オープニング

　暗がりの中を、ててて、と歩む黒い影。瞳にレンズ、尻尾にアンテナを持つ、ツヤの無いぞろりとした黒い毛並みの猫がやってきてこちらを覗き込むと、ぺろりとカメラをひと舐め。ふにゃあ！　ひと鳴き。
　何かに気付いたのか、黒猫はふと、空に浮かぶ巨大な赤い月を見上げます。
　瞬間、夜を真っ直ぐ斬り裂いて。ばしん！　と走り抜ける、スポットライトの白い光。ばしん、ばしん！　照らし出されていくのは、高さ数百メートルはあろうかという、ひと際に背の高い、赤と白の電波塔。
　その、頂点にて。幅数十センチの狭く不安定な鉄骨の足場へ軽快に、踊るようなステップで現れた、ひとりの男。
　暗い影に覆われて、目も、鼻も、口も。顔の見えないその男が、小洒落たハットを取り上げ、芝居がかって一礼。告げました。
　画面の向こう、その瞬間を心待ちにする、多くの視聴者たちへ。
　番組の始まりを！
「やあ、やあ。ハロー！　いよいよ、『ミッドナイト・フリーキー・ショウ！』特別編の始まり始まり、というわけだ。司会はわたくし、顔も名前も無い男が務めさせていただきます……なんてのもちょいと、やりづらいよな？　ま、借り物の名前ではあるが、今じゃそれなりに愛着もある。『新出府 譲』！　そう呼んでくれ、今夜のところはね」
　ぱちり！　指を鳴らすと、鉄骨に寄りかかったり、縁に腰かけたり、めいめいの姿勢でリラックスした様子の白い楽団員たちが、ゆるりと楽器を奏で始めます。

♪『ワット・ア・ディファレンス・ア・デイ・メイド』

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マリア・グレベール / 演奏　ユメギワ空想楽団

「さて！　今夜は実に、様々なコーナーを用意しているわけなんだが。準備のほうはどうかな？　各地と中継が繋がってるんでね、ちょいと覗いてみるとしようか。まずは……おーい、聞こえるかい、桃川 圭花ちゃん？」

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　ぱ、と切り替わった画面に見えるのは、多くの人が行き交う、空港のような場所。
「聞こえるかい、じゃないわよ！　ちょっとどうなってるのよジョニーさん、聞いてないわよこんなの！」
　唐突にそこへ映り込んだ圭花は、両手を腰にあて、ぷりぷりと憤慨したそぶりで、眉を吊り上げてみせます。
　圭花の背後には『出国審査』と書かれたゲートがあり、そこへと並ぶ列の中には、どこか見覚えのある顔が。
「待ちに待った、まゆ先生との海遊び！　くううっ、必死に頼み込んだ甲斐があったぜ……！」
「んもーっ、竜司君ったら興奮しすぎよ？　でも……うふふ。今日はたくさん、楽しみましょうね♪」
　何やら色っぽく微笑む相原 まゆ先生は、トロピカルでセクシーな、ビキニ姿！　隣で興奮する冴木 竜司くんに至っては、七色に輝くレインボーな褌姿という何ともアレな出で立ちで、正直かなり浮いてたりしますけれど、同じく出国を待つ客たちが訝しがる様子はありません。
「はぁ。まったく、仕方ないわね」
　圭花は、わざとらしいため息をひとつ。すぐにも、にっ！　不敵な笑みを浮かべて、
「いいわ、付き合ってあげる。悪趣味なドラマを、能天気なエンターテインメントに変えて差し上げるわ！　仕掛けをとくと御覧じろ、ってね」

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　画面は打って変わって、緑深い山の中。ぽっかりと佇む白い和風建築。
　開いた障子の向こう、畳敷きのだだっ広い部屋の中で、祈りを捧げる人々……その中に、黒崎 俊介、三宅 ゆりの姿がありました。
「ああ、モコヌ様、モコヌ様……どうか、僕の影の薄さをどうにかしてください。目立ちますように、目立ちますように……」
「モコヌ様、モコヌ様～。ああ、あたし、運命感じちゃった……♪　どうかあのオジサマと、もっとお近づきになれますように……」
　一心不乱に手をすり合わせ、ぺこぺこと頭を下げる白装束たちの熱っぽい視線の先では、神棚に祭られているピンク色のモコヌが、退屈そうにころりと寝転んでいます。
　画面の横から、にゅっ。現れた椿 美咲紀が指を一本唇に立て、
「しーっ」
　スマートフォンのカメラを構える八神 修に、周囲へ鋭く視線を走らせた常闇 月も、こくりとうなずいて見せました。
　やがて画面に現れるのは、大仰なテロップ。
　『潜入リポート！　大日本モコヌ教の謎に迫る！！』
　大きな純和風の屋敷へと、三人は抜き足差し足、忍び込んでいきます。

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「はい、こちらは『輝け！　ミッドナイト・フリーキー・コンテスト！』の会場でございます！　ステージの始まりを待つ観客の皆さまの盛り上がりで、早くも熱気ムンムンですよー！」
　きらびやかな衣装を身に着けた司会者は、今や浅葱 あやめではなく。マイクを手に、きらきらと輝く笑顔の彼は、『ノイジー・パンジー』！
　円形のステージを囲む階段のような観客席に、ぎっしりと詰めかけた観客たちは、黒猫たち。彼らの目を通じて見守っている、スピーカーから届く視聴者たちの声は一様に興奮していて、口々に歓声を上げ、パンジーへ歓迎の拍手を鳴らします。
「ご覧の通り、場内のボルテージはまさに最高潮！　審査員のお三方も張り切って、出演者の皆さまの登場を待ちわびております、ほらこの通り」
「女の子はまだですか、女の子は？　野郎は帰れ、ぺっ！」
「ヒックっ。やーだもう、酔っぱらってなんてないわよゥ？　けらけらけら！」
「飲みすぎですよ。酒は百薬の長と言いますが、酒もまたれっきとした化学物質のひとつです。あくまで適切な飲酒量という前提があってのことで、飲みすぎれば内臓のみならず神経系や脳にまで影響が出てうんたらかんたら」
　中沢 リッカルド、桜栄 あずさ、五十嵐 尚輝の審査員三名、テキトーに手を上げたり上げなかったり。パンジーは肩をすくめて、茶目っ気たっぷりに笑いながらにひらひら、手を振って、
「コンテストの開始まで、もうしばらくのお時間をいただきます。豪華絢爛なステージをお楽しみに！」

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　ニャルカトラズ監獄。厳つい牢獄のど真ん中に、異質な四角いプロレスリング。
　マイクを持ったレフェリー、ハルさんこと坂井 晴香が、高らかに声を上げました。
「はいはい、盛り上がりならこちらも負けてませんよー！　お聞きください、この興奮を！　熱狂を！　今からもー、It's so excitingッ！！」
　がん！　がん！　がん！　と響き渡るのは、監房の中、囚人たちが鉄格子を叩いて刻むリズム。満ちる熱気、高揚と相まって、あたりは異様な空気に包まれています。
「さてさて、これから囚人の皆さんには、難攻不落の監獄からの脱出を賭けた一大決戦へと挑んでいただくわけですが。迎え撃つ看守長さん、意気込みはいかがですかー？」
　ぬうん……！　まるで小山のような巨漢は腕組み、帽子のつばが落とす影で隠れた顔へニヤリと下卑た笑いを張り付けて、
『１ミリも負ける気がしねェ。まとめてかかってきな、玉無し野郎ども』
　声は聞こえずとも、ぱくぱくと動いた口元に合わせて現れたそんなテロップを、鉄格子の向こうから見つめて。ぼろぼろの囚人服を着せられた日暮 ねむるは、ぎりと歯を食いしばり、あらん限りに拳を握り込みました。
「……叩きのめしてやる。絶対に……！」

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「「っきゃあああああああああーーー！？」」
　泡を食って逃げ惑う串田 美弥子。その背中を追いかけながら、鬼河内 萌がそっと後ろを振り返ると、
「むむむむ虫がー！？　ボクたち、何でこんなにでっかい虫に追いかけられてるのーーー！？」
「わわわわわかんなーーーい！！　あああ気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いーーー！！」
　ずどどどど……ふたりに追いすがるのは、人間ほども大きな毛虫にクモ、アリンコの大行進！
　霧にけぶる廃ビル群は苔むして緑に覆われ、あちこちに張り巡らされている、黄色。黒。黄色。黒。目に痛いほどの警戒色。
　規制線をびりりと破って逃げていくふたりの背中を見送りながら、日野 満は肩をすくめて、
「ここは何人も足を踏み入れてはならない、『立入禁止区域』。一度踏み込んだなら、心に抱く不安は現実と化し、ああして襲い来るのです。いやぁ、怖いですねぇ。恐ろしいですねぇ……」
　と言いつつ、満は青い顔。両手でしっかと抱き込んでいるのは、彼の大切な、創作ノートです。
「こ、これも実体化したり……しないよね？　おれが小説書いてること知ってるのなんて、図書委員の何人かくらいだし、他には……」
　ぽん。背後から肩へ置かれた手に、
「ひっ！？！？」
　彼は飛び跳ねました。

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　むむ……と深倉 理紗子は、難しいお顔。
　荒涼とした赤土の地面が続く向こうに、ぽつり、ぽつりと赤茶けた白い家並み。かすかな潮風の香りに、見上げれば背の高い灯台がそびえていて、そこが海辺の町であることが知れました。
　アメリカの片田舎、といった風情。けれどそれは偽りで、理紗子は目の前に掲げられた、一枚の看板をまじまじと見つめます。
「……『ゲイシーズ・ブッチャー・ランド』……？　何かのアトラクションかしら……ううん、それよりわたし、どうしてこんなところにいるの？」
　周りを見回しても、町以外には何も無い、がらんとした赤い大地が広がるのみ。理紗子は良く分からないままに、
「と、とにかく、冷静になるのよ。わたし……！」
　砂っぽい風が吹き荒ぶ、町に漂う不穏な空気に身をすくめながら、誰ともなくそうつぶやきます。
　彼女の後ろで、雨宮 草太郎がカメラに向かって、ピース！　しているのには、気付かないまま。

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「あら。いらっしゃいませ、カメラさん。んふふっ」
　艶めく赤いドレスに身を包み、胡乱路 秘子は画面に向かって微笑みます。
　楽屋らしき部屋の中、古めかしい小さなテレビにはモノクロの無声映画が垂れ流されていて、デスクの上の音楽雑誌は広げっぱなし。秘子はどこか落ち着きなく、映画のBGMに乗るように、ゆらゆらと身体を左右に揺らしています。
「秘子さん、きつくはありませんか？」
「ええ、大丈夫です。すみません、まだ衣装の最終チェック中なんです」
　んふふ！　と笑う秘子のドレスの背中をきゅっと締めながら、衣装係であるらしい毒島 虹子も、人の好さそうなにこやかな笑みを返しました。
「いよいよだね、秘子ちゃん！」
　八十八旗 信彦は、まるでマネージャー。手帳をぱらぱらとめくって、スケジュールなど確認すると、自らもきらきらと輝きながらに、
「君のデビューを、俺たちが全力でサポートするよ！」
「ええ、私たちにお任せくださいね♪」
　そう請け負ってくれたふたりの、何と頼もしいこと！
「ありがとうございます、八十八旗さんも、毒島さんも。とってもとっても、感謝しています。んふふ……やっと、やっと……わたくしの、デビューライブが、もうすぐ……んふふふ♪」
　待ちきれないといった様子で、両手を胸に高鳴る鼓動へと添え。その瞬間に思いを馳せるように、秘子はそっと、瞳を閉じました。

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　でーん！　海辺に佇む、まるで熊のようなシルエット。
「いつまで待たせんだ、このバカタコがっ！　俺はもう、いつでも出航できるぜ！」
　海賊船長に扮した吉田 熊吉先生、バッチリなりきって待機中。いつにも増して荒々しく、ずらりと腰から抜き放ったカトラスを、赤い月めがけて振り上げます。
　ケタケタとそれを嗤うのは、骨削 瓢。
「まぁまぁ、吉田はん。本番はまだ、何時間も先だよぃ」
「なっなにい！？」
　けけけ！　と嘲笑を浮かべつつ、瓢は空を見上げます。今はまだ、夜は快晴。月も星もはっきりと見えてきらめき、雲ひとつ無く……けれどずっとずっと向こうの海から、分厚い雨雲が列を成して押し寄せようとしているのに、彼はもちろん気付いています。
「くっくっく。楽しい航海になりそうだねぇ……？」
　ざぶんと砕けた波飛沫。赤い月明かりの下には、二隻の大きな帆船。掲げた旗は、黒地に白の骸骨模様……ジョリー・ロジャーを風にはためかせる海賊船たちが、間もなく訪れる出航の時を、今や遅しと待ちわびていました。

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　ぱちぱちぱちぱち！　左右から十重二十重と浴びせられた拍手と歓声は、いわゆるひとつの、テレビ的な演出ではあるのでしょう。けれど赤と白の電波塔の上で、顔の無い男……新出府 譲は、うむっ！　実に満足そうにうなずきます。
「オーケー、いずれも準備は万端！　これで心置きなく始められるな。ああ、そうさ……俺たちの番組をさ！」
　白い楽団員たちがかき鳴らすメロディは徐々に大きく、激しさを増していき、ずんちゃかずんちゃ、じゃかじゃかじゃじゃん！　音響が最高潮の迸りに達したところで、
「それじゃあさっそく。最初のコーナー、いってみよう！　エンディングまで、ゆったりと楽しんでくれ……最後まで、チャンネルはそのままで。頼むぜ？」
　再び、一礼。音楽はぴたりと鳴りを潜め、暗転。



【100% vs 0%】