ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆10:26　穿孔の法

　添木が得体の知れない気味の悪さを感じていると――突如、ガラスの割れる音が響いた。
　見上げれば、草薙がマンションの二階から窓枠から身を乗り出し――そこから、音もなく着地する。
　そして周囲の状況を一瞥すると、手を握り、開く。数回繰り返した後、何かに納得した表情を薄く浮かべ、影人間を見据えた。
「あんたが……主犯か？」
　ただ一言。放たれた言葉に冷たい殺意を載せて。
　両腕をだらしなく下げ、影人間は草薙を見て、笑みを深くした。
「いいねェ、その真っ黒な雰囲気。殺る気に満ちてる……こっちもわけのわからねぇヌルい空気に飽きてたところだ」
　お互いの視線が絡み合い、張り詰めた空気が流れる。
　一挙手一投足。全ての動作を逃すまいと、互いにタイミングを見計らう。
　先の先。更にその先の先。取り違えれば『やられる』確信を抱き合い、一撃で相手を沈める気迫を漂わせている中――草薙が腰を落とした。
　ポケットから黒い塊を取り出し、軽く空中に投げる。
　草薙の目の前に、切り刻まれたタイヤ片が舞う。右の掌をそのタイヤ片に向け、左の掌で右腕を支える。
「……穿て」
　瞬間。発言に呼応するかのように草薙の掌に周囲の空気が圧縮され、瞬く間に臨界点を超えた空気は、タイヤ片を弾丸と見紛う速度で射出した。
　影人間に向けて放たれたタイヤ片の弾丸が、尽く黒に染まった体躯を打ち抜き、砕く。
　飛び散った破片が舞い、周囲を黒煙が包んだ。
　視界を奪われた状況にあっても、草薙は姿勢を崩さず、まっすぐに自らの能力『破空法』を再び行使する。
「穿て」
　再度、圧縮、開放をされた空気が黒煙を巻き込んで彼方へと飛んだ。
　晴れた視界に、影人間の姿は無い。
　気配を感じて振り向く。背後に接近していた影人間の足元へ掌を向け、圧縮した空気を打ち出した。地面への射出。それに伴う反動を利用して、大きく距離を取る。
「おーおー、やるねェ」
　余裕の表情で拍手を送る影人間の身体には、傷一つ付いていなかった。
　黄色い瞳に瞼を薄く被せ、草薙は相手を観察する。
「お前の能力……物質に膜を被せて、黒色化する……だったはずだが」
「ご名答……なんて、な」
　パン、と手を合わせた影人間が、動きを止める。
　そして予備動作も無く『そのままの姿勢で』草薙に向かって飛んだ。
　最小限の動きで影人間を躱し、派手な騒音を立てる後方を見ず、草薙は正面を見据えたまま胸元に掛かった三つ編みを背後に弾く。
「自切……と言うより『脱皮』が近い、か」
　視線の先で、飛んだはずの影人間が口笛を吹く。