【ホタルビトの祖】

「ロスリス君、お互いがんばろーねぃ♪」
「おーう……っと、そっちだ！」
「りょうかいだよぅ～」
　ずばばばば！　イカヅチカラヤンマに乗り込む呉井 陽太に、オオヅツハッパムシにまたがる青年ロスリスは、一斉に魔導銃を連射し、敵の編隊を切り裂きます。
　敵の数は多くとも、キリガネハサミムシの周囲には陽太を始め、多くの仲間たちが護衛として守りを固めています。その中には、以前に子どもしかいない世界で交流したロスリスや、
「来た来た、とにかく撃ちまくるんだよ、あたし！」
「分かったからいちいちわめきなさんな、あたし！」
「いいから黙って狙いな、あたしたち！」
　太陽のない世界で出会ったアーセムニック……彼女の２２人の分身たちも参戦。勇ましく銃を振り回し、とにかく頼もしいことこの上なしです。
「今のところは順調だねぃ……みんなのほうは、どうかなぁ？」
　陽太は、連絡係も兼ねています。彼の作った粘土細工の人形は、ろっこんによって視覚を共有し、陽太へ人形から見た情報を知らせてくれるのです。

「みんな、よろしくお願いするよぅ～」
　先日、ちょっとした事件を経て、兎のウー君が壊れてしまったため、彼は出動不能。それ以外の人形たちは、アルクのそばに一匹と、そして彼の仲間たちの肩にもまた、一匹ずつ散りばめられています。
　鶏のドリー氏に襟元をくいと引っ張られて、オーデン・ソル・キャドーはひょい、と帽子を取り上げながらに微笑みます。
「こちらは問題ありませんよ、呉井さん」
　オーデンが乗り込むのもイカヅチカラヤンマ、小回りが利き柔軟性に優れるものの、防御力は決して高くありません。
「ヤレヤレ。せっかく空を飛べるのなら、景色の良い場所など巡りたいものですが……眼前の敵を放置する、というわけにもいきませんね」
　弧を描くように接近してくるカナブンたちが、機関銃のような光弾をバラ撒きながら、こちらへと接近してきます。狙いは母艦のようです。
「そちらへ行くのは、ご遠慮願いたいものです。さて、ひとつ、拳銃の腕でも披露させていただきましょうか？」
　言うが早いか、ばしゅ、ばばばしゅん！　オーデンは目にもとまらぬスピードで魔導拳銃を抜き放ち、カナブン編隊の先頭、３匹をあっという間に撃墜してしまいました。
「楢木さん、そちらはお願いできますか」
　肩口のドリー氏にうなずくと、人形たちのネットワークは陽太を通じて、楢木 春彦の肩の上、猫のニャッタ君へと情報は伝わります。
「よっしゃあ、俺に任せろって！　行くぜ、『ドラゴンフライ』！！」
　カラヤンマに付けたニックネームを叫ぶと、春彦は一気に急加速。どぎゅん、と敵の群れへと突っ込み、魔導小銃を乱射！
「このハイスピード、まるでバイクだな！　ちっと親近感湧いちまうなー、お前」
　春彦の役どころは、前線ど真ん中でそうして踏ん張って、敵の目を惹きつけ、攪乱すること。やがて到着するはずの、援軍がやってくるまで時間を稼ぐことです。そのために乗り込んだドラゴンフライことイカヅチカラヤンマのスピードは、確かに彼が日頃から慣れ親しんでいるモトクロスの乗り心地にも、どこか通ずるものがありました。
　彼は、縦横無尽！　こちらへ飛んでくる敵を見かけては真っ先に駆けつけ、魔導銃で牽制射撃。ニャッタ君の連絡で、味方を狙う一団に気づいては、
「遅いぜ、やらせるかよっ！！」
　猛スピードで突っ込み、魔導式のナイフを構えて、すれ違いざまにずばん！　と切り裂き、守ります。

「ガンガンいくぜー！！」
　遠くでオーデンが、帽子をひょいっと持ち上げて見せたのに、春彦はサムズアップで応えて、さらにスピードアップ！
　ちなみにムシにもいろいろなタイプがおり、ハ族の中にもたまーに、飛べない者もいるようです。つまり海上から彼らを見上げる、志波 武道が乗る『ミズトビアメンボ』がそれです。
「戦争か……できれば誰も、あまり傷つかず……守れたらいいんだが」
「殻無しはどうにも、優しすぎるな。そんなことで、生きていけるのか？」
　振り返ると、傷ついたネ族の兵士が、やや呆れ気味に武道を見ています。
　どこか飴のような、甘い匂いを纏うこのミズトビアメンボの背中は広く、かなりの人数が乗り込めそうです。武道は水上から空中の戦況を把握し、肩口の熊のカスミさんを通じて視界を提供するのと同時に、あえなく撃墜されてしまった味方の中で、まだ息のある者を救助して回っているのでした。
「ま、俺たちの世界にも争いごとはあるけど……俺たちの住んでる島は、ほんとに平和なところでネー」
　さらさらと、武道は戦況と気づいたことなどを逐一手帳に書き込み、カスミさんに見せています。そうすることで陽太へ情報を伝え、同時にオーデンや春彦にも伝えているのです。
「平和か。我々の歴史には、ついぞ縁の無かった言葉だな……」
　自嘲気味につぶやいたネ族の若者に。その身体にくっついている、茜色のローシルティウムに。彼らの姿に、武道は、思い出さずにはいられません。
　無邪気な獣たちが遊びまわる、地下樹木園。その管理人たる、大樹が語っていたことを。
（……やっぱり、彼らは……そうなのか？）






　そして鴻上 彰尋も、また。
「ツチボタル……」
　『シノビカゲムシ』の羽音は小さく、彼らはキリガネハサミムシの巨体に隠れながらに飛んでいます。やがて敵の居城が見えてきたなら、その隠密行動に長けた特性を生かして一足先に侵入し、姫君やユークリアンナの欠片を救出するつもりです。
「ホタルビトたちは、ツチボタルの末裔なのか……？」
「そうなのかもしれませんね。たくさん、あちこちに散らばったローシルティウムの中で、長い長い時間をかけて、進化して……」
　綾辻 綾花が乗っているのは、『カラスシジミムシ』。ハ族にしてはやけに優雅な、美しい羽を持つ大きな蝶です。見た目はそこそこ派手ながら、羽音が一切しないので、シノビカゲムシへ随行するのには最適です。
　綾花は蝶の首元に生えている、ふわふわとして手触りの良い柔毛の感触に、先ほど思う存分、むぎゅっ！　と抱きしめた、あの白黒毛並みを思い出していました。綾花や彰尋に課せられた任務は危険で、とてもアルクを連れてはいけませんでしたけれど、どうにも離れがたくて、綾花は寂しくなってしまいます。
　現象やパワーを記憶し、再生するというローシルティウム、茜色の宝石が持つ性質は、その中に潜む微生物たち。ツチボタルたちの働きによるものです。ローシルティウムとはその力の媒介でもあり、彼らの棲家でもあるのです。
　彰尋は、アルクの故郷……あの魔導帝国で、ローシルティウムの生みの親である錬金術師の語った言葉を、ちらと思い出しています。
「何もかも侵食して、世界を滅亡に導くツチボタル……ネ族はその性質を、自分から捨てようとしてるんだな。でも多くのハ族たちは、そうじゃない」
「むしろそれを受け入れて、衝動に身を任せようってわけだね。……はッ！！」
　サキリ・デイジーカッターが両手に握った魔導ナイフを振るうと、大きく振り上げられた鎌が斬り飛ばされて、カマキリは茜色の海へと落下していきました。
　シノビカゲムシには、母艦のように多くの人数は乗り込めず、あくまで少数精鋭です。彼らはこの人数で、隙を見て戦線を抜け出し、城へと一直線に向かわなければなりません。サキリはその護衛といった役回りです。
　綾花が不安そうに、
「アルク……大丈夫かな」
「みんなを信じよう。それより、準備をしておいたほうがいい。もうすぐ、城が見えてくるはずだ」
　サキリの言葉や隙のない鋭い目つきに、彰尋もきゅっと唇を結び、気を引き締めます。



　けれど、彼らはまだ、気づいてはいませんでした。
　母艦の役を担うキリガネハサミムシ、そこへじわじわと、危険が近づきつつあったことを。
　最初にそれを見つけたのは、ろっこんで戦場の広範囲を監視する、陽太でした。
「……！　気を付けて、何かヘンなヤツが、アルクのほうへ向かってるよぅ！」