猫又川の狐化かし｜リアクション

猫又川の狐化かし

「……うん。毎日会うとか、おかしいと思うんだ」
　桜庭円は携帯電話で話しこんでいる。相手は同学年の御剣刀だ。
『ああ。昨日も化かされて川にはまったらしい。もうすぐ首まで浸かるんじゃないかって具合だったそうだ』
「今度化かされたりしたら、溺れちゃうんじゃ!?」
『おそらく。時間はあまりない。俺はおっさんと同年代の旧市街住人に話を聞いてこようと思う』
「うん、わかった。じゃあぼくはおじさんに話を聞いてみるね」
『ああ。何かあれば互いに知らせることにしよう』
「了解だよ。ねこったーに真央ちゃんが投稿してたから、あっちを使うのもいいかもね」
『見ておく。桜庭、また後で』
「うん、刀くん、それと能美子ちゃんも聞いてるよね。またね」
電話を終えると、腕の中の子猫が待ちかねていたというようにもぞもぞと動く。
「にゃーくん、お待たせ！　おじさんのところにレッツゴー！」
情報の集まりつつある『ねこったー』を、時々立ち止まって確認しつつ、円とにゃーくんのチームは行動を開始した。

　日が傾く前に、『化かされおっさん』に会わなくては。円は男の家に急いだ。幸い、彼の噂はほうぼうで知れ渡っているし、『ねこったー』にも先発隊が投稿した情報がある。それに旧市街は円の活動域だ。迷うこともなくたどり着く。
「こんにちはー」
男は後木真央と猫村翡翠が訪問したとき同様、縁側にいた。帽子もかぶらず、初夏の日差しをはげかけた頭にじかに受けて、ぼんやりと立っている。円を見るとにこりと笑って迎えた。
「おじさん。狐とおじさんはお友だちなんでしょ？」
ふらついているようにも見える男の所作が気になる。男は穏やかな表情を崩さない。
「そうだよ。僕らは小さいころからの付き合いなんだ」
「一緒に遊んだり？　どんな遊びをしてたの？」
「うーん……今と変わらないかな。追いかけっこ、みたいなものだろうね」
「おじさん……ひょっとして、わざとだまされてない？」
男の動きがぴたりと止まった。ゆっくりと顔を上げる。こちらを見る目は穏やかなままだが、かげりが感じられた。聞かれたくない質問だったのだろうと、円は気づく。それでも問うことはやめなかった。
「どうしてなの？　どんな幻を見てるの？　あなたが川でもし……死んじゃったら、狐くんが悪者にされちゃうんだよ？」
「麦茶、お飲みね。昼に水出ししたばかりだよ」
男は答えず、円に盆に乗ったグラスを差し出した。
「僕たちは、長い長い付き合いなんだ。お互いの足りないものを補い合ってね。支えあっているんだよ」
「そんなのおかしいよ！」
「おかしくはないさ。僕らはひとりぼっちなんだよ。仲間なんだ」
今日は川に行くなと言ったとしても、彼はやっぱり化かされるだろう。いつもと同じに、夏の川にはまっていってしまうだろう。
（――それなら、）
円はもう一度、男に出会う準備をする。今度は川で、どこかで狐が見ているところで。刀と能美子にメールを飛ばす。
『おじさんと狐はどっちもひとりぼっちだって言った。寂しいんだって。寂しいから化かされるって、どういうことだと思う？』