ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆9:37　招き猫エスケープ

「そこの美的センスが著しく低い可哀そうな奴！」
　謎の罵倒を交えた声に、影人間が声の主に目を向ける。
　風に煽られ、マントをはためかせた状態で現れたシグレは、叫びながらも影人間へと『何か』を投げつけた。
　投擲されたのは――白い招き猫。
「そいつも黒くできるなら黒くして見せな！」
　挑発的に指を立てるシグレを視界の隅に捉えつつも、影人間は招き猫を片手で受け止めた。
　当然、この招き猫は『ただの招き猫』ではない。
　投げつける時に持つ部分以外、全てに接着剤が散布された、いわば『特製粘着招き猫』なのだ。
「よし……っ！」シグレが、口中で呟く。
　直接的に影人間を倒すのではなく、その衣服にお守りのように付けられた『羽根』を奪う――桜井から聞いた情報を元に『羽根を奪えば暴走は止まる』と予測を立てた作戦だった。
　片腕とはいえ、動きを封じられた状態――更にそれが利き腕ともなれば、チャンスは増える。
「その羽根、貰ったぜ！」
　帽子のツバに指を添え、低い姿勢で疾走、接近するシグレに向けて――影人間は『黒く染まった』招き猫を投げ返した。
「んなっ！？」思わず奇妙な声を上げて招き猫を回避したシグレに、影人間が迫る。
「どうした。もう終わりか？　次は何をくれるんだよ。なぁ」
「と、うわ、った、っとぉ、せいっ」
　一転、矢継ぎ早に繰り出される攻撃に、シグレは防戦を強いられていた――が、半身分の距離にまで迫った影人間が繰り出す連撃を、シグレは軽い身のこなしで『逃げ』続けていた。
　逃走中の間だけ身体機能が飛躍的に向上する――ろっこん『怪盗補正』を使用しているシグレは、そう簡単には捉えられない。本人もそれを考慮して攻勢には出ずに、あえて攻撃から『逃げる』ことによって隙が出るのを待っていた。
　
「どぉぉぉぉぉりゃっ！」
　シグレを追うことに夢中になっていた影人間に、叫びと共に拳が繰り出される。
　握られたグローブに光るのは、赤いクリスタルパーツ。
「ザ・ストレイト！　復ッ活！」
　塗装の一部が剥がれているが、動きに支障がない範囲の膜を剥がした風雲児がシグレと影人間の間に割って入る。そして退かず、離れず、ジャブを重ねて体勢を崩していく。
「オラオラオラオラオラオラオラッ！」
　距離の離れた空里花が『何もない空間』へパンチを繰り出す――それに連動しているかのように剣闘士が影人間へ無数のパンチを放った。
　鈍い打撃音、骨が軋む音――そして、何かが砕けるような音が影人間から聞こえ出す。
「う、う、う……うざってェエ！」
　悲鳴にも似た奇声を上げて力任せに剣闘士を蹴りつけると、再び影人間の体が砕け散り、周囲に黒い粉塵が舞った。
「……ぬ……？」
　霧散した粉塵から姿を表した影人間が、鰐淵へ狙いを絞って襲い掛かる。
　影人間が左腕を凪いだ瞬間、再び黒い霧が周囲に現れ、そして間を置かずに右拳が鰐淵の顔面へ向かって放たれた。