「これ、カエデ用デス！」
　真紅のドレスを纏ったトワ・E・ライトフェロゥにサンタクロースの衣装を押し付けられ、夜海霧 楓は肩の後ろで結った長い黒髪を僅かに揺らした。首を横に振ろうとして、やめる。
「……今日だけだぜ」
　ブッシュドノエル風の子どもが入れる玩具の家に、周りを埋めるプレゼントの箱。これらは全て、トワがその奔放な行動力のまま集めに集めたもの。
(あほひめにとっては楽しい楽しい買い物だっただろうが)
　護衛対象であるトワの『楽しい楽しい買い物』に延々荷物持ちとして付き合わされたのを心中でこそりと罵りつつ、楓は眼鏡に隠した鋭い眼をトワの傍に座る少女へと向ける。
「ステラにはコレ！　クリスマスの髪飾りデス！　teddybearもドウゾ！」
「わあ、かわいいなの！　すてきなのー！」
　毛先にゆくにつれて金からエメラルドグリーンに色を変える長い髪をふわふわと揺らし、ついでに床から浮き上がった身体もふわふわと揺らし、星幽塔の精霊は顔中を笑みにする。
　そうしてから、ふと睫毛を伏せる。
「でも、もらっていいの？　ステラ、お返し何にもできないの」
「クリスマスだからな」
「そうデス！　そして――」
　ぶっきらぼうに低く言ってから、トワの目配せに肩を竦めて応じ、ブッシュドノエルの家の影で素早く衣装をサンタクロースのものに替える。
「今日のカエデはサンタクロースデスカラー！」
「……そういうことだ」
　はしゃぐお嬢さまの傍にサンタな楓は腰を下ろす。
「こっちはwinterのコートでー、あっちは猫のぬいぐるみでー、」
　友達のステラが喜んでくれるようにと買い込んだプレゼントの箱を次々と開いてゆくトワの横、
「ありがとうなの」
　ステラが笑い泣きの顔で囁いた。
「ありがとうなのー！　うわーん！」
　かと思えば、色とりどりの金平糖の涙をぽろぽろと零して嬉し泣きに泣き始める。
「ステラー！」
「トワー！」
　ぎゅうっと抱き合ってふふふと笑い合う少女たちを横目に、楓は小さく息を吐く。
(まあ、たまには)
　こういうクリスマスも悪くはない。
(――か？)



「はい、うーちゃん」
　紅茶色の髪にサンタ帽子を被った壬生 由貴奈が差し出してくれる由貴奈お手製のクッキーを、卯木 衛はまじまじと見つめる。
「ん？」
　優しい夜色の瞳をおっとりと細める年上の彼女は、今日もとても綺麗だ。
(いや、でもなんか)
　クリスマスの夜に二人きりだからか、焼き立てクッキーの甘い匂いに満ちたあったかい部屋の中、ふうわりと頬を上気させて見える由貴奈は、いつも以上に綺麗で可愛く見える。
「うーちゃん？」
「いえ、なんでも！　ない！　です！」
　いただきます、と膝を揃え、衛は覚悟を決めて口を開ける。
　由貴奈の手ずからものを食べさせてもらうことは今までに何度もあったけれど、それでもやっぱり、何度あーんしてもらっても照れる。ものすごく照れる。
(だって由貴奈さん綺麗だし優しいしいい匂いするしクッキー美味しいし料理上手いし綺麗好きだし)
　部屋の暖かさだけでなく頬を赤く染めて大人しく待ち受ける衛の口に、由貴奈はそっとクッキーを入れる。
(かわいいうーちゃん)
　もぐもぐとクッキーを頬張る姿が兎みたい、と言えば、年下の彼氏はまた真っ赤になって困ってしまうだろうか。
(ね、うーちゃん)
　次のクッキーを悪戯っぽく差し出しながら、由貴奈は心の中でそっと、祈るように思う。
(クリスマスに、うーちゃんと一緒で良かったよぉ)
　叶うなら次の年も、その次の年も、ずっと。ずっとずっと――



「付き合わせて悪いね」
「……別に」
　叔父である柏村 文也の言葉に、津島 直治は無愛想に応じた。
　気にしていない、とでも言いたげに手元の古書に視線を落とす甥っ子の脇、積み重ねた古書の天辺には、サンタクロースが届けてくれたのだと固く信じている小さなクリスマスツリーがひっそりと置かれている。
「外は雪かな」
　クリスマスに蔵の古書の買い取りを依頼され、蔵書のあまりの多さに居候している甥に助けを頼んだ古書喫茶の主人は、手にした古書から目を離す。古びたランプの光の向こう、分厚い壁の小さな窓の外へと黒い眼を向ける。
「……かもしれない」
　少し冷える、と直治は和装の首に巻いたマフラーに顎を埋めた。
　ランプの灯を写し取った黒曜色の瞳は、右の瞳が僅かに色素が薄い。
「帰ったら熱いコーヒーを淹れよう」
「……ホットサンドもつけて」
　古い蔵の中、書物の海の真ん中でぽつりと呟く甥っ子に、文也は淡く微笑んだ。
「巷はクリスマスだ。ケーキでも買って帰ろうか」
「うん」
　興味なさそうに小さく頷く甥っ子の瞳が僅かに和らぐのを、文也は見逃さなかった。
「チキンもいいな。ナオも食べるだろ？」
「……食べるけど」
　何故だか楽しそうに笑みを深くする叔父をちらりと見遣ってから、直治は視線を逸らす。脇に置いた小さなツリーを眺めれば、知らず頬が緩んだ。
「サンタさん、今年は何をくれるかな」



　白々と光を放つディスプレイの前、艶やかに長い黒髪とスカートの裾をふわりと広げ、優雅に腰を下ろして伏見 真が琥珀の瞳をすうと細めて見せる。
「ほな、文月さん。始めよか」
　己の勝ちを固く信じながらも冷静さを崩さない、少女にも少年にも見える横顔を見ながら、史越 奈津樹はその隣にあぐらをかく。泣きほくろのある目元にほんの僅か緊張を滲ませて笑う。
「うん。始めようか、イナリ」
　ふたりの前には、寒空の下をわざわざ歩き、趣味の店が多く並ぶキャットロードにある中古ゲーム屋で買い求めて来たゲームソフト数枚。それから途中のコンビニでおまけのように買って来たお菓子とジュース。
「まずはこれかな」
「うん、それやね」
　奈津樹が手にしたのは、随分昔に流行った対戦格闘ゲーム。キャラクターが派手な技を繰り出す様子が描かれたパッケージをわくわくと開き、ハードにセットする。
　パソコン機材が並ぶ部屋に響き始めるオープニング映像と音楽に、ふたりの瞳はきらきらと輝いた。
「ええね、やっぱり」
「うん、いいなあ」
　胸轟かせる映像に、心躍らせる音楽に、思わず顔を見合わせ笑み交わす。そうしながら、ほとんど同時にコントローラーを取り、ぐっと握りしめる。操作キャラを選び、操作方法を確認し、
『――Go fight！』
「行くよ、イナリ」
「受けたるわ、文月さん」
　外の寒さも何のその。熱い対戦の幕が今上がる――！




「はい、ちょっとだけ顎を上げて」
　従姉である水谷 真優理の言葉に素直に応じ、青山 絢は心持ち顎を持ち上げる。
「真優理さん」
　従姉の手にしたメイクブラシが頬を優しくなぞるのがくすぐったくて、絢はほんの少し笑う。
「じっとしてね、絢ちゃん」
　一回り年下の絢の肌理細やかで白い肌にブラシを添わせつつ、真優理も思わず微笑んだ。
　最近は、ホテルコンシェルジュの仕事の合間を見つけては、女優を目指す従妹に『大人の化粧』を教えている。
(このもちもちすべすべの絢ちゃんのお肌！　もうなんてぴっちぴち！)
　隙あらば写真を撮りまくってしまうほど、ついいじりたくなってしまうほど大好きな従妹と過ごすこの時間が、ストレス社会で生き抜く真優理にとってはかけがえのない大事な癒しの時間なのだ。だというのに、
「折角のお休みなのに、私となんか過ごしていていいの？」
　艶やかな黒い睫毛を伏せ、絢はそんなことを言う。
「あら」
　大人びた笑顔を装いつつ、真優理は絢の鼻先を指先で軽くつついた。
　絢はつつかれた鼻を細い指先で押さえる。どこか憂いを潜ませてさえ見えるほど吸い込まれそうに黒い瞳に困惑の色が滲む。
(きゃあ、もう、もうもう、かーわいいんだからー！)
　そんな従妹の表情に、真優理は思わず胸をきゅんとさせた。
　可愛い従妹が喜んでくれるなら、従姉としてできることは何だってしてあげよう。だから、
(ね、笑って。絢ちゃん――)



　――たとえばスノードームのように、優しさはあたたかな雪のかたちとなって、ひらひらとふわふわと、静かに軽やかに降り注ぐ。