ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆10:32　マッスル・ヒーリング

　次手を打とうとする草薙が、屈む――と。
「ちょっと、龍ちゃん！」
　ズン、と地面を震わせて、草薙が出現したのと同じ窓から巨大な男が降り立った。
　筋肉隆々の大男。そして何故か身に纏うのは、ブーメランパンツのみという出で立ち。
　早々に、両腕を掲げ、停止。更に脇を開き、拳を鳩尾付近へ向け、停止。半身を引き軸足を真直ぐ、開いた足を軽く曲げ、自らの手首を掴んだ状態で体に力を込め、停止。
　バイセップス・フロント、ラットスプレッド・フロント、サイドチェスト。
　肉体美を魅せつけるかのように繰り広げられたポージングは――当然その場の誰にも理解されず「ナイスカット」の一声も上がらなかった。だがそれも、慣れたものだ。
　――草薙が片眉を上げて、それを見る。
「尾鎌か……何をしていた。遅い」
「遅い、じゃないわよ。んもう。使わせてもらったベッド、ちゃんと綺麗にして、それから割った窓ガラスも掃除して……っていうか階段使いなさいよ！　なんでわざわざ飛び降りるのよ、もう。それに割らなくても開ければいいでしょう？　全く！」
「飛んだ方が早い、と判断したまでだ。部屋は放おっておいても、元に戻る。それに……あんたも飛び降りてきただろう」
　現れて早々、矢継ぎ早に不満を放つ尾鎌に、草薙が淡々と対応する。　
「出口が崩れて出られなかったの！」
　ちらと見れば、確かに。先ほどの影人間の攻撃で近くにあった資材が倒れ、入り口が塞がれている。
　重なる乱入者――それも一見、奇妙な――を見ながら腕を組んでいた影人間が、咳払いをした。
「お……お前ら、何してたんだ、あそこで」
　引きつった表情を隠しもせずに、影人間が開け放たれたままの窓ガラスを見た。
　その声に、尾鎌がウインクしながら頬に指を添える。
「ふふ。それは……ヒ、ミ」
「負傷していた身体の治療を行なっていただけだ。まぁ、そのままでも全く支障はなかったが、何を成すにも万全の状態で事を運ぶのがプロだからな。補足しておくが、あんたが想像しているような下卑た事実は欠片もないぞ」
「ツ……って、何で言っちゃうのよ」
　尾鎌がつまらなそうな表情を浮かべて草薙の肩をつつく。
「周囲の人物へ無駄な印象を与えない為の行為だ。主に補足部分の、な」
「微妙に傷付くわね。なんとなく。まぁ、いいわ。さて……と」
　横目に見ていた草薙から視線を外し、尾鎌が拳を構える。
　腰を落とし、足を開いた状態にあっても、その体は本来のサイズよりも巨大に見えた。
「今度は、あたしの番……行くわよ」
　猛進。まさにその言葉がふさわしい勢いで尾鎌は影人間へと接近した。
　迎撃に放たれた影人間の回し蹴りを華麗に裁き、取った足を掴んで力任せに投げ飛ばす。
　地面を削りながら何とか体勢を立て直した影人間が、間髪入れずに拳を繰り出し――身体の捻りを利用して、跳躍、反転。そのまま踵を尾鎌の頭頂部目掛けて振りぬいた。
　が、尾鎌は広げた掌でそれを受け流すと、真っ直ぐに影人間を立たせ、背中と背中を付け、姿勢を僅かに低めた。噛み締めた歯の間から息を吐き出し、地面を蹴る。
　ゼロ距離から放たれたその攻撃に、影人間の体が飛ぶ。