ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆10:39　OとCの選択

「なんだ、ありゃ……」
　間合いをとって様子を窺っていた新井が、口を開けながら尾鎌の方を見ていた。
「鉄山靠（テツザンコウ）……かな。歩法は少し特殊だけど、基本は中国武術がベースとなっているようだね。体躯のわりには、随分と速いな、彼は。そして、本当に黒いな……奴は」
「あー、中国武術。なるほどねぇ……って、え？」新井が、いつのまにか隣接して戦いを眺めていた人物に驚いて体を引いた。「っと……誰？」
「通りすがりの…………白衣だ」
「いや、白衣は通りすがらないよね？　そこは『白衣の者』とかだよね？　細かいかもだけど！　って、それにしてもおかしいよね！？」
　輝く新井の連続ツッコミに対して、通りすがりの白衣――伊賀は、左手で輪、右手で途切れた不完全な輪を作り、眼前に掲げた。
「……どっち？」
「ん……？」意味がわからずに、新井が首をひねる。
「………………OかC……おかしい」
「んんー、実にわかりにくい！　……じゃなくて」
　本来の主旨を見失いかけていた脳を切り替えて、新井が改めて戦闘を続ける尾鎌――の、更に奥。何やらぎこちなく動くシルエットを指さした。
「僕が言ってるのは、あっち」
　伊賀が、鼻に乗せた眼鏡を指で支えながら、視線を送る。

　――ガシュ、ガシュ。
　足を進めるたびに、騒音を立てながら、それは戦場へと近づいていた。
　――ガッション、ガッション。
　足を削るような、と言うよりも、事実。それは足を削りながら、戦場へと近づいていた。

　――ガッ。
　尾鎌と影人間、更にそこへ草薙も加わり熾烈な闘いを繰り広げていた戦場へ――それは現れた。スリムな肢体。黒光りするボディ。両腕を真直ぐに伸ばした状態から、右腕だけを曲げ、それは口を開かずに喋った。
「……ハイ、ドウモ、コンニチハ」
　――それは、マネキン。
　見紛うことなく、完璧なマネキン。しかも、何故かカタコトで喋り、影人間へ挨拶をした。
「……おい、オトモダチか？」
　低い声で問う影人間に、尾鎌は首を横に振り、草薙は無言を返答にした。
　周囲の、顔が見える人物の誰一人として例外ではなく、この乱入者に関しては『全くの想定外だ』と、表情が物語っている。
　――これが、人形を抱きしめて意識を集中させることで人形へ憑依し、操る鬼久保美桜の能力『オ人形遊ビ』によるものだと、誰も知らないのだから、無理もない。
「トモダチ、ワタシ、アナタ、トモダチ」
　――カカカカ、と首を揺らしながら近づくマネキンを、影人間は一切の躊躇なく殴った。
　揺れ動いていた首は根本から折れ、飛び、転がる。
　しかしなおも、活造りを思わせる動作で微かに震える身体を見て、影人間は黒いマネキンに、黒色の膜を上塗って動きを固定し、蹴り飛ばした。
「……ホラーかよ……」
　誰しも胸に抱く感想を口にして、影人間が溜息をつく。

　――ガガッション。ガガッション。
　足音が、聞こえた。
　遠方から訪れるそれは、先程よりもやや重たい音を響かせて、接近する。
　――ガガッション。ガガッション。ガガッション。
　しかも段々と速度が上がっている。
　――ガッ。
　到着したのは、豊かな笑顔を携えたナイスミドル――な、マネキンだった。
　先着した黒単色のシンプルなマネキンとは違い、各関節に可動パーツを設え、さわやかな笑顔を浮かべながらスーツに身を包み、パナマハットを被ったダンディなマネキンが、片手を挙げる。
「ナイストゥミーチ」
　ベタな挨拶を繰り出そうとするマネキンの首を再び影人間がへし折り、丹念に身体を破壊。肩を上下させて、荒い呼吸を繰り返す影人間の耳に――足音が聞こえた。

　――ガッショ。ガッショ。ガッショ。
　二度あることは三度ある、という言葉を具現化したかのように、戦場へマネキンが現れた。
　豊満なバストを惜しみなくさらけ出し、際どいラインを強調したビキニを纏い、パレオを巻いた美女――の、マネキン。
　さすがに抵抗を諦めたのか、真意を見出そうとしたのか、影人間が美女マネキンを見つめる。
　――流れる沈黙の時間。
　シュ、っといい音を立てて、美女マネキンが回転し、ポーズを決めた。
「グーテン、ターク」
「…………ドイツ人、なの、か？」
　かろうじて出た影人間の言葉に、美女マネキンはカカカカカ、と首を揺らした。

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ブラック・ブラックの夜

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