【激戦】

　屋敷野 梢は魔導シールドを構えて、身体ごと突撃。
「瞬間的に、しかも殺さず動きを止めるとなると、なかなか難しいですけど……こうですかねーっ？」
　がいん！　敵ハッパムシの胸部へ圧力をかけ、気絶させて落とします。生物部部長、生き物の構造には詳しい梢の知識を活かした攻撃は、なかなかの効果を発揮しています。
「ふー！　ところでハチさん。これが終わったら、いろいろ身体のこととか調べていーですか？　頭胸腹に別れてるかーとか、外骨格とか、気門とか調べていいですか！？」
　あふれる興味からか、戦いの中にありながら、梢は乗り込んだガトツミツバチへ、しきりに話しかけています。
「私……この戦いが終わったら、ホタルビトさんたちをじっくり観察するんです……」
　さらりとフラグを立てながらも、敵が近づいてきたなら反転、急降下。下から構えたシールドで、がいんっと胸部を突き上げます。
「……だから、ハチさんは針とか使っちゃダメですよ。私が全部、何とかしますから」
　同じくハチ型のハ族、クルリサシバチやマダラヤリバチは、尾針を射出した後に、時間をかけて再び再生する能力があるようです。けれど梢の乗り込むガトツミツバチは、まさに一撃必殺。針は生え変わらず、本当のミツバチのように、一度使えば死んでしまうのだそうです。
「平和に暮らすために、頑張って生き延びましょーね！」
　かつて祖父が手がけていた養蜂場のわくわくとする光景を目に浮かべながら、梢は飛び回ります。
「……戻るぞ、屋敷野！」
　不意に頭上から声がかかり、見上げると、
「母艦が襲われてる。ユークリアンナからＳＯＳだ」
　魔導通信機を手にした御剣 刀がイカヅチカラヤンマに、フタマタコヅツハッパムシに乗り込む小山内 海の姿がありました。
「キリガネハサミムシが？　護衛の人たちがいたんじゃないですか？」
「敵にもシノビカゲムシがいたんだ。密かに潜り込まれてたらしい。迎撃に行くぞ……っと！」
　降り注ぐ光弾の雨あられに、３人はバラバラに散って飛行します。
「ネ族に、ハ族か……己の在り方を決めて、その在り方を貫くって姿勢には共感が出来る。が！」
　刀は小刻みにトンボを動かし、的を絞らせず攻撃を回避しながら、隙を見定め……突撃！
「あんたらにはあんたらの通したい意思があって、俺達にも通したい意思がある。そこに妥協がないのなら……ぶつかり合うしかないだろう？　たとえその結果が、どうなろうとも！！」
　がちり、脳裏に落ちる撃鉄。加速する世界を、刀は駆け抜けます。

「頼むぜカラヤンマ、俺の命をお前に預けるッ！！」
　すれ違いざま。オオヅツハッパムシの関節へ、そのひとつひとつへ、叩き込まれる無数の殴撃！　敵は避ける間もなく、失墜していきました。
　そして刀は、叫びます。
「海！！」
　こくり、うなずいた海の片手には、筆。もう片方の手には、重たげにがしゃりと肩へかついだ……魔導ミサイル！
（終わったら……スケッチがしたいな。茜色の、この世界……この光景を、残しておきたいな）
　海の背後を取った多くの敵は、今さらながらに気づいたようです。海の筆が引く淡い色、まるでレールのように、空中へと線が描かれていることに。
（戦争かぁ……それでも、やるしかないもんね。私だって、頑張らなきゃ……！）
　ぐるり、反転。がしゃん、っと魔導ミサイルランチャーを構え、
（……いっけぇ！！）
　しゅどど、どどんっ！！　一斉に発射されたミサイルはいくつもの光の尾を引きながら飛翔し、敵は慌ててそれを避けたものの、海のろっこんが導くラインはそれを逃さず。ミサイルは軌道を変えながら敵を捉え、直後にいくつもの爆発が起こりました。



　まるで、壁。母艦、キリガネハサミムシの周囲に集まる敵はやみくもに数を増して、ムシたちの羽音はよりいっそうに激しくなり、オオヅツハッパムシに乗り込んだ薄野 五月らは、次第にその守りへ手が回らなくなり始めていました。
「お願いしますー、ハッパムシさん！」
　五月は、魔導手榴弾、などと物騒な響きの丸っこいそれを、敵の群れの眼前めがけて、ぽいっ。投げつけると、
「今です！」
　オオヅツハッパムシの砲塔から茜色の光弾が放たれ、魔導手榴弾を空中で撃ち抜きます。瞬間、まばゆい光があたりに炸裂し、敵の群れはいくらか分断され、中には目を回して海上へ落下していく者もありました。
　今のところ、手榴弾を直接ぶつけるような粗暴な手段は、取らずに済んでいます。けれど状況は、決して芳しくありません。
「命を奪うことまでは、したくないのですが……」
　今さらながらに、ぶる……と、少し肩が震えます。

「まだまだ……！　やらせないわよ！」
　青山 絢はハッパムシを激しくローリングさせ、後ろに追いすがるカナブン編隊の背後を逆に取り返すと、魔導小銃と砲塔からの光弾を一斉射撃。
　自分では決して、戦いに向いているとは思いません。けれど、こんな状況に直面してみると、絢は案外筋が良いようです。敵の先を読み、牽制射撃で動きを封じると、間髪入れずに本命の一発を叩き込みます。しつこく追いかけてくる相手は、引きつけて誘導して、
「……今よ！」

「オッケー、やっちゃうよ！！」
　誘い込んだのは、雨寺 凛の攻撃射程内。凛はハッパムシに光弾の発射を任せつつ、すう、と大きく息を吸い込んで、
「…………────────ッ！！！！」
　映画か何かで聞いた、巨大な爆発音をろっこんで模倣し思い切り叫ぶと、生み出された衝撃波は敵を強烈な振動で揺さぶり、吹き飛ばしてしまいました。
「やったね！」
「……でも、まだまだ来るわよ！」
　五月の手榴弾の炸裂攻撃や、絢や凛のそうした連係プレーが功を奏して、どうにか凌いではいるのです……けれど敵の数は、ちっとも減っているようには見えません。それどころか、母艦を取り囲もうとするムシたちの壁は、徐々に厚く大きくなりつつあるように見えました。
「敵の数が、多すぎる……なっ！！」
　ぼやきか気合の叫びかは曖昧ながら、新田 亮は握り締めた茜色の石を、渾身の力を込めて投擲。接近戦を挑まんとする巨大カマキリの鼻先へとぶつけて、叩き落とします。比較的小型のムシには速射のごとく次々に投げつけ、カタい虫には呼吸を止め、発動したろっこんにより三倍化した膂力で、必殺の一投を撃ち込みました。
　周囲はとにかく、虫だらけ。亮はそんな状況に辟易としつつも、素早く状況を把握し、
「このままじゃジリ貧だが……援軍が来るまで、持ちこたえるしかない！　気合を入れるぞ！！」
　五月を強襲する敵のクルリサシバチが放った鋭利な尾針を、魔導シールドで叩き落とします。
「ありがとうございますー、助かりました。援軍ですか……いつ頃いらっしゃるのでしょうかねー？」
「分かんないけど、今は頑張るしかないね！　それに私、気になってることがあるんだ……！」
　母艦を振り返ると、魔導シールドによって作られる半透明の壁の向こうに、もはや見慣れた白黒の毛並みが、ちらりと見えました。
「あの兵士たち、アルクくんを狙ってる？　どうして、アルクくんを？　……もしかして……」
　衝撃波で群れを切り払いながら、語る凛の疑問は、目前に迫る脅威が、より深刻なものであることを示していました。
「将軍は、アルクくんの力を知ってる……？　まさか、アルクくんの力で、他の世界を渡り歩いて……異世界すら、侵略するつもりなの……？」
「……！　そんなこと……！」
　絢の心中にはいまだ、怯えがありました。突然に放り込まれた戦場で、ただの女子高生が、いっぱしの戦士として振る舞えるわけはありません。
　けれど、それでも。絢はきゅっと、強く唇を結びます。
「今は、耐えましょう。援軍を待って……そうしたら、将軍を止めなきゃ」
「そうですね。今はまだ……！」
　どこか悲壮にも見える覚悟を抱き、五月もまた、自分を叱咤し。おびただしいムシたちの群れを前に、魔導手榴弾をぎゅうと握ります。