ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆9:21　幻想協奏曲／光

「ちょっと加減が効かないかもしれないけどぉ……いいよねぇ？」
　首筋に手が掛かりそうな程に影人間が接近した瞬間――雨寺の口から盛大な破裂音が鳴り響く。
　ろっこん――虚偽声楽（フェイク・ショウ）――自らの声の代わりに彼女が聞いたことのある、あらゆる音が、彼女の口腔内から発せられる能力。

　突然の騒音に、影人間が耳を抑えて後退した。
　口中に歯が軋む音を響かせると、影人間は怒りに体を震わせ、再び距離を詰めようと雨寺へ接近を試みる。
「無理を、するな」雨寺の袖を軽く引き、葦原が前へ出た。
「してないしてない。うん。全然、大丈夫」雨寺が、笑顔でろっこんの解除をしながら葦原との位置を変わり、自分の喉を確かめる。「もういっちょ、いくよー……っ」
　右耳を軽く弾き、能力を発動させる。
　瞬間、雨寺の口から大音響のブザー音が弾き出された。
「何度も同じ手をくらうと思ったか……ナメやがって！　警戒してりゃ驚きもしねぇ！」
　影人間は異音を気にせず、距離の近くなった葦原へ刺突を繰り出す。
「ならば……『違う手』ならば、喰らうのだな？」
　葦原が、笑みを浮かべて影人間に対峙する。
　瞼を閉じ、左手は胸元へ、右腕は眼前へ。決して焦らず、かつ素早く。
　そして、言葉が紡がれる。
「我が聖黒の炎よ、漆黒の闇を灼き浄めよ」――言い終えると同時に、フィンガースナップを行う。
「な、んだよ今度はッ！？」
　叫ぶ影人間の眼前で『光の玉』が弾け飛んだ。
　――幻惑共有。自分自身を格好良いと思いながら指を鳴らした瞬間、葦原の想像は夢幻を伴って現実を侵食する。
「どうだ、綺麗だろう？」
「気色悪いんだよッ！」
　驚愕し、閃光を受けつつも影人間が繰り出した刺突は、葦原の右腕を掠める。
　痛みはない――が、しかし『腕を何かが這いずり回るような感触』に、葦原が飛び退く。
　距離をおいて右腕を確認すると、肘の辺りまで服ごと黒く染められていた。
「浅かった……か。でもよ、その腕はもう使いモンにならねぇなァ……！」
　大きく口を開け、ニヤつく影人間に、葦原は思わず舌を打つ。
（指が……動かない。しかし『内部にまでは侵食できない』だったか……それなら！）
「させるかよォ！」
　黒化した腕を振り上げて、地面に叩きつけようとする葦原に、影人間が跳ね飛んだ。