りを受けた先にあった、丸い小さな核のような物体が内部で避けていたことに――。
お立ち寄りいただき、ありがとうございます。
黒羽カラスが贈る、似非バトル物の始まりです。
私が多くを語らなくてもシナリオガイドの一読で理解されたことでしょう。
そうです、漂流物のゲットです! いえ、それも目的になりますが、一番は二体の敵の撃退でした、そうでした。
海から突如として現れた敵。寝子島の神秘に引き寄せられたのでしょうか。幸いなことに敵の動きはとても遅いです。陸に上がってからも時間と共にゆっくりと身体が大きくなります。大気中の水分を体内に取り入れることができるようです。生徒の皆さんが集まった時には二メートルくらいの高さになっているかもしれません。横幅は三メートルくらいでしょうか。
目的は定かではありませんが、行動から意志のようなものが感じられます。自分の足場を溶かさないことも証明の一つになるでしょう。街に近い場所なので放置はできません。物の類いは溶かされて相当な被害が予想されます。
漂流物は色々です。人によって見つけられる物が変化します。他人には詰まらない品が、ある人物には特別な思い出の逸品となります。素敵なエピソードは、あなたの物語を鮮やかに演出してくれることでしょう。
さあ、物語の始まりです。