猫又川の狐化かし｜リアクション

猫又川の狐化かし

「猫村？」
　よく知る声に猫村翡翠は振り向く。逆巻天野が立っていた。
「ああ、天野。どうしたの、こんなとこで」
「君こそ。ひょっとして、化かされおっさんの？」
「うん。じゃあ天野も？　あたしは猫たちに話を聞いてたんだけど……あんまり、収穫はなかったかな」
翡翠は後木真央と一緒に男の家を訪ね、聞いた話を天野に伝える。
「……なんだか、依存しあっているようにも思えるね」
天野の言葉は新たな説を提起した。狐と男の関係とは何なのか。悪友か？　互いに利用し、される関係？
答えは出ない。

　真央は猫鳴館に駆け戻る。彼女を待っていた寮仲間の男子生徒、初島優が顔を出した。
「後木さんー。待ってたよー」
「優ちゃんただいまなのだ。準備できてるのだ？」
「うんー。ご飯炊けてるし、材料もそろってるよー」
優はスーパーの買い物袋を掲げてみせる。
「よーっし！　優ちゃんのおいなり作戦開始なのだ！」
「頼むよー。一緒にがんばろうねー」

　優は『ねこったー』や旧市街の噂から、狐のことはある程度知っていた。人間を川に沈めるなんて、とてもかわいいいたずらでは済まされない。
「あの川はおもしろいねー。猫の次は狐の妖怪かー」
つぶやきながら俵型に白飯を握る。
「でも、命に関わるいたずらはだめだよねー？　ふっふっふー。懲らしめてやろうねー」
なのだなのだ、と協力者である真央がうなずく。二人はてきぱきとおにぎりを作り終えると、作戦の要たる恐怖のワサビ稲荷寿司の仕込みに取り掛かった。
「ところで、優ちゃんはこれをどうやって仕掛けるつもりなのだ？」
「ん？　そのまま化かされようかなってー」
平然と答える優。
「ええーっ!?　そ、それでいいのだ？」
「うん、いいんだよー。噂のおっさんなんか、ほぼ水没してる状態でも正気に戻らないとかねー。これはちょっとやそっとの方法じゃ防げないと思うんだー。だから俺は幻覚につかまるよー」
おっとりとした同級生の意外に肝の据わった返答に、さすがの真央もちょっと驚く。目をしぱしぱと瞬かせると、アホ毛も驚きを表すように揺れるのだった。
「それにねー。俺が化かされてるとなったら、狐は油断するんじゃないかなー。しめしめと思って、好物のお稲荷さんに手を出すはずだよー。あとはみんなにおまかせだねー」
「すごいのだ！　優ちゃん、冴えてるのだー！」
ふっくら、しっとり、甘辛い味のしみ込んだ油揚げに酢飯を挟み込む。一見普通のおいなりさんだが、実はいちばん下にはおとなも耐えられないであろうほどの山盛りワサビが仕込んである。名づけて、『涙稲荷』。ご丁寧に湯葉でカムフラージュして、匂いを抑える工夫がされている。
「へへへー。あ、普通においしいのもつくろっか？　狐退治が成功したら、猫鳴館のみんなや川に来た人と一緒に食べようよー」
「ますます名案なのだ！　じゃんじゃん作っちゃうのだー」
優と真央は、色とりどりのお稲荷さん弁当作りに精を出す。せっせとできあがった稲荷寿司を重箱につめて行く優のそばで、真央が作る稲荷は独走、いや暴走しつつあった。揚げ稲荷。上に味噌カツを乗せた、味噌カツ稲荷。加工肉と酢飯の新しい出会い、ソーセージ稲荷。そして中身がカレーチャーハンのカレー稲荷……。