『決戦！　パイレーツ・オブ・マタタビワン！』（５）

「くそッ……くそぉぉぉッ！！」
　苛立ちは、番組に被る数々の理不尽への怒りか。それとも悔いるべきは、己の不甲斐なさか。
　ともかく乱れ飛ぶ黒い光条は矢萩 咲の負の感情そのものであり、あるいは直線的に伸びて船体を貫き、あるいはそれ自体が意思を持つかのように軌道を変化させて敵を追尾し、弾き飛ばしていきます。
「咲は、胡乱路さんを救えなかったのか……！？　何て、何て情けない。友だちを、みすみす……あんな目に！！　咲は、咲は……うああああああッ！！」
　怒りのままに放つ必殺のメガエラ・ビームは敵クルーのみならず、海獣の触手や胴部にまでぶち当たり、咲は目につくものを手当たり次第に撃ち貫いていきます。
　そんな風にやみくもに、恐るべき攻勢を展開する咲へ。背中からそうっと忍び足で歩み寄り、カトラスを振り上げようとする不埒な海賊には、
「おっと。姐さんをやらせやしないぜ」
　ぱん！　と銃声。マストへ登った狙撃手、七峯 亨がライフルを構え、見事な腕前で銃弾を叩き込んで阻みます。
　亨もまた揺れる船上にあって、敵の狙撃手を見つけるなり即座に撃ち抜いて無力化し、伝令や砲撃手を狙撃して味方への被害を抑えつつも、恋人、愛しの咲までもそうして守る、八面六臂の奮闘ぶり！
「やるじゃない、ご活躍ね。あっちの子は、ずいぶんと荒れてるみたいだけど……はい、弾丸お待ち！」
「お、サンキュ！　助かるぜ」
　補給係、三夜 深夜子が手渡した弾丸と薬包のセットを受け取ると、さっそく装填。咲へと銃を向けた敵狙撃手を、狙い違わず撃ち抜いて見せました。
「なあに、咲には俺がいる。俺には咲がいる。負けんさ」
「お熱いわね。妬けちゃうわ、全くもう」
　苦笑いした深夜子の眼下で、闇のように黒い光は迸り、咆哮を上げました。



　不埒者へ、び！　と構えたのは……おたま！
「来たわね～、海賊たち！」
　ヨシダパール号船内のキッチンへ侵入した敵を迎え撃つのは、専属シェフ、というより食堂のおばちゃん？　的役割を担う主婦、恵御納 理沙です。
「キッチンの平和とみんなのお腹は、私が守るわ～！　神聖なお台所を汚させはしないわよ～、くらいなさ～い！　うにゃあ～！」
　しゅばっと振るうおたま、ぽっけ～ん！　と小気味の良い音が鳴り響き。殴られた赤い腕章の海賊は、困ったようにぽりぽりと頭をかきました。
「……あら？」
　さすがに調理道具では威力に難アリだったのか、海賊たちは何事もなく武器を振り上げ、理沙をタコ殴り……！　と、その直前。
「理沙ッ！！」
「あっ！　きゃあ～あなた～♪」
　どかん、と扉をぶち破って乱入！　愛しの旦那様、恵御納 久隆は片手に手斧、片手にボウガンを構え、切った張ったの大立ち回り！
「私の妻に、何をするつもりかね……許せんッ！！」
　トドメには得意のジュウドー・スタイルからの、背負い投げが炸裂！　一本勝ちにて見事な勝利を飾ると、彼は即座にひしっ、と妻を抱きすくめて安堵の息を吐きました。
「理沙、無事で良かった……」
「うふふ～、カッコ良かったわよ、あなた♪」
　むぎゅーっ！　と、そんな夫婦の仲睦まじい様子に、
「……ふむ。お邪魔だったかな」
　こんな顔を浮かべたのは、たまたまキッチンへ下りてきた旅鴉 月詠。
　敵船との接触前から、理沙は実に美味なサンドイッチなどこさえては仲間たちへと配り、肉体的な疲労を癒し、活力を与えてくれていました。彼らの活躍は、彼女のそんなバックアップがあったればこそ！　だったりするのです。
　そんなわけで、戦いのさなかにも隙を見てつまめるサンドイッチは事のほかクルーたちに重宝がられて、それを配り歩く月詠は、追加分を仕入れに来たものの……目の前にはイチャイチャ、他人にはいささかいたたまれないこの光景。展開されるラブラブ空間！
「……待つか」
　マイペースに眺める月詠の存在に夫婦が気付いたのは、実に数分も後のことでした。



　ぬめぬめとうごめく海獣の動きに変化が起きたのは、亨の放った一発がきっかけでした。小道具のひとつか、床板の上へ落ちた年代物風のコインの一枚へ、銃床をがつんと打ち付けて砕くと、破片をばらばらと銃身へ詰め込み、
「そらっ、こっちを向きな！」
　海獣の眼球めがけどかんと発砲！　散弾めいた一撃にクラーケンはくぐもったうめきを上げ、にわかにのけぞります。
　ぎろりと怒りのこもった巨大な瞳の注目を惹くと、亨は未だ接舷したままのフライング・リッチマン号へ飛び移り、その矛先を敵船へと移し変えたのです。にゅるにゅるにゅる、巨大タコ足の幾本かがヨシダパール号を離れ、船腹を擦らせる敵船もまた押し潰さんと絡みついていき。
　そうして生まれた隙を、見逃さず。
「……今だ！」
　砲弾のように飛び出した、サキリ・デイジーカッター！　彼は躊躇なく海獣の直上、つまりは海上の宙へと身を躍らせると、
「こいつは、斬り応えのありそうな怪物だ。存分に……楽しませてもらうよッ！」
　転移。転移、転移！　ろっこんによる短距離空間跳躍を繰り返し、そのたび刃は翻り、ずばん！　ずばばばば、どばばばばんっとメッタ斬り！
　そのうち彼の手の中、刃はまばゆく赤光を帯びて、
「これで、終わりだ！！」
　一閃！！　海獣の目と目の間、眉間へ十文字の傷を刻み込むと、最後に大きく転移し、サキリは甲板へ危なげなく着地。両手のナイフをくるり、すとんとホルダーへと収めました。
　やがてずるずる、ずるりと力を失い、海中へと没していく触手たち。



　海獣は砲撃手たちの決死の抵抗、クルーたちやサキリの猛攻に目を回したかのように、絡みついた触手を引き戻し、飛沫を上げながら荒波の合間へと沈んでいきます。
「い、いや～ん！　誰か助けて～～～ん！」
　と……波間へ響く、儚げな、うら若き乙女の声。
　ではなく、どう聞いても野太い成人男性の、若干無理のある裏声！
「アタシ、お姫さまなのよ～ん！　怪物の怒りを鎮めるために、生贄に捧げられちゃったのん！　助けに来て～ん、アタシの王子さま～～～ん」
　確かに王族さながらの美しいドレスへ身を包み、頭にはきんきらきんの王冠までかぶっているものの。細身ながらムキムキの筋肉質なカラダにドレスはぴちぴちぱつん、今にも破れそうですし、お姫さまのおフェイスは青ヒゲくっきりのケツアゴです。
　つまりは波間の岩へ鎖で繋がれた、ミッシェル・ナイスゲイ！
「あんッ、ちょっと何するのよ～ん！？　いやぁん、なあにこの触手？　アタシに乱暴するつもりなんでしょ！　エッチな本みたいに！　エッチな本みたいにッ！！」
　ぬりゅりゅりゅりゅりゅん！　退散していく海獣は、その行き掛けの駄賃とばかりにミッシェル姫のムッチリ豊満な肢体へ絡みつき、いとも簡単に鎖をびきんと引きちぎって、
「いやぁ～～～ん！　アタシ、怪物のお嫁さんにされちゃうわぁぁぁ～～～ん！」
　あるいは、クラーケン的に絶世の美女にでも見えたのかもしれません。ぬるるるるっと触手に絡め取られたミッシェル姫は、そのまま海中へと引きずり込まれていきました……でもなんか、すぐに自力でざばんと帰ってきそうな気がしてしまうのは、なぜでしょうか！



　御剣 刀はがちり、撃鉄を落とし脳裏へ散った衝撃に弾かれるように、加速。
「その程度じゃ、俺には追い付けない……！」
　一瞬にして足を踏み込み、振るった刃はひと振り……少なくとも常人の目にはそう映ったことでしょう。どさ、どさどさ。どしゃ！　倒れ込んだ赤い腕章のスタッフは、４人。瞬く間に斬り伏せると、かちりと刃を鞘へ収めました。
「ふう。さて、桜庭のほうは、と」
　刀が抱え、船上も空中も飛び越えて運んできた桜庭 円を眺めると、交渉中。ただし、剣を交えながらに。
「ねーねー、ジョニーさん！　後でちょーっと、時間くれなーいっ？」
「魅せるじゃないか円ちゃん、戦いの途中でおしゃべりとはね！　ぃよっと！」
　二本のカトラスは、がきん、がき！　と硬質な音を響かせて、幾度も火花を散らします。新出府 譲はくるりと回り、円もステップを踏むように、華麗な剣戟を披露！　特に打ち合わせなどしなくとも、なぜだか自然と、ふたりの息は合いました。
　がきん、ぎりぎり、と鍔迫り合い。
「ボクさ、『みえっぱりラジオ』の宣伝文句を考えたんだよね！　とうっ！」
「よっ、ほっ！　そいつはまた、ありがたいことで！　しかしだなー、放送時間の残りもね、そう多くは無いわけで！」
「ねーいいじゃん、ちょっとくらい時間くれてもさー！」
　不意に円は、真面目顔。顔の無い顔を間近で、真っ直ぐに見つめて。
「ボクは……君を見つけたよ。それでも、ダメ？」
　しばし、沈黙。
　後に、
「ははは！　分かったよ、ＯＫだ！　何しろ出演者の意向を大切にするのが、俺のやり方なのさ！」
　が、ぎんっ！　ひときわ大きな金属音が鳴り響き、円はくるるるるんと宙を回転しながら退いて、刀のもとへ。
「やったね、約束だよージョニーさん！」
　叫びつつ、円はそこらを歩いていたレンズ・キャッツの一匹を捕まえると、そのカメラ・アイと自分のスマホを掲げて、ぱしゃりと撮影。写真と映像に収まった新出府は、陽気なピースサイン。
　円は、思うのです。彼にもまた、主役になって欲しい。これほどに大仰な異変を引き起こしながらも、それでも円にとって、彼が友人であることに変わりは無いのです。
「話は済んだか？」
　居合い抜きでばさりと敵を斬り伏せて、刀が尋ねると、円はこくりとうなずきます……ついでにその肩で、にゃーくんがふにゃんとひとつ鳴くと、
「んじゃ、また後で」
　刀は再び、ひょいっ。円を抱えて、あっという間に走り去っていきました。



【49% vs 51%】