「あっ、アルクくんだ!」
ごろごろにゃーん
学校帰りの道端で見かけたのは、寝子島にはよくある、ちょっとした猫たちの集会場……言わば猫だまりです。白、黒、三毛猫の中にしれっと混ざり、すっかりくつろいだ様子の白黒猫を目にすると、
雨寺 凛はたまらず駆け寄って、くりくりと頭を撫でてやりました。
途端、凛の頭へと蘇ってくる、あの思い出深い冒険の数々。
アルクに首に提げられている、きらきらと輝く
茜色の宝石を巡る旅の中で見た光景は、まだ凛の胸の中で、あたたかくじんわりと熱を帯びています。いくつもの世界、そこに暮らす人々や生き物たちの想いは、心の中にしっかりと刻み込まれています。
不思議な白黒毛並みに触れながら目を閉じると、あの
荒野での一夜が、今も鮮明なままにまぶたの裏へと浮かびました。
「ふふ……いろんなことがあったよねぇ」
にゃあーん。
大冒険を経て、数多の世界を内に秘めた茜色の石を持つ白黒猫は、寝子島に託されました。
彼はもはや寝子島の猫社会に溶け込んで、何匹もの猫友だちに囲まれて、のんべんだらり。優雅で穏やかな日々を暮らしているようです。
「アルクくん、すっかり馴染んじゃったね。幸せそうで良かった…………、んん?」
と。その時でした。
ぱちぱち、ぱちり。
茜色の光が、凛の目の前で弾けたのは。
「……ええーっ!? またなのーーー!?」
ぱちり、ぱちぱち。
「きゃあああああああああ………………」
気付くと、不思議な場所に立っていました。そこには凛と、ちゃっかりその腕に収まっている白黒猫と、それに周囲には、あの時旅をともにした仲間たちや、新しい顔なども見て取れます。どうやらいつかのように、一緒に飛ばされてしまったようです。
「ここ……なんだろう?」
まるで、宇宙空間のよう。けれど呼吸はできるし、無重力にふわふわと浮かび上がってしまうようなこともありません。
深い、深い茜色の暗がりが広がる空間に、ぽつり、ぽつり。ずっと向こうのあちこちに、まばゆく輝く星のような、茜色の光が浮かび上がっているのが見えました。
彼らが立っているのは、そんな場所を漂う、マストの無い帆船のような……何とも奇妙な、黒い船の甲板の上であるようです。
「いってらっしゃい、ウォーカー」
「おかえりなさい、ウォーカー」
ふと後ろから、ふたつの声がかけられました。いずれも女性の声で、よく似た響きで、ひとつは軽やかで幼く、もうひとつはしわがれています。
振り返ると、小さな
少女と年老いた
老婆が、並んで立っていました。
凛は首を傾げて、
「……うぉーかー? 人違いかな……? えっと、私、
雨寺 凛っていいます……あの、ここどこですか?」
何だか良く分からないまま、ひとまずそんな風に尋ねてみると。少女と老婆は顔を見合わせて、互いに何かまくしたて始めました。
「これから出かけるところでしょう?」
「いいえ、帰ってきたところよ」
「違うわ、出かけるところ」
「違うわ、帰ってきたところ」
「まあ、どちらも同じようなものかしら」
「そうね、どちらも同じようなものね」
「ということは、彼らはまだウォーカーではないのね」
「いずれそうなったのかもしれないし、ならなかったのかもしれない」
「ここはひとつの分岐点というわけ」
「そう、ここがひとつの分岐点」
少女と老婆は声だけでなく、顔立ちまでもよく似ています。
少女は美しい意匠のワンピースを着込み、老婆は落ち着いた色合いのシックなドレスを着ています。それらは違ったものでありながら、凛はなぜだか、そんな服をどこかで見かけたことがあるような気がしました。
凛や仲間たちへ向き直ると、少女が両手でワンピースの裾をつまみ、
「わたしは、ユークリアンナΑ。と名乗っているわ、便宜上ね」
老婆がまったくといっていいほど同じ仕草でおじぎをして、
「わたしは、ユークリアンナΩ。と名乗っているの、便宜上ね」
ふたりは交互に言葉を並べ立てます。
「全てはあの魔導事故、他世界渡航実験がきっかけなのよ」
「巨大な時空震が生み出したいわば『ローシルティウム世界』とでも呼ぶべきこの空間において、時は今や可逆性を持つに至った」
「空間は距離の概念を曖昧にした。つまりわたしは、あらゆる時間をまたがって存在していることになる」
「つまりわたしは、あらゆる場所へ同時に存在していることになる。厄介なことにね」
「そう、厄介なのよ。けれど一番の問題はわたしや、わたしの仲間たちへと、わたしが干渉できないこと」
「わたしはここに立ち、この空間のありようを理解しながら、触れることができない」
「わたしは単なる観測者というわけ……けれど、あなたたちは違う」
「そう……ウォーカーは違う」
「あら。まだそう呼ぶには早いでしょう?」
「そうね。そうはならなかったかもしれないしね」
「彼らの振る舞いはあくまで可能性の中のひとつであって……待って。わたしは少し、性急に過ぎるとは思わない? 時間はいくらでもあるというのに」
「残り時間は少ないわ、ぐずぐずしている暇はないのよ……けれど、そうね。それでもわたしは、少し立ち止まってみるべきね」
「ええ。彼女は今」
「とても混乱しているから」
「な、何が何だか、良く分かんないよー!?」
ぴよぴよぴよ。矢継ぎ早に難解な言葉をぶつけられて、ぐるぐると目が回ってしまった凛へ、少女と老婆は同時にひとつ、こほん、と揃って咳払い。
ひと言、諭すような口ぶりで、こう告げました。
「つまり。わたしはこう言いたいの」
「つまり。ちょっとした人探しを、手伝ってもらえないかしら?」
にゃおーん。
ハテナがいっぱいの凛の腕の中で、アルクはのんびり、ふにゃふにゃ。
きままにちょっぴり、旅行にでもやってきたようなくつろぎっぷりなのでした。
墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
ガイドには、雨寺 凛さんにご登場いただきました。ありがとうございました!
(もしご参加いただける場合はもちろん、上記のシーンに寄らず、ご自由にアクションをかけて下さって構いませんので!)
『さまよいアルク』シリーズの簡単なあらすじと、このシナリオの概要
このシナリオは、『さまよいアルク』シリーズのお話が終わってしばらく経った後の、いわゆる後日談となります。前後編、2回でお届けする予定です。
不思議な猫『アルク』と出会ったことで、様々な異世界を巡る旅へと出ることとなった、
寝子島の住人たち。
彼らはいくつもの世界を巡り、不思議な体験をしつつ世界の秘密や滅びを目の当たりに
しながら、やがてアルクを故郷である『魔導帝国ローシルテ』へと送り届けました。
全ての鍵は、アルクの首輪に取り付けられた、茜色の宝石『ローシルティウム』。
滅びゆく世界たちは、宝石の中へと封じられ保護されている……全てが明らかになった後、
アルクは安全のため、平和な寝子島へと託されることになりました。
アルクは今、寝子島に暮らす多くの猫たちの中の一匹として、のんびりと穏やかな
日々を満喫しています。
ある日、そんなアルクの持つ宝石が再び茜色の光を発し、みなさんは不思議な空間へと飛ばされてきてしまいました。
茜色の星たちが瞬く宇宙空間? のような場所で、みなさんはふたりの女性……『ユークリアンナΑ』と名乗る少女、『ユークリアンナΩ』と名乗る老婆と出会います。彼女たちは皆さんへ、何か頼みたいことがあるようです。
皆さんは、彼女たちが『ローシルティウム世界』と呼ぶ空間の中に存在する、無数の星たち……つまり様々な世界たちを、ある程度自由に行き来することができます。
少女と老婆の頼みを聞き、決められた世界へと向かうのも良し。
あるいは、視線の先に見える未知なる世界を、興味本位で覗いてみるのも良いでしょう。
相も変わらずのんびりなアルクと一緒に、気ままに異世界を楽しんでみてください。
アクションでできること
アクションでは、以下の【1】~【4】の中から1つお選びいただき、行動をお書きください。
※なお、未知の言語(文字、音声)を理解するには、近くにアルクがいる必要があります。
各世界には、基本的にアルクが同行していると考えてください。
少女と老婆は、皆さんに人探しを依頼してきました。
探すべき人物は、どうやら以下の世界のどこかにいるようです。
依頼は、彼らを探し出して『接触』し、『現状を確かめ』、『窮状に陥っているなら助ける』、『望むなら連れ帰る』ことです。
協力すれば、何か興味深い情報を聞かせてくれるかもしれません。
【1】子どもだけの世界
大人にならない子どもたちだけが暮らす、天敵や外敵の存在しない、まるで楽園のような世界。
緑豊かな草原には草食動物が群れを成し、滋養にあふれた野菜や果物がなり、小川では魚たちが跳ねています。
子どもたちはそこでコミュニティを形成し、家を作り、家畜を育て、悠々自適の生活を営んでいます。
<探す人物>
ロスリスΒ:十代前半くらいの少年。コミュニティに溶け込み楽園の生活を満喫している。
【2】太陽の無い世界
分厚い大気の層に覆われ太陽の光がシャットダウンされ、常に真っ暗な不毛の世界。
蛍光色に発光する体毛を持つ不気味で凶暴な肉食獣が跋扈する、過酷で険しい弱肉強食の世界です。
発光獣たちに視力はなく、主に音によって獲物を捕捉しているようです。
<探す人物>
アーセムニックΛ:二十代後半~三十代くらいの女。魔導銃を持つ戦士。
発光獣と戦闘中。どうにか撃退しながら救助を待っている。
【3】高度未来世界
人間そっくりのアンドロイドが普及し社会に溶け込んでいる、極めて高度に発達した未来世界。
天を突くような高層ビル群が立ち並び、空飛ぶ車が縦横に走り回っています。
深刻な環境汚染が蔓延し、強引な思想を持つ自然回帰主義者たちがアンドロイドの排斥運動を叫んでいます。
<探す人物>
エンナウラΦ:六十代くらいの男。技術者でとある企業の社長。
アンドロイドの秘書をかばい、エコテロリストたちに追われている。
また、上記の世界ではなく、好きな世界を好きなように覗いてみることもできます。
【4】自由に異世界を探索する
見てみたい世界、触れてみたい生き物、やってみたいことなど、自由にお書きください。
それらになるべく近い世界をご紹介します。
※『さまよいアルク第一章~最終章』の世界を指定することはできません。
(少女と老婆いわく、無数にある世界の中から特定の場所を見つけ出すのは、時間がかかり難しいそうです)
その他、上記に加えて、
・アルクについて
・少女と老婆について
・登場人物たちについて
何か思うところなどありましたら、そちらもお書きくださいませ。参考にさせていただきます。
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
今回からのご参加でも問題なしです!
●舞台
奇妙な空間を漂う、マストの無い黒い船のようなものの上。皆さんはここから、アルクの力により、各世界へと移動することができます。
●NPC
○アルク
寝子島に突然現れた、不思議な猫。身体の右半分の毛が白、左半分が黒で、茜色の綺麗な宝石をあしらった首輪を身に着けています。
アルクは、2つの特別な力を持っています。
・1つは、異なる世界を渡り歩く能力。
・もう1つは、世界によって異なる言語を相互翻訳し、周囲の人々へと伝える能力。
7~8歳くらいのオスで、不思議な毛並みと特別な力を除けば、普通の猫と変わりません。のんびり屋で物怖じしない性格で、誰にでもすぐに懐きます。
○ユークリアンナΑ、ユークリアンナΩ
黒い船にいる、少女と老婆。年恰好は違うものの、ふたりはとても良く似ています。
皆さんに、人探しの依頼を持ちかけてきました。
なぜだか皆さんを『ウォーカー』と呼びますが、その理由はまだ教えてくれないようです。
●備考や注意点など
※上記に明記されていないNPC、及び今回のシナリオには参加していないPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
以上になります~。
それでは、皆様のご参加をお待ちしておりますー!