パーフェクトワールドⅢ ～迷い仔達は異界の城に踊る～｜リアクション

パーフェクトワールドⅢ ～迷い仔達は異界の城に踊る～

　仲間達が絵の中に消え、恵御納夏朝は『邂逅のギャラリー』に犬杜一閃と２人きり。
　眼差しを伏せる一閃へと、夏朝はぽつぽつと声を零す。
「……過去の経験を、聞いてほしい」
　夏朝の話は、そんなふうにして始まった。
「クローネは、僕等を、袋とじの……島一つの世界に閉じ込めようとしたことがある」
　――クローネの味方も巻き込み、助ける素振りもなく。
　固い声を耳に、一閃が息を飲んだ。
　それはそのまま自分と従妹の身にも起こり得ることだと、夏朝の言葉に察したのだ。
「それどころか……僕のろっこんを暴走させれば、島一つ沈めるぐらい訳は無いかもって、笑ってた……」
　一閃は何も言わない。言葉もないという様子だったが、
（だけど、ここで伝えることを諦めるわけにはいかない……）
　夏朝は口の中を噛んで自分を叱咤すると、強いて話を続けることを選んだ。
　その時は未遂で済んだけど、もし暴走させられてたら……と、夏朝。
「……ねえ、一閃さん」
「……ああ」
「もしかしたら今後……君より上位の『クローネの理想を実現できるもれいび』が生じるかもしれない」
　そしてそのもれいびは、一閃とは異なり、心からクローネに従う存在かもしれないのだ。
「その時――あるいは、もし『初ちゃんがクローネの災厄に巻き込まれた』なら……君は、どうするの？」
　夏朝の問いに、一閃は細く深い息を吐いて――それから、少しだけ笑った。
「考えたことも、なかった。目の前の問題に立ち向かうだけで、精一杯だったから」
　なあ、と、一閃が夏朝を呼ぶ。
　自分へと向けられる眼差しに縋るような色が宿っているのを感じ取る夏朝。
「お前の問いへの正しい答えが、俺には分からない。……俺は、どうしたらいい？」
　問い返すその声は今にも泣き出しそうに歪んでいて――夏朝は、寸の間声を失った。

　ふと気づくと、ミッシェル・ナイスゲイは堅牢な檻の中にいた。
　そして、鉄格子の向こうには、
「いや～ん♪　イケメンじゃな～い♪」
　と、思わずミッシェルが身をくねらせてしまったように、涼やかな顔立ちの男の姿。
　悪魔の羽を持つ男は、面白がるような笑みを浮かべてミッシェルを観察している。
　その手元で鍵束がチャリと音を立てたのに、ミッシェルは己の目的を思い出した。
（そう、鍵！　『昼と夜の間』は、別名逢魔時……）
　逢魔時、という言葉は、悪魔を前にしている今の状況にぴたりとくる気がする。
（なら……あのイケメンが持ってる鍵が『世界を結ぶ扉』の鍵かもしれないわん！）
　牢獄の管理者はクローネその人では？　とも推測していたミッシェル。
　目の前の人物（？）を見るに残念ながらその当ては外れてしまったようだが、
「ねえ、アナタ、クローネちゃんのこと知ってるかしらん？」
　と、ミッシェルは鉄格子越しに悪魔とのコンタクトを試みた。
　悪魔の口元を彩る笑みが、益々深くなる。
「クローネ。ええ、その名前はよく知っていますよ。忘れられない名前です」
「良かった、知り合いなのねん！　なら、話は早いわ～ん♪」
　その言い様に嫌悪やら憎悪の色が滲んでいないのを見て取って、ミッシェルは簡単に事情を説明した。
　自分は、クローネの世界から鍵を探してやってきたこと。
　その鍵がなくては、クローネに敵対する者まで彼女の世界に留めてしまうこと。
　熱を入れて、ミッシェルは言葉を尽くす。
「クローネちゃんの敵を、現実世界に戻したいのよん！　その鍵、譲ってもらえない？」
　ミッシェルの言葉を聞き終えて、悪魔は、にぃと口の端を上げた。
「貴方のお気持ち、確かに聞き届けました。この鍵は、貴方に」
　鍵束が、鉄格子の向こう側から差し出される。
　ミッシェルは、確かにそれを受け取った。
　ずしりと重い鍵束の中に、黄昏を思わせる宝石が埋め込まれた、金の鍵。
「やったわ～ん♪　ありがとねん、もう、ぶっちゅーしたいくらいだわん♪」
「礼には及びませんよ。どうぞ、彼女によろしくお伝えください」
　――ワタクシは、ワタクシの利の為に動くのみですので。
　その言葉の意味を確かめる間もなく、鍵束と共にミッシェルの姿が消えていく。
　殆ど入れ替わりで、牢屋の中へと現れたのは御剣刀だ。
　自分の方へと視線を移す悪魔の姿を目に、刀は思う。
（何があったのか、誰が閉じ込められたのか、それを確かめたい）
　刀の眼差しを真っ直ぐに受けて、悪魔は殊更楽しそうにそのかんばせを笑みで彩った。