突然だけれど、世は、大海賊時代。
　これは、数多の危険が待ち受ける七つの海を颯爽と駆ける、とある海賊団の物語。


「よーし！　みんな、次の島への航海も、いっぱい頑張るんだぞ！」
　東条 あんずは、海の上でも元気いっぱい！
　えいえいおー！　とばかりに、ナイフを握った拳を勢いよく天に突き上げたその時、
「って、今はそれどころじゃないですよ！　敵襲です、敵襲！」
　と、船の後方で、ペルラ・サナーレが慌てた声を上げた。
　なんと船は、ずずーんと巨大なオバケ蛸に襲われ中。
　オバケ蛸の双眸がぎらりと鈍く光り、その太い足が、ペルラを捕らえ――、

「させないよ」
　――ようとして、スッパーン！　と、刹那、見事に切り落とされた。
　ナイフ１本でその手腕を見せつけたのは、サキリ・デイジーカッターだ。
「困った悪戯蛸だね。これは、ちょっと懲らしめてやらないとかな？」
　赤の双眸をサキリがすうっと冷たくすれば、オバケ蛸は一瞬怯むも、頭をぶるん、足をうにょうにょ。
　勇気を奮い立たせるオバケ蛸の様子を目に、あんずは興奮に、ぐっと拳を握った。
「おー！　なんかすごいぞ！」
「……感心している場合でしょうか。向こうは、まだまだ戦うつもりみたいですが……」
　瞳をきらきらさせているあんずにつっこみを入れたあとで、ペルラは真っ直ぐにオバケ蛸を見据え、
「何、僕達の敵じゃないさ」
　と、サキリはどこまでも不敵に、薄く口の端を上げた。
「意地悪する子はおしおきなんだ！　あ、でも、あんまりいじめちゃダメだぞ！」
「了解だよ。安心して、こいつを倒した後の宴のことでも考えておいてくれたらいい」
「宴……たこ焼きパーティー、かな？」
　サキリの言葉に、あんずは食いしん坊の本領を発揮とばかりに、赤紫の瞳を煌めかせる。
　確かに、サキリが切り落とした足１本だけで、皆がお腹いっぱいになれそうだ。
　静かに猛るサキリと、（たこ焼きパーティーを）やる気満点のあんず。
　２人の様子を目に、ペルラは、「仕方ないですね」と小さく肩を竦めた。

「もしもの時の怪我の治療は、私に任せてくださいね」
　だから安心して戦ってくださいと、ペルラはふわりと笑む。ああ、だけど。
（本当は、誰も傷付かないのが一番です）
　胸に沈めた願いは、きっと、頼もしい仲間達が叶えてくれるはず。

　さて、オバケ蛸の襲撃で、船は大揺れ。
　その余波で御巫 時子は、「きゃ……」と、ぐらり、体勢を崩した。
　このままでは転んでしまう！　と、辺りの景色がスローモーションで見え始めた、その瞬間。
「おっと。……怪我はありませんか、御巫さん」
　時子を優しく、けれどしっかりと支えてくれたのは、五十嵐 尚輝先生だ。
「は、はい……。尚輝先生、あの、ありがとうございます……」
　確かに触れる温もりが、時子の胸を、どきどきと跳ねさせる。
（心音が、尚輝先生にまで伝わってしまいそうです……）
　なんて、頬が火照るのを感じれば、
「……おや？」
　と、時子の顔を覗き込む、分厚い前髪の向こう側、五十嵐先生のあたたかな眼差し。
「少し顔が赤いようですが……御巫さん、大丈夫ですか？」
　この距離の近さが、嬉しいけれど大丈夫ではない、とは思ったけれど、

「どうか今は、もう少しこのままで……」
　と、時子は胸の奥に柔らかな灯が燈るのを感じながら、そっと五十嵐先生に身を寄せた。
　頭上で、五十嵐先生が小さく微笑む。
「ええ、構いませんよ。御巫さんが、落ち着くまでは」
　まだまだ旅は長いですから、と、五十嵐先生は、時子の背を、とんとんとあやすように叩いた。


「ふはははは！　金だ、金！　マネーの力、ここに極めり！」
　船の中では、外の騒動などお構いなしのドンチャン騒ぎの真っ最中！
　海賊といったら、金銀財宝や札束の山だって放ってはおけないもの。
　そう、千歳飴 楓子が、紙幣の雨をじゃんじゃんどかどか振らせているように。
「素晴らしいな、なつ氏！　これだけ金があれば、ガチャ引き放題のイベント限定ＳＳＲががっぽがっぽだ！」
　ちょっとハイになってしまっている楓子に話を振られて、立花 なつはにっこりとする。
「かーちゃんが楽しそうで、俺も嬉しいよ～。そうだ、ねぇ、これも見て？」

「きらきらの指輪、俺、かーちゃんに似合うと思うな～」
　言って、なつが取り出したるは、星の如くに煌めく石を抱いた１個の指輪。
　それを見留めた楓子の水色の双眸が、きらりとする。
「これは……なつ氏、でかした！」
「え？　もしかして、填めてくれ……」
「次の街で売れば、かなりの額になるだろうな。次回のイベントも安泰だ……む？　どうした、なつ氏？」
「……何でもないよ～」
　楓子のゴーイングマイウェイっぷりは常のこと。
　しかし、一度期待してしまった分の反動で、なつはがっくりと肩と眼差しを落とした。
　けれど、ふと顔を上げれば、そこには、楓子の何とも満足げな顔があって。だから、
（……これは、『特別に好き』の弱みだね）
　なんて、なつは、ちょっぴり眉を下げながらも、ふうわりと口元を綻ばせた。


「みんな、とってもたのしそうなんだよ！　だよ！」
　柚瀬 玲音は、父親のフィーリクス・C・柚瀬に抱っこされて、とびきりの笑顔を弾けさせる。
　片方の手はフィーリクスの肩を掴んでいるけれど、
「ボクまでたのしくなってくるんだよだよ！　海賊っておもしろいねっ！」
　という具合で、空いている方の手をぶんぶか振るものだから、お父さんは大変だ。
「おっと。レイン、あんまり暴れると危ないぞ」
　なんて、可愛い娘の身体がぐらりと揺れるのを、慌てて支えるのはこれで何度目か。
　けれど――海や空の色を写し取ったような青の眼差しは、柔らかく緩んでいる。

（レインがこんなにいい笑顔で俺様が嬉しくないってのは、嘘だろ）
　玲音の重さは、フィーリクスにとっては幸せの重さだ。
　玲音の青い瞳が、フィーリクスの表情を捉える。
　瞬間、にぱっと咲くのは、きらきらしいような笑顔の花。
「おとーさんと海賊、うれしいんだよ！　いっぱいぼうけんするんだよだよ！」
「おう。神秘の海が俺達を待っている、ってな」
　顔と顔を見合わせて、笑みを零し合う。
　２人一緒なら、どんな冒険も、ぴっかぴっかの宝物になるに違いない。と、その時。
「……む！」
　玲音のセンサーが、ぴこん！　と何かを察知した。
「どうした、レイン？」
「おとーさん！　あっちもたのしそうだね、ね！」
　弾む声で玲音が示した先には――宝石に囲まれた、２人の女性の姿が。


「見て見て！　この首飾り、すっごく可愛い！」
　２色の双眸を輝かせるのは、白 真白。
　じゃーん、とばかりに掲げた首飾りは、ハートのチャームが愛らしい、格別キュートなものだ。
「まあ」
　と、両の手のひらを合わせた志筑 かりんは、いつものようにおっとりとしているけれど、
「うふふ、綺麗ねぇ」
　なんて零した声は華やかな色を帯び、その瞳は少女のそれのように煌めきを湛えている。
　綺麗なもの、可愛いものに心をときめかせる気持ち。
　そこに年の差なんて、一切の関係なし！
「真白ちゃんに、よく似合いそうね。とっても映えると思うわぁ」
「本当ですか？　嬉しい！　でも、志筑さんこそ、こういうのぴったりくると思います」
　放たれた真白の言葉に、かりんは目をぱちぱちさせる。
「え……私？」
「そうですよ。ドレスも宝石もいっぱいあるし、一緒にファッションショーなんてどうですか？」
　あの服も素敵、このブレスレットも洒落てるね、なんて、真白はもう、やる気満々。
　その様子を微笑ましくもくすぐったく見守りながら、

「ちょっと照れるけど……きっと、なんとかなるわよね」
　と、口癖を呟いて、かりんは口元に微笑を乗せた。
（だってほら、目の前に、こんなにもわくわくが溢れているんだもの。ね？）
　たっくさんの衣装やアクセサリーをかき集めながら、真白が、かりんへと大きく手を振る。
「準備、万端だよー！」
　抱え切れないほどの『楽しい』が自分達を待っている。
　そんな予感が、真白の心をふくふくと膨らませた。

　――勇気ある海賊の皆さま方に、とびきりの冒険が待っていますよう！　ヨーホー！