【旅の終わり　～続く世界】

　戦いには、ひとまずの区切りが訪れたようです。
　彼らは、いまだ徹底抗戦の構えを見せる一部のハ族たちの対処へ向かい、それが済み次第、また別の世界へと旅立つのだと言います。
　ウォーカー。白と黒の制服を着込んだ、もうひとりの志波 武道。もうひとりの綾辻 綾花。もうひとりの青山 絢。もうひとりの新田 亮。もうひとりの曖浜 瑠樹。もうひとりの鴻上 彰尋。もうひとりの小山内 海。もうひとりの御剣 刀。もうひとりの呉井 陽太。もうひとりの楢木 春彦。もうひとりのオーデン・ソル・キャドー。もうひとりの八神 修。もうひとりの恵御納 夏朝。もうひとりの屋敷野 梢。もうひとりのサキリ・デイジーカッター。もうひとりの三夜 茜。もうひとりのトワ・E・ライトフェロゥ。もうひとりの夜海霧 楓。もうひとりの雨寺 凛。もうひとりの薄野 五月。ずらり、並び立つ彼らの堂々たる、この姿。
　そして旅人たちとウォーカーたちの前では、再会したふたりがかたく２対の手を絡ませ、互いの無事を確かめては安堵の息を吐きました。
「……ユメ。必ずや、其方がわたくしを救うてくれると、信じて……」
「僕は下賤な歌詠み風情。救ったのは勇壮なる彼ら、異界よりの旅人たちさ」
「それでも、良いのです。其方の詠む優しき歌がわたくしの胸の内を駆け巡らねば、将軍と対峙しながら、あれほどに己を保つことができようか……弱気な姫のため、これからも、傍らにいてくれますね？　ユメ……」
「……お望みとあらば。ああ、ヒミ。君の瞳はやはり、母なるローシルティウムよりも茜色に透き通る……」
　ふたりの仲睦まじい様子には、周囲を囲むネ族たちから拍手が上がり、ハ族の協力者たちもまた、天へと祝砲を放ちました。
　そしてその中には、涙を流して手を叩く、あのモズの姿もありました……彼の処遇は、この後にヒミ姫が決断するとのこと。優しい曖浜 瑠樹は、沈み込んでいた彼を、ラピちゃんを抱いて和ませてあげながら、
（なかなおり、できたらいいなぁ……）
　心の中で、そう祈りました。
　さらさらと、そんなワンシーンをスケッチへと落とし込むのは、小山内 海です。茜色の空の下、ネ族たちの住まう街並み。どこか雅な和のテイスト。どうしても、絵の中に残しておきたかったので。

（この光景が、ずっと続いていきますように……）
　海もまた祈りをこめながら、さらさら、さらり。ペンを走らせます。
「それじゃ、俺たちはそろそろ行こうか」
　そう言ったのは、白黒ジャケットを着た彰尋。彼の腕の中ではにゃあふにゃあ、もう１匹のアルクがご機嫌な声を上げています。
　鴻上 彰尋もまた、一緒に旅をしてきたアルクの手に馴染む毛並みを抱き上げて、もうひとりの自分と相対します。
「この世界が救われたのなら……次は一体、どんな世界へ行くんだ？」
「さあ、行ってみなきゃ分からないな。それが楽しみでもあるんだが……寝子島のほうは、そっちに任せた。頼んだぞ、もうひとりの俺」
「ああ……分かったよ」
　ムシたちにまたがり、ウォーカーたちは再び、空へと舞い上がります。
　彼らはこれから、どんな世界を巡っていくのでしょうか。いくつの世界を救っていくのでしょうか。
「……良い旅を」
　旅人たちが見送る白黒の背中は、やがて茜色の空へと溶けて、見えなくなりました。



「其方らにも、感謝しています」
　ヒミ姫は旅人たちへ、深く深くお辞儀をしながら言いました。
「これでハ族との争い全てが、終わりを迎えるわけではありませぬ。彼らが本能に抗うことは、難しい……なれどこうして、我々とともに歩まんとする者も確かにいる」
　ヒミ姫やユメの周囲には、ハ族の協力者たち。中でも大柄なキリガネハサミムシは、タケ将軍に代わりハ族の指導者として、ネ族との交渉に当たるのだそうです。
　かたわらのユメが言葉を引き継いで、
「タケ将軍を下したことで、我らが種の運命は今一度、未来へと繋がれた。率直に言って、本当に感謝しているよ。ありがとう……異界よりの旅人たちよ」
　ぱちぱち、ぱちり。茜色の光が弾け始めたのは、その頃のこと。
「……お別れですね、姫」
　ユークリアンナΘは、ヒミ姫の４本の手をまとめてきゅっと握り、名残惜しそうに言いつつ頭を垂れます。そう長くない時間ではありながら、侍女として姫のそばにいたこともあり、やはり思うところがあるのでしょう。
「ユークリアンナ。殻無しの身で、よくわたくしに仕えてくれました。これよりは、己の道へと戻りなさい。其方の行く末に、幸多からんことを」
「お元気で。ホタルビトの未来が明るいことを祈っています」
　やがて、うにゃあ！　鳴いた白黒猫。
　ぱちぱちと響く音と光に包まれながら、屋敷野 梢にもまた、寂寥の思いはありました。
「なーんだ、もうお別れですかー。せっかく身体のこととか調べさせてもらおーと思ってたのに！　ね、ハチさん」
　ガトツミツバチは傷つきながらも結局尾針を使うこともなく、戦いを生き延びました。梢の願いどおりに。
　ミツバチのふわふわとした首元の毛を愛おしそうに撫でて、ぱちぱち、ぱちり。弾けた茜色の光に吸い込まれる直前に、梢はにっこり。

「また、どこかで会いましょーね！」
　旅人たちは、彼らの世界を後にしました。ホタルビトの歩む道行きが、平和で明るいものであることを祈って。












　まるで、宇宙空間。深い、深い茜色の暗がりが広がる空間に、ぽつりぽつりと、あちこちにまばゆく輝く星のような、茜色の光。数多の世界たち。
　その合間を当てもなく漂う黒い船、偉大なる夜明け号。その残骸の上で、今、巨大な茜色の光がスパークします。
「やれやれ。悪戯娘のご帰還か」
　苦笑いまじりに、腕を組んだロスリスはつぶやき、
「うらやましいこったね。ま、こいつが戻ってきたなら、この船だってもう一度動くだろうさ」
　仁王立ちのアーセムニックΛが、にやりと唇を吊り上げます。
　彼らの視線の先、寄り添い合うのは、ユークリアンナΑ。ユークリアンナΩ。ユークリアンナΘ。そして２４人の、ユークリアンナたち。
　光に照らし出されるシルエットが徐々に集い、やがて、ひとつになった時。
「……ふう。自分と言う存在がひとつに集約されていることの安心感が、これほどに計り知れないものだったなんて。すっかり忘れていたわ」
　ただひとりのユークリアンナは、旅人たちの目の前へと立ち、ひらりと手を振って見せました。本来の時を取り戻したその姿は、２０代そこそこの、白衣を着込んだ科学者……変わり者の科学者といった出で立ちで、彼女は旅人たちをひととおりつらつらと眺め、そっけなく肩をすくめました。
「これにて、依頼は完遂された。感謝するわ、ウォーカー……ではなかったけれど。でも、似たようなものね」
「はー、良かった！　一時はどうなることかと思っちゃったよ。ね、アルクくん」
　にゃおう！　白黒毛並みを抱っこした雨寺 凛は、ほっとひと息。彼と一緒に二度目の冒険へと出かけてから、ずいぶんと時が経ったような気もします。
「ウォーカーは……『世界の調律師』、のようなイメージだったんです。私」
　凛の隣でアルクをなでなでしてやりながら、綾辻 綾花も安堵した様子で、言いました。
「第一線での活躍じゃなくて、物ごとの陰やそばから調整や、復元する感じ？　そうやって、世界のバランスを保つような……私たちはその資質があるのかどうか、試されているのかも、って」
「調律師、言い得て妙ね。確かにウォーカーたちは世界へと干渉するけれど、滅びを跳ね除けるのはあくまでその世界の住人たちであり、彼らはそれを裏から支えるだけ……世界のひとつひとつには独自のセオリーがあり、ウォーカーはそれに合わせて柔軟に変化し対応しながら、世界に見合った最適なやり方で調律を施す。そして、そんな彼らの万能を裏付けているのは」
　凛と綾花の鼻先を、ぴ、ぴっと指差して、
「彼らと根源的に同一の存在であるあなたたちが、無限の可能性を秘めているから。聞いたわ、あなたたちの住んでいる島ときたら、奇妙で愉快なトラブルが絶えないそうね？　その解決に奔走しているあなたたちには、もちろん、その資質が備わっていたことでしょう」
　アルクが、ふにゃん。彼女たちの頬をぺろりと舐めて、満足そうにひと声。
　だからアルクは、旅人たちをここへと連れてきたのでしょうか？　いくつもの冒険を経て、信頼する大切な友人たち……だからこそ、託したのでしょうか。
　もっとも、のんびりな白黒猫の考えていることなんて、もちろんさっぱり分かりませんでしたけれど。
「これから、どーするデス？　どーなるんデス？」
　タケ将軍との対話に臨んだ勇姿はどこへやら、すっかりいつもの感じに戻ったトワ・E・ライトフェロゥが、ぽややんと尋ねます。
「ユークリアンナが揃って、全部元どおりに戻って。これから、何が起こるデス？　皇帝とアルク、もう一度会えるようになったりするデスカネー」
「皇帝と？　ああ。なるほど、そうよね。ローシルテの帝位は、当然、殿下が継がれたのでしょうね。そうね……いつかは、そんな時も訪れるのかもしれない」
　ふにふにと眠そうにあくびをした白黒猫を見つめるユークリアンナの瞳は、理知的に輝きながら、懐かしい憧憬の日々を映しているようにも見えました。
　けれどすぐにも、彼女はこの空間を、茜色の星が瞬く大宇宙のようなローシルティウム世界を、ぐるりと見回して。
「まだまだ、探さなければならない仲間がいるわ。アーセムニックの残りふたり。気弱で臆病で純粋なファシナラ。偉大なる先帝、ベルベット・ル・グリエス・ローシルテXIII世……再びお目にかかることができたなら、恐れ多くも申し上げねばならないわね。他世界侵略は多大なる損失を生み出すばかり、いかにも割に合わぬと……それよりも手を取り合い、ともに歩むことのなんと有意義で生産的なことであろうかとね」
　にか、と歯を見せて、悪戯っぽく笑いながら、旅人たちへと告げたのでした。
「ゆっくりと、探すわ。壊れたこの船に乗って。きままに、まるで歩くみたいな速さでね。だって時間は、いくらだってあるんだから」












　やがてぱちぱち、茜色の光が弾けて。
　旅人たちは寝子島へと戻り、いつものちょっぴり慌ただしい、けれどとびきり愉快な日常へと帰っていき。
　アルクは今日も、ぽかぽか陽気の猫だまりにもぐりこんで、ふんにゃか、ふにゃん！　ご機嫌な毎日を過ごしています。
　ウォーカーたちは今でも、茜色の世界たちの間を忙しく飛び回り、救っているのでしょう。
　そうしている間にも、黒い船は彼女たちを乗せ、のろのろ、ゆっくり進んでいくのでしょう。
　歩くような速さで。あまねく世界へ、そうっと寄り添いながら。

＜『きままにアルク』　おしまい。＞