ヒーローズ！～終わりの始まり、始まりの終わり～｜リアクション

ヒーローズ！～終わりの始まり、始まりの終わり～

　轟音が止む、舞い上がった砂埃があるべき場所に落ち着く。
　その時屋敷野梢の目が捉えたものは、尾鎌蛇那伊と風雲児轟がぶつかり合う姿と、
「え……？」
　野菜原ユウの身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちていくその様だった。
　ゆらり、その影から現れたのは、ひとりの少女――篠原翠響。
　血の赤を纏った二振りのミリタリーナイフが、月明かりに鈍く光る。
　微塵の躊躇いも、情け容赦もない攻撃がユウに加えられたことは、明白だった。
（篠原翠響……『ヒーローズ・プロジェクト』のエージェント……）
　ユウの返り血を浴びて陶然と笑む翠響のことも、政府の闇たる梢はきちりと把握している。
　政府の秘密計画で生み出された、生きた殺戮兵器。
　それが、計画の中心人物であった故・篠原博士の娘たる彼女に与えられた運命だった。
　しかし、彼女はこんなにも、狂気に溢れた笑い方をする少女だっただろうか。
「っ、援軍か！」
「………………」
　蛇那伊の拳を捌きながらの轟の言葉にも、しかし翠響は応じない。
　陰惨かつ苛烈な色を含む歪み切った笑みを浮かべて、翠響はただ佇んでいる――。

　――野菜原ユウを抹殺せよ。
　その任務は、極限の狂気が翠響を蝕み始めてから間もなくしてやってきた。
　しかしその時分には既に、狂気は翠響の精神の奥底を焼くように爛れさせていて。
　最早、翠響自身にも、全身の熱っぽい疼きを鎮める術はなくなっていた。
　だから翠響は――この過酷な任務を前に、迷いなく歓喜したのである。
　正義によって正当化された暴力は、彼女の狂気にぴたりと填まるものだったから。
　正義の名を冠した暴力。それは、最も苛烈な破壊と最も醜悪な本性をここに顕現させ、
「殺す、殺す、殺して、殺して……ふふ、あっはは……」
　最も甘美な快感と――最も凄惨な破滅を、彼女にもたらす。
　翠響は既に、破壊に、醜悪なる本性に、快感に、そして破滅に、絡め取られていたのだ。

　それでも、訪れた廃墟と化した遊園地で、翠響は寸の間足を止めた。
（ここ、は……）
　両親に連れられて遊園地を駆けていく幼い少女の幻が、一瞬目の奥に映る。
　それは、幼い時分、両親が健在だった頃の翠響自身の姿だった。
　記憶が、思い出が、翠響の足をふっと立ち止まらせたが、
（……行こう、早く、壊しに）
　それもすぐに、狂気の中にかき消える。
　そうして翠響は、二振りのナイフを携えて、廃墟の中に標的の姿を再び探した。
　翠響をユウの元へと導いたのは、夢の生き物のように美しい蝶。
　それが元の姿を取り戻すその瞬間には、翠響は、ユウの背後に音もなく迫っていた。

　倒れ伏したユウの周りに、赤い水溜まりが広がっていく。
（ここで奴を失うのは……出来ることなら避けたいな）
　それをちらと見遣って、轟はすぐに蛇那伊へと風のような速さの拳を振るった。
　その一撃を難なく受け止めて、蛇那伊が高らかに笑う。
「確かに、お前は強い。だが、そのような攻撃では……」
「お前は止まらない。ああ、わかってるさ」
　攻撃をいなす為に生まれた、一瞬の隙。
　それを突いて、轟は素早く後ろへととび退いた。
　翠響の攻撃を掻い潜り、血塗れのユウの身体を担ぎ上げる。
　そうして轟は、手近な建物の上までとび上がった。
　肩の上、掠れた声でユウが笑う。
「あんた、思ったよりお人好しだな。折角恩を売ったって、こりゃ、死ぬかもしれないぜ」
「助けるのは、この世界の平和のためだ。お前のためじゃない」
　まだ俺はお前を信用していないと、轟。
「っは、酷いな」
「笑って人を騙すタイプの人間だろう、お前は。だが、まだ信頼には値しなくても、お前には価値がある」
　轟達の方を見上げて、蛇那伊が朗々と声を張る。
「どうした！？　宴はまだ終わっていないぞ！」
「悪いな、ここは手を引かせてもらうぜ。お前ら、まだくだらない戦いを続けるようなら……」
　――今度は本気で、世界を滅ぼすぞ。
　辺りの空気が張り詰めるほど冷えた声で宣言して、轟は何処かへと姿を消した。
　蛇那伊が、ふん、と憤ったように鼻を鳴らす。
「つまらん幕引きだ。これでは、折角の宴が興醒めではないか」
　鋭い眼差しが周囲をぐるりと見回し――翠響の元で、ぴたりと止まった。
　翠響が、ちゃきとナイフを構える。
　そのかんばせには、何とも形容し難い、怖じ気のするような笑みを湛えて。
「あたしは、正義……。正義の名の下に、鉄槌を……」
「っはははは！　面白い！　その鉄槌とやら、この俺に下してみろ！」
　蛇那伊の纏う覇気が、目前の新たな戦いを悦ぶように揺れる。
　それを合図にしたように、２人は、同時に相手の懐へと踏み込んだ。