【クリスマス】メリークリスマス、旧市街｜リアクション

【クリスマス】メリークリスマス、旧市街

　窓の外は曇天模様。
　猫鳴館の壁は薄い。歪んだ窓枠からは隙間風が入り込む。
　毛布をぐるりと身体に巻き付け、橘明里は部屋にひとりきり、流れ込む風の歌に耳を澄ませる。
(だって、)
　薄紅色した長い髪が毛布に覆われた肩を滑り落ちる。
　髪と同じ色した瞳の端に映る髪の房を払いのけもせず、明里は何度も瞬きを繰り返す。頭の中を占めているのは今日のこと。
(きらわれるのなんて、いや)
「なのなの」
　小さく呟く。呟いても返ってくるのは隙間風の音ばかり。
　明里はこくり、幼い仕草で首を傾げる。
　星ヶ丘寮から猫鳴館へ、ふたりからひとりへ。がんばろうと決めてここにひとりで飛び込んで、がんばりつづけている。しっかり一人で暮らせているはず、
(ですなの)
　ひとりで暮らすことに不満はない。猫鳴館での生活を楽しめているようにも思う。
(だけれど)
　まだ何か、足りないような。
　何かができていないような。
　そんな気がする。
(ですなの)
　その何かが何なのか、明里はひとりで考える。ひとりだから、ひとりで考えなくちゃいけない。泣きついたりしない。甘えたりしない。だってひとりで立つことを選んだのだから。
「一体、何が足りないの、なのかな？」
　窓枠の隙間から流れ込んでは、冬風がひゅるひゅる笑う。
　友達はどんどん増えている。明里はみんなのことが大好きで、だからそこに問題があるとは思えない。
　それなのにどうしてこんなに胸が冷たいのだろう。毛布にくるまってじっとずっとうずくまっていたくなるのだろう。
　みんなと一緒にいたいのに、どうしてこんなに、寂しいのだろう。
　どうしてこんなに、誰かに手を差し伸べて欲しいのだろう。誰かに部屋のドアを叩いて欲しいのだろう。ここのみんなと馴染みたいのに。仲良くしたいのに。
(服装がまだ星ヶ丘っぽいからなのかな)
　毛布から出した指先で前髪を引っ張る。冷たい空気にあっと言う間に凍えた指先を慌てて毛布の中にしまい込む。
(皆の前にあんまり出てないからなのかな)
　あるいは、ただ単に、ここにいることが知られていない？
　考えて考えて、考えた末、天使を自称する根っから明るい性格な明里はふと閃いた。
「そうだ、楽しいことをしよう！」
　楽しいことと言えば。明里が今一番楽しみにしていることと言えば。
「楽しいことといえば、クリスマスプレゼントなの！」
　ぐるり丸まっていた身体を勢いつけて立ち上がらせる。毛布を投げ捨てても、楽しいことを思いついた今はもう寒くなんかない。
「クリスマス・テロルなの！　なのなの！」
　例えばサプライズとして手袋位のプレゼントを用意して、寮のみんなの部屋のドアの隙間に差し込んで行けば、
(きっとみんな喜んでくれると思うのですなの！)
「善は急げ！」
　となれば、やるべきことはひとつ。
(カワイイ手袋を用意して、ラッピングするの！)

　サンタ服を頭から被れば、
「ちひひ」
　楽しい笑みが込み上げた。
　足元には猫鳴館の片隅に見つけて狂喜乱舞しつつリボンで飾り付けた急ごしらえな赤いソリ。ソリの中に満載したのは、昨日思い立って大急ぎで買いに走り、大急ぎでラッピングした、明里セレクトな可愛い手袋。
　クリスマスの今日、窓の外は雪景色。出かけるにも出かけられず、クリスマスなんか関係ないとばかり寮の自室に籠っている寮生も案外たくさん居る。
　昨日の今日で、凝ったことは間に合わなかった。
(それでもあかりは、)
　一緒に住んでいるみんなに、ちょっとでも喜んでもらいたかった。だから、
「あかりんさんたをやるのですなのよ！」
　がんばれば皆が笑ってくれるかもしれない。
　笑いかけてくれるかも、しれない。
「配っていくのですなのよ！」
　急な思いつきにも賛同して協力を申し出てくれたトナカイさんに出発の合図を出す。
　廊下を軋ませ、あかりんさんたのソリが行く。きらっきらに包んで飾った手袋をひとりひとりの部屋のドアに差し込み贈りつける。部屋の中で誰かとクリスマスを楽しんでいる声がしていれば、笑顔のままに聞こえる声の分だけプレゼント。
「メリークリスマスなのなのー！」