【クリスマス】メリークリスマス、旧市街｜リアクション

【クリスマス】メリークリスマス、旧市街

　落神神社を過ぎて獣道に入り込んだ途端、何かもかもを切り裂くような雪風に全身を殴りつけられた。
「ッ、……」
　呼吸すら奪うほどの烈風に、砂礫のように鋭い雪片に、御剣刀は家から持ち出した刃引き刀を掴む片腕を顔の前にかざす。風に薙ぎ倒されそうな身を咄嗟にもう片手で掴んだ樹に支え、黒い瞳を細める。
　待ち合わせ場所に、いつもなら時間前に来ている橘千歳も、時間通りに現れる小山内海も来なかった。待ち合わせ場所を間違えたかと確認しようとして携帯電話を掛けてみても、ふたりのどちらにも繋がらなかった。
　募る不安にとどめを刺したのが、街に流れる不穏な噂。
(子どもをさらう、黒サンタ……)
　曰く、黒衣に黒髭の男が寝間着姿の子どもを抱えて九夜山に消えて行った。
　曰く、山羊の姿した魔物が、クリスマスにはしゃぐ女子高生たちをさらって九夜山を登って行った。
　曰く、クリスマス以前より九夜山山頂付近に不気味な黒い森が姿を現していた。
　街やネットに流れる噂に突き動かされたのは、これまでにも多くの神魂事件に関わって来た刀ならではの直観があったからこそ、なのかもしれない。
　山の一角を襲う猛吹雪は、神魂の影響なのではないか。
　この吹雪の向こうに、ふたりがさらわれたのではないか。噂に聞く、黒サンタと魔物に。
(あいつ等に何かあったら……)
　言葉に出来ない不安に胸を締め付けられつつ、刀は視界さえ白く覆う吹雪の中へがむしゃらに踏み入る。
　頭の中に撃鉄を落とす。己が速度を尋常になく速めることで、世界の全ての時間を凍りつかせる。己に宿るろっこんを使い、通常の時間の流れの中では進むも難い吹雪の中へ駆け出す。膝まで埋める雪を蹴立てる。
(この先一瞬だって)
　ふたりをさらったナニカに時間をやるわけにいかない。胸に抱いた決意を熱に、雪を踏む。ろっこんの力を使って得た間隙を無限に引き延ばして、
(俺は俺の大切なものを守るんだ)
　凍り付いた世界を駆けたその先、視界を遮り続けていた木々がふと途切れた。風の緩まった瞬間のままに凍り付いた森の広場に、ふたつの影。
　ひとりは黒山羊の頭持つ、二足歩行のナニカ。そのナニカの前、まるで親しげに挨拶するかのような笑み浮かべて立つ銀髪の少女。
　吹雪の黒い森にあって異様にも思える取り合わせに、刀は思わず足を止める。吹雪など意に介していないかのような銀色の少女の横顔に眉を寄せる。少女は果たしてひとなのだろうか。物の怪の類ではないだろうか。
　それでも、少女に向けて歯を剥き出し太い腕を振り下ろそうとしている山羊男を見れば、刀の心は決まる。ろっこん【加速】を使って凍り付いた時間の世界の内に居るまま、山羊男の懐に踏み込む。すり抜けざまに刃引き刀で胴を薙ぐ。
　僅かの間、ろっこんを解除する。
　山羊男が傷口から血の代わりに黒い羽虫のような瘴気を撒き散らして雪に倒れる。倒れて雪に煤のようなものを残して消える。
「こんにち……」

　山羊男に話しかけた瞬間に傷を負って倒れた山羊男を見、山羊男と己の間にいつの間にか立った黒髪の少年を見、
「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー」

　ゼロ・シーアールシーは雪より白い純白のワンピースを雪風に暴れさせながら、吹雪に一向構わぬ様子で微笑んだ。
「危ないぞ」
「こどもたちを助けるのですー」
　少年に怖い顔で叱られても笑顔を崩さず、ゼロは雪に彷徨う幽霊のような足取りで黒い森を再び歩み始めた。
「居場所が分かるのか」
　少年から肩に掴みかからん勢いで問われても、ゼロは微笑みもペースも崩さない。
　小さな指先で森の奥を指し示す銀色の不可思議な少女を見つめて後、刀は小さく頷いた。
「ありがとう。俺は先に行く」
「はいなのですー」
　言い残し、瞬きの間に姿を消す少年に、ゼロはのんびりと掌を振る。