『決戦！　パイレーツ・オブ・マタタビワン！』（６）

　風は雨を孕み、嵐と化して。渦を巻く海面を砕くように、波飛沫を巻き上げながら突き進む二隻の船。
「劣勢か。さて、ま、これもまた楽しいもんだがね」
　暴風にあおられる三角帽子を抑えながら、顔の無い男は、言葉だけでこの瞬間の愉悦を表現します。
　幕を開けてみれば、これが実に、見応えのある映像の連続となりました。この船上でもまた、繰り広げられるのはド派手な大海戦……豪快アクションに、モンスターにディザスタームービーの要素まで、これでもかとてんこ盛り！　その盛り上がりに、彼はどこか満足そうに、大仰にうなずきます。
「……うん？　おいおい、どこ行く！？　番組はまだ終わっちゃいないぜ！」
　恐るべき高低差を誇る波の向こうに、追い風をとらえて去っていくリ・ボーン号の船尾楼が見えて、新出府は声を上げます。
「これがあっしのやり方さぁ！」
　骨削 瓢はやっぱり、にんまり。笑うだけ。
「義理は果たした！　この上は我が船を土産に、トンズラかますとするよぃ！　これを新しい怪異として、現実へと具現化させるってな寸法さぁ。悪しからず、新出府は～ん！」
　遠く風に乗って聞こえた声に……彼もまた。
「かっかっか！　分かった分かった、行くがいいさ！　良い船旅を、キャプテン・ヒサゴ！」
　手を振り送り出した船はすぐにも遠ざかり、稲光走る雲の下、水平線の向こうへ悠々と、消えていきました。リ・ボーン号が現実の寝子島へと無事に帰り着くことができたのかどうか、今はまだ、定かではありません。けれど少なくとも、瓢のこと。ただで嵐に沈むことは無いでしょう。
「ああ……楽しいなぁ！　なぁんて、楽しいんだろうなぁ……！！」
　天を仰いで、雨風を浴びながら。彼はただ、そうして笑います。きっと心は、晴れやかに。



「そろそろケリつけるぜ、気張れェ！　愛すべき、バカタコ野郎どもよォ！」
「「「「「アイアイサーッ、キャプテン！！」」」」」
　キャプテン・クマキチが振り上げたカトラス。その刃に照り返る稲妻を合図に、海賊たちは高らかに気勢を上げ、突撃！
　戦いは今や、決戦の様相を呈しています。
「……それでは、聞いてください！」
　嵐を裂いて。風に乗って、聞こえました。そんな声が。
　歌が。

♪『夢・覚えていますか』

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アニメ『超次元要塞ニャクロス　夢・覚えていますか』より
歌　エスカルゴ＆悠華 / 演奏　ユメギワ空想楽団

「決戦なら、あれだ。歌うしかないんだ！」
　分かったような分かんないようなリクツで、エスカルゴちゃんは暴風も何のその。マイク片手に、突発的船上ライブを敢行！



覚えていますか　夢に出会った時を

覚えていますか　夢に手を伸ばした時

　　　それは初めての　未来への旅立ちでした───



「みんな、頑張って！！」
　悠華も伸びやかに声を届けながら、仲間たちを鼓舞します。その笑顔はまぶしくて、
「どんなに冷たくても、上がらない雨は無いから……」
　歌は広がり、海へ空へ。もちろん船の中にまでも声は響き渡り、
「Ｎｏｏｏｏｏ、敵の砲撃で船底に水漏れがー！？　塞がなきゃ沈んじゃうデースよ！！」
　とんてんかんてん。船大工、深縹 露草の打ち付ける金槌の音をも取り込み、反響して。
「おお……？　歌が聞こえるデース！　これは元気が出ますねー、私も気合を入れマースＨＡＨＡＨＡー！！」
　いつしか自分も口ずさみながら、とんてんかんかん、リズムに乗って。



おぼえていますか～♪



　歌は波間を貫いて、嵐を打ち破るほどに、駆け抜けて。



「キャプテンジョニーッ、その首もらったのだ！」
「おおっとっと！」
　翻るカトラス。がきん！　後木 真央の剣が新出府 譲の手にしたそれを弾き飛ばし、ずいと首元へと突き付けたなら、
「勝負あり、なのだ！」
「いやはや、お見それしたよ。君の元気にはいつだって、敵わないな、まったく」
　くっく、と肩を揺らした彼を、真央はいつになく静かに、じっと見つめます。
　やがて、ヨシダパール号は食い込んだ衝角を引き抜き、残されたのはぼろぼろ、沈みかけのフライング・リッチマン号。あちこちにはこぼれたカンテラの油が噴き上げる炎が揺らめき、マストは暴風に折れて横たわり、横腹に開いた穴からは止めどなく海水が入り込み、船はぶくぶく、傾いていくばかり。
　顔の無い顔で、そんな光景を、ぐるりと見回して。新出府は、とりとめのない言葉を漏らします。
「…………ああ。終わりか。そうだな……楽しいひと時も終わりとなると、寂しいもんだ。だが、いいさ」
　両手を腰に当て、大きく息を吐き、誰ともなく。
「これでいい。これで良かった。俺は……あの子だって、きっとこれからは、さ。だから……」
「……諦めんなッ！！　なのだ！」
　叫んだ真央は……そう。いつだって、前向きでした。
　受け入れると、決めたのです。どんな変化であろうと、フツウでは無かろうと、全て、何もかも。
「そんな風に簡単に諦めんな、負けんな死ぬななのだ！！」
　彼も。秘子も。自身が存在を望み続ける限り、決して拒むことは無いでしょう。
　いつだって、歓迎するでしょう。寝子島へと加わる、新しい同胞たちを。
「……そうだ！」
　すたん、と身軽にフライング・リッチマン号の甲板へ下り立った彼女もまた、気持ちは同じです。
「君は……夏夜ちゃん、のほうか」
「『自分が死んでも、彼女が無事なら良い』。なんて、思ってないだろうな？」
　恵御納 夏夜が望む世界は、夏朝が望む世界。大切な彼女が否定しない限り、いかに胡乱な存在とて、拒絶するつもりはありません。
　真央も夏夜も、『ＭＦＳ！』には幾度も関わり、様々に翻弄されてきました。痛い想いをして、時には涙を流し、現実を突き付けられ。反面、そんな歪な未来を垣間見たからこそ、現実の寝子島に彼女らは笑い、希望を胸に秘めて。
　そうして導き出した答えが、これなのです。

「君が死んだら、夏朝も胡乱路先輩も悲しむ。
…………僕だって、怒る！！」
　ぺたん！　新出府の胸元へ張り付けたのは、ねこシール。ろっこん発動、彼の身体をめいっぱいに軽くしたら、
「おいおい……これはちょっと、なあ夏夜ちゃん！　絵的に問題ありゃしないかい……！？　ていうか俺のプライドってやつがさあ！」
　夏夜は新出府を、ひょいっとお姫さま抱っこ！
「つべこべ言うな！　真央、行くぞ！」
「おーっなのだ！！」
　沈み行く船を駆け抜けて、砕けた縁にわずかに残った足場を踏みしめて。しゅぱんっ、と大ジャンプ！
「いや……まぁ、アレだ。ほら。こりゃあね、番組上の演出ってやつで。本当に船と運命をともにしようだなんてそんなつもりは」
「本当に？」
「本当なのだ～？」
　我らがヨシダパール号の甲板へ危なげなく着地して、床へ下ろされた彼の言った言葉へ、返ってきたのは夏夜の疑わしげな視線と、真央のジト目。
　思わずくすりと、清々しく。
「ああ、まったくさ。君らにゃ敵わんよ！」



　ぽつりと、小さな雨粒ひとつ。いつの間にか風は緩やかに、嵐は晴れて、雲の切れ間に覗く日の光。水平線にまばゆく輝く、あの朝日。
　荒々しい波の残滓が船腹をざぶんと叩き、穏やかさを取り戻しつつある海へ浮かぶのは、海賊船一隻。
　板切れにつかまり、救助を求めて波間を漂う、赤い腕章のスタッフたち。
　それに……ぽこんと水面へ顔を出した、沈んだ船のマストのてっぺん。
「よっ、と」
　神薙 焔が跳躍し、器用にその上へと着地すると、千切れかけて風に揺れる顔の無いガイコツの旗を降ろし、代わりに眼帯を付けた熊の旗を揚げ、ふんっ、と得意げに鼻から息を吐いて。
　ひゅう、と少し寂しい風が吹いて。大海戦、そして番組はここに、終幕の時を迎えたのでした。

「あたしたちの、勝ちよ！！」

＜『決戦！　パイレーツ・オブ・マタタビワン！』　終＞

【48% vs 52%】