ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆9:12　邂逅の刻

「……ついに、来たな……この刻（とき）が……！」
「あの、もっしもし。ル、ルシュヘ……ル君？」
　長く伸ばした黒髪を風になびかせながら、颯爽と歩く葦原忍穂の後を雨寺凛が、やや困惑した表情で追い、声をかける。振り向きざまに、やや唇を尖らせて、葦原は自らの胸に手を当てて「ル・シ・フェ・ル。片翼の堕天使……ルシフェルだ」と囁いた。
「えっとぉ、ルシフェル君……さっきお話したとおりで、お願いしますね」
「……うむ。我に任せるがいいぞ、脆弱な人間よ……万が一の際には、我が果てしなき力の真髄をお見せしよう」
　ヒラヒラと腕を広げ、雨寺へ謎のポーズを決める堕天使ルシフェル――葦原の表情は、言葉とは裏腹に、真摯な眼差しを携えている。
　――しかし雨寺は、その葦原の後方へと視線を向けた。
「ルシフェル君、あれ……」
　真っ直ぐに見据えた先、道路の只中に、影を人型に切り抜いたような物が佇んでいた。
「服装OK……落ち着いてぇ……うん。大丈夫」
　染められた街と同じ色――黒に身を包んだ自らの服装を再度確認してから、雨寺はゆっくりと足を進める。葦原だけではない、数人の気配を背後に感じながら。

　呼吸に気を付けて、力を入れすぎず、歌うように、奏でるように。
　早くなる脈拍を抑えるように、軽く微笑んで口を開いた。
「わー、これ全部お兄さんがやったの？　すごいねぇ。私も黒は好きだよ？　ほら、私のつやつやの黒髪、綺麗でしょ？」一息に言葉を投げかけ、髪を手櫛で解いた。
「あぁ……悪くない、な」
　人型に浮き上がった闇から、声が響く。返答と評価を端的に返され、会話ができることに安心感を覚えた。『人型の何か』から声が聞こえる奇妙な状況に飲まれないように、相手の反応を窺い、雨寺は続ける。
「お兄さんの力、私にも見せてほしいなー♪　見えるもの全部を黒くするの？　何か目的とかあるの？」
「……目的？」影人間が、微かに笑った。「それを聞いてどうする？　手伝いでもしてくれるのか」
　後方で黙っていた葦原が、一歩前進して、大仰に手を広げた。
「理由の如何を問わず、とまではいかぬが……我も黒を好む。同志とも言えるであろう」
　慎重に言葉を選んで口を開く葦原が、影人間を見つめる。
　少しでも変化があれば――その時は。