瞑想室と名付けられた大広間に見えるのは、すれ違う隙間もないほどぎゅうぎゅうに詰めかけた小綺麗な白装束の人々が、一様に熱心な様子で床へ頭を擦りつけている姿。神棚の上、注連縄を巻かれてぼんやりと佇んでいる、ピンク色のMOCONU。
「バカな人間たちに祭り上げられて、何を考えてるのかね、あいつはさ」
　和風建築の縁側に腰かけて、新出府 譲は腕組み、くっくっ、とおかしそうに肩を揺らします。
「ウマい話にゃ裏がある、こいつは世の中の常ってやつだ。真理と言ってもいいかな。誰もがカネのなる木や金の卵を産むガチョウを探してるが、もちろんそんな奇跡は、現実のどこにもありゃしない。まことにこれが残念なことに、ね」
　ひょいと膝に乗ってきた、レンズ・アイの黒猫の背中を撫でてやりながら、
「だが、改めて懇切丁寧、ご説明差し上げることも無いはずのそんな真理を、いい大人が時として、見失っちまうことがあるわけだ。彼らは単なる一般人、こいつを見てるお前さんたちとだって、そう違いやしないはず……あーあ、あのちょっと影の薄い兄さん、嬉しそうな顔しちゃってまぁ……ともかく口の上手いヤツってのが、世の中にはいるもんだ。そら」
　くいとあごでしゃくって見せたのは、一段高い壇上で何やら熱弁を振るう、ゴージャスな神社の神主といった風情の壮年の男。
「最初に言ってしまうと、ありゃあ詐欺師の手合いだ。口八丁に手八丁、少しばかり人生に迷った善良なる市民を引っかけて法外なお布施を頂戴しちゃあ、裏じゃ贅沢三昧……と、まぁそういう人種なわけだ。ん、何で分かるかって？」
　彼に顔があったなら、きっと、ニヤリ！　茶目っ気たっぷり、シニカルな笑顔を見せたことでしょう。
「あの役者っぷり、まるで俺みたいだろう？　俺のほうが１００倍、男前だがね」

『潜入！　大日本モコヌ教に、終末の光を見た！』（１）

「この世が遠からず終末を迎えることはもはや、明確なのであります。地球温暖化、気候変動、希少な動植物の絶滅。人々の心は荒み、今や老若男女、子どもからお年寄りまでもが軽々しく他人を騙し傷つける……そんな末期的なこの世にあって、皆さんの心を等しく御救いくださるのが、モコヌ様なのです。辛い記憶、胸を引き裂かれるような痛み、そんなものに苛まれることはもうありません。モコヌ様のお力があればこそ、我々は終末の世を心穏やかに迎えることができると、こういうわけなのであります……」
「モコヌ様！」
「ああ、モコヌ様……！」
「なんてありがたい……！」
　新興宗教、『大日本モコヌ教』。ここはまさしくその、総本山なのです。
　教祖であるという男の説法は通り一辺倒のありきたりな内容で、ここに集まった信者たちとて、たやすくだまされるとは思えません。にも関わらず、これほどの人数がこの施設へと身を寄せているのは、あのピンク色の毛玉のようなものが、確かに彼らへと奇跡を垣間見せてくれるからなのでしょう。
　神野 美野梨もかつては、モコヌの見せる夢に一時、ごく短い間ながらに浸ったことがあります。あくまで研究対象の観察という体で、試したその機能は美野梨へ、いつかの幸せだった過去の続きを見せてくれました。
「でも、結局……夢は夢なのよね」
　それでも美野梨は、忘れてはいません。自分のところにやってきた、あの青いモコヌを。ふわふわの毛並みの感触を。人懐っこく身体をすり寄せてきた、あの愛嬌を。モコヌが見せてくれた夢が、大切な『今』を明確にさせてくれたことを。
「で、そのモコヌとやらを祭り上げてるこの『大日本モコヌ教』を調査して、君のモコヌをもう一度動かす手がかりを得たい、と。こういうわけだ」
「ええ」
　なんて、快く協力を申し出てくれた鎌八 まもるの理由は、これが何とも、美野梨には良く分からなかったりするのですけれど。
「上手くいったら、あの時の報酬をのツケを、ここで支払ってもらおうかな。そのさらつや黒髪ロングを、ぜひポニテに！」
「ポニテ？　ポニーテールのこと？　そのくらい、別に良いけれど……」

「ＯＫ、任せてくれ！」
　きらり！　彼は、大日本ポニテ教の信者なんじゃないかしら。美野梨が思ったのも、無理からぬことではあったかもしれません。
　とはいえ当のまもるにしてみれば、報酬をいただくのは当然の権利としながらも、思います。
（オレ、こういう話には弱いんだよな。彼女のモコヌがもう一度動く可能性や、少しでも希望が持てるような情報が得られれば良いんだが）
　ふたりはさっそく、信者たちが着ているのと同じ白装束を着込み、彼らの中に紛れながら、
「よし、まずは二手に分かれよう。この施設、控えめに見ても、どうにもうさんくさい……オレは懲罰室や、開かずの間とやらに探りを入れてみるよ」
「私は、信者の人たちに聞き込みをしてみるわ。モコヌについてとか、あの教祖についてとか。後で、瞑想室に人がいなくなった頃に、あの神棚の前で合流しましょう」
「了解、気を付けて」
「ええ、そちらもね」



「何かの番組なのかなぁ？　良く分かんないけど、オレも頑張るよぉー」
　ははー！　と、曖浜 瑠樹はいつもの無邪気なまま、向こうの神棚に見えるモコヌへぺこんとお辞儀。
　お隣では水上 桜が、

「え、ええと。こうかしら……神さま仏さまモコヌさま～！」
　戸惑いながらも、どうにか場に溶け込むべく奮闘中。
　そして、彼らに課せられた任務は、潜入……でありながら、とにかく異彩を放ちまくっているのが、このお方でありました。
「いや～ん！　アタシの俊介ちゃんが、変な宗教にハマっちゃったわ～ん！　うぅん、絶対にアタシの手に取り戻してやるんだから～！」
　そのためにも頑張って、信者のフリをするわよ～ん。なんて、しゅばっ！　と全力で五体投地した彼は、ミッシェル・ナイスゲイ！　彼といかにも純真無垢な瑠樹の組み合わせは何だかイロイロ、そう教育によろしくない感じがして、ちょうど同じ年頃の弟さんがいる桜はふたりの間に入り、せめてもの壁になっていたりしました。
「ちょっと、あんまり目立たないで……って言っても無理そうだけど！　で、俊介ちゃんって誰？」
「ほらあそこにいるのよん、アタシのハニーが～。ああんもう、アタシ以外にあんなに夢中になっちゃって～！」
　黒崎 俊介先生は、瞑想室に集う信者たちの中でもひときわに熱心で、必死の形相で、
「モコヌ様、ああモコヌ様。あなたは僕の希望です、どうか僕の影の薄さをどうにか……この際夢でも良いんです、幸せな夢を！　目立つ夢を！！」
　などとぶつくさつぶやいています。ちなみに、そんな良く通る声を耳にした瑠樹くんはふと首を傾げて、
「何だかあのお兄さん、借り物大魔神さんに、声が似てるねぇ」
　なんて、いつぞやの寝子高での借り物競争で見た着ぐるみのことなど思い出し、ほんわかほわん。和んでいたりしました。
「……ってよく見たらあれ、三宅さん……？」
　黒崎先生のすぐ近くでモコヌへ手を合わせているのは、桜のお隣のクラスの、何かと目立つ三宅 ゆり。彼女は黒崎先生ほどには真剣には見えないものの、
「やだもう、オジサマったら素敵。モコヌだっけ、あれの夢をきっかけにして、もっとお近づきになれないかな？」
　などとすらりとしたイケメン風の中年信者に色目を使い、いまひとつ動機は不純ながら、のめり込んでいることには変わりないようです。
「アタシはイケメンも、ステキな現実逃避をさせてくれるモコヌ様も、嫌いじゃないけどん。でもこのままじゃ、アタシの俊介ちゃんがダメになっちゃうわ～ん！　協力して、助けてあげちゃうわよん！」
「三宅さんもね。何とか、ここから連れ出してあげないと……！」
「うんっ、頑張ろうなぁ！」
　三者三様、なんとも珍妙な取り合わせではあったものの。ともかく目的を果たし視聴率に貢献すべく、彼らもまた行動を開始します。



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