ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆9:15　NOT to NOT

「同志……同志ねェ」喉の奥から呵々とした笑いを押しつぶすような声音を立て、影人間は身体を震わせた。「そこの姉ちゃんの、襟の赤。そっちの兄ちゃん、瞳の色は赤と……銀か？　それ以前に眩しい白だなァその服……」
　目を細めたように見えるが、瞼に至るまで黒い影人間の表情は読み取り難い。
「お前達はさ、そうやって『選択』できるんだ。今日はこれ、明日はあれ。色を選んで選んで、それでも選べない色なんて『何一つ無い』よな、な？」影人間が、雨寺へと歩み寄る。「解るかなァ、解らないだろうなァー……な？　どうしたって『選択から除外させられる』苦しみが、お前達に」
「……ふむ」
　落ち着いた、ただ一つの囁き。
　しかしそれは葦原でも、雨寺でも、影人間のものでもなく――唐突に路地裏から訪れた。
　小さな刺繍の入った白いワンピース。それに合わせた白いサンダル。頭には麦わら帽子を被った涼しげなファッションに身を包んだ、一人の少女――鰐淵碧緒である。
「君は、黒が好きなのかい？」優雅に麦わら帽子へ指を添えて、鰐淵は低い声色で尋ねる。しかし相手の返答は待たない。「ふむ、私の服も素敵なくらい黒いだろう？」
「黒……？」突然現れて不可思議なことを言い出した少女に、影人間は困惑する。「何を……」
「『何を言っている』んだい？」影人間のリアクションに被せるように、鰐淵の言葉が続く。
「これは黒いワンピースに黒いサンダルだよ。君は太陽光を基準に見ているから黒く見えないだけだよ。まさか、そんな基本的な事も知らずに世界を黒くしようなどとしていたのかい？」
　軽妙な問い掛けは、更に続く。それは、全てを見透かしたように。
「ああ、それに君が塗りつぶしている黒。ほら、光を反射して光沢があるじゃないか。それは黒とは到底言えないね。黒というのは全ての光を吸収するものを言うのだからね」
　黒色化されたビルの壁面を撫でつつ、鰐淵は影人間を見つめる。
　ＣｈａｒａｃｔｅｒＰｒｏｆｉｌｉｎｇ――それが彼女の、ろっこんである。
　触れたモノを記した人物をプロファイリングする、というこの能力を『影人間が塗りつぶした黒い部分は、犯人が記した記号の一種である』と認識して発動し、犯人の特徴、傾向、思考を推測し、それを元に相手を徹底的に揺さぶりに掛かった。
「……馬鹿なことを言うな、これは」
「『黒だ』……って、言いたいのかい。本当に？　君の『黒』が『他人にとっても黒』であることの証明が、君に出来るのかな？」
　荒唐無稽。あまりにも根本的で、かつ『通常であれば考えない』絵空事に、しかし影人間は大きく揺れる。
　自らの手足、染め上げたコンクリート、ビル――そして空を見上げて――笑った。顔に手を当てて、肩を揺らし、笑う。
「……ックックァッハ！　何だったかな……こういうの……あぁ、そうそう」肩の揺れが止まる。「白々しい……だったか、なァ！」
　影人間が、顔を抑えていた右手を雨寺へと伸ばし、突進する。
　雨寺はそれを避けずに、自分の右耳を軽く摘んだ。