寝子島駅のロータリーを過ぎて、参道商店街の細い路地に入り込む。夕暮れ路地に密やかに咲く紅の寒椿の生垣を横目に、どこからか流れて来る寒風に混じる灯油の臭いに冬を思う。
寝子島駅周辺や参道商店街のあちらこちらは、色とりどりのイルミネーションや華やかなオーナメントに彩られたクリスマスツリーやポインセチアが目を惹いたけれど、昔ながらの住宅が並ぶこの通りはいつも通りの静けさを保っている。
「……っと、」
そう思っていた矢先、路地のどん詰まりに位置する古びた居酒屋をきらきらしく飾るイルミネーションの光に目を射られ、
志波 高久は鳶色の瞳を細めた。
いつもはどこか懐かしいような昔ながらの居酒屋の店内も、もしかするとこんな風にクリスマスらしく飾り立てられているのだろうか。
「あ、志波さん。今晩は」
空のビールケースにほとんど半分隠れた格子戸を引き開け、熊じみた容貌の短髪の大男が縄暖簾を潜って出てくる。イルミネーションの束を小脇に抱え、ひっくり返したビールケースを足場に、よいしょと登る。
「今晩は、……大丈夫か」
軒先にイルミネーションを掛けようとする馴染みの居酒屋の店員の慣れない手つきを見かね、高久は手を伸ばす。店員の腕から零れ落ちたイルミネーションの束を持ち上げる。
「ありがとうございます。いやね、女将が今年は派手にクリスマス会をしましょう、とか言い出しまして」
店員はちらりと渋い顔をする。
「こんな場末の居酒屋で、って言いたいとこなんですが、女将は楽しそうにプレゼントやら料理やら酒やら用意してるし、喧嘩するわけにもいかないし、大人しくこうして手伝いを」
「そうだな、喧嘩するわけにもな」
微笑む高久の手を得て軒先や黄色いパトランプの乗った『やきとり ハナ』の電光看板を不器用に飾りながら、店員は古めかしいサンプル品の並ぶ硝子ショーケースを示す。
ケースに貼られているのは、
『やきとりハナ クリスマス会のお知らせ』。女将が筆で書いたらしい、案外達筆な文字に目を通す。
『会費 三千圓 (小学生までのお子様無料)
日時 十二月二十四日 午後五時から午後九時
大人数となった場合は店外に卓とストーブを設置いたします
お子様も歓迎します ご家族で是非お越しください』
「……うん?」
女将主催クリスマス会のおしらせに並んで貼られた、こちらは店員の手らしい書き殴ったような文字の紙を見て、高久は目を瞬かせる。
「飲み会しましょう……?」
『飲み会しましょう。
会 費 3000円
日 時 12月24日 PM10:00~深夜
参加資格 クリスマスをおひとりで過ごされる方
秘蔵の酒、だします』
「あ、そっちは僕主催です。本当はひとりで飲もうかとも思ったんですが、それはそれでちょっと寂しいなあって思っちゃって……」
店員は話しながら店先をイルミネーシヨンにきらきらしく華々しく飾り立てていく。飾り立てて行きながら、切ない溜息を吐く。
「サンタが恋人を届けてくれたりは、……しないですよねえ」
「駅前にミニスカサンタならいたけどな」
きらっきらの飾りで騒がしくなった店先を眺めて一息吐き、店員がニヒルに笑う。
「……サンタさんなんて居ないんです」
唐突だな、と高久は軽く笑う。
「ミニスカサンタはサンタではないのか」
「……だってミニスカサンタが僕のところに来てくれるわけないじゃないですか」
高久の突っ込みに、店員は心底悲し気に肩を落とす。だから、と高久を真っ直ぐに見て続ける。
「サンタさんなんて居ないんです」
「えっ」
クリスマスイルミネーションに飾り立てられた居酒屋の脇を素知らぬ顔で通り過ぎようとしていた
津島 直治が素っ頓狂な声を上げて立ち止まる。
(居ないわけがないでしょう)
サンタを信じない大人の言葉を心底不審に思いつつ、少年の声を耳にした高久と店員の視線を受けて、
咄嗟に顔色を取り繕えず、直治は頬を引っ掻く。何でもない風を装って夜色の瞳で大人ふたりを不愛想に見遣る。
「……何?」
「えーと、……あっ、ああ! そうだ、こんな噂を知ってますか?」
サンタを信じる中学生の鋭い視線を受けて、動揺した店員が口にしたのは、最近女将が商店街から仕入れてきた怪しい噂。
「九夜山の森の奥にね、見たことない黒い森が現れたそうです。昼でも暗いその森で、何だか怖いものが集会しているそうです」
「怖いもの……?」
ますます不機嫌そうに顔を顰める直治に、店員は何度も頷いてみせる。
「黒サンタとか山羊の化け物、って噂には言うそうです。先だって出会った人が言うには、捕まえられそうになったものの、『まだ早い』『クリスマス前日にまた来い』って解放してもらえた、って」
(黒サンタ……)
「……ふぅん」
怯える内心を隠して興味なさそうに呟きながら、直治はクリスマスイルミネーションに飾り立てられた旧市街の居酒屋を一瞥する。
今年のクリスマスは、一体どう過ごそうか――
こんにちは。
クリスマスシナリオ<旧市街編>を担当させていただくこととなりました、阿瀬 春と申します。
ガイドには志波 高久さんと津島 直治さんにご登場いただきました。ありがとうございます!
もしもご参加頂けます場合は、どうぞご自由にアクションをお書きください。
旧市街や九夜山でのクリスマスイブの昼から翌日の朝にかけて、あなたはどんな風に過ごされますか。
もし旧市街で過ごされるのであれば、よろしければあなたのクリスマスのお話、お聞かせください。
アクションでできることと当日の天候
イベントやトラブルの起こる場所をいくつかあげておきますが、旧市街(九夜山も含みます)でクリスマスを過ごされるのであれば、もちろん思い思いのクリスマスの一幕を自由なアクションにしてくださいましても大丈夫です。
ただ、行動は一つか二つまでにした方が、描写が濃くなる可能性が高いです。
24日の日没から雪が降り始めます。翌日には十センチほど積もるようです。ただ、場所によっては神魂の影響で天候に異変があるかもしれません。
<A>『やきとり ハナ』
(1)クリスマス会
女将主催、ご家族カップル歓迎王道クリスマス会。
ケーキとチキンがでます。女将から(微妙な置物等の)クリスマスプレゼントが贈られます。
クリスマスをみんなで賑やかに過ごしたい方向けです。
(2)
クリスマス飲み会店員主催、おひとりさま限定飲んだくれ会。
独身恋人ナシなやさぐれ店員がクリスマスイブを呪いつつ独身仲間に秘蔵の焼酎を提供します。
クリスマスを静かに過ごされたい方向けです。アクションによってはどんちゃん騒ぎになるかもしれません。
<B>またたび市動物園
創立50年、木天蓼市が運営管理する小規模な動物園。
古びてはいますが、雰囲気の良い動物園です。
園内のあちこちをサンタ帽子を被った飼育員が歩いています。見つけて声を掛けると、サンタコスチュームに着替えて園内の動物たちにクリスマスプレゼント(餌)をあげられます。
<C>月詠寺
九夜山の奥深く、三夜湖畔にある、【鬼灯堂】とも呼ばれる古寺です。
境内に生えるひともとの大樹を冴えた空気の中に仰ぐとまるでクリスマスツリーのようにも見えるという噂があります。
静かにクリスマスを過ごしたい方向けです。
<D>寝子島駅
木造駅舎や七福猫のモニュメントには小規模ながら温もりを感じさせられるクリスマスイルミネーションで飾り付けられています。
クリスマスの今日明日は小さなクリスマス市と銘打ったお祭りイベントが開催中です。食べ物の屋台やクリスマス雑貨の露店、観光大使(見習い)マンボウくんのお散歩などなど。
改札付近にある、黒板とチョークのどこか懐かしい伝言板には『クリスマスメッセージをどうぞ』の文字が書きこまれています。
<E>九夜山の黒サンタ
九夜山の一角が、神魂の影響を受けて変貌しているようです。
背の高い木々が密集し、昼でも暗い『黒の森』が出現しています。
24日、イブの昼頃から、『黒の森』は神魂の影響で吹雪きます。猛吹雪です。
森に数日前から徘徊するは、山羊の角持つ恐ろしげな顔した二足歩行の魔物たち。彼らを統率するは黒い髭に黒衣、血のしたたる麻袋担いだ黒サンタ。
元々はクリスマスイブに悪い子をお仕置きする彼らではありますが、寝子島黒サンタはちょっと違います。
クリスマスイブの夜、彼らはいい子悪い子関係なくこどもをさらい、黒い森の奥に設置した黒い檻に閉じ込めました。
目的はこどもたちを怖がらせること。
クリスマスの朝にはこどもたちはきちんと家の寝床に返してもらえますが、だからといって放っておくと、彼らはクリスマスに怖い夢を見たというトラウマを抱いてしまうかもしれません。
そういうわけで。
(1)さらわれた!(檻の中からのスタートです)
目を覚ますと黒い檻の中です。どうしましょう。
檻の外には黒衣の怖い顔した老人がひとり。血のしたたる麻袋が傍らにあります。
老人の足元には、老人の持つ麻袋でぶん殴られたこどもがひとり、泣き崩れています。血まみれですが、怪我はしていなさそうです。
檻の鍵は老人が持っているようです。
あなたの周りには、同じようにさらわれてきたらしいこどもたちが数人。
さらった魔物たちが適当なのか、小学生から高校生まで、年齢層には幅があります。下手すると幼顔の大人なんかも混ざっていたりするかもしれません。
(2)助け出す!(黒い森の入り口からのスタートです)
さらわれるこどもたちの姿を見たとか、噂を確かめようとしたとか、理由はなんでも構いません。
山羊の化け物じみた魔物がうろうろしている上に吹雪く黒い森をどうにか突っ切っるか、魔物をやっつけるかして、黒サンタの見張る黒い檻に閉じ込められたこどもたちを助けてあげてください。
閉じ込められたこどもたちは灰塗れになっていたり血まみれになっていたりしています。外傷はありませんが、大怪我をしているように見えるかもしれません。
<F>自由
クリスマスイブの昼から翌日の朝にかけて自由に過ごす!
旧市街のお店や九夜山の寝子温泉や三夜湖や自宅、思い思いの場所(旧市街と九夜山限定です)でそれぞれのクリスマスを過ごすというのも、もちろんオッケーです。
登場NPC
・雨宮 草太郎
またたび市動物園をお客としてあてもなくのんびり散策しつつ、サンタ帽子を被った飼育員さんを見つけては、近くに居るこどもに「ほら、そこに飼育員さんがいるからサンタになるといいよ」とお節介を焼いたりしています。
・青木 慎之介
九夜山の黒サンタの噂を確かめようと勢い込んで山に飛び込んだはいいものの、月詠寺に迷い込んでしまいました。
月詠寺のクリスマスツリーの噂は知らず、周辺をあてもなくうろうろしています。
・マンボウくん
寝子島駅で観光大使(見習い)として張り切って活動中。
誰かに声を掛けられる度に気絶したりしなかったり。
・二宮 風太と桃井 かんな
サンタさんにプレゼントをもらおうと早寝したつもりが、魔物にさらわれて檻に閉じ込められてしまいました。同じようにさらわれたこどもたちと怯えたり逃げる算段をつけては黒サンタや魔物にバレて泣かされたりしています。
・七夜 あおい
二宮 風太くんと桃井 かんなさんと同じく、寝ている間に魔物にさらわれて檻の中です。ろっこんを使って逃げ出そうとしたのを魔物に見咎められ、魔法のような力で眠らされてしまいました。檻の外に助け出すまで起きそうにありません。
ではではっ、寝子島クリスマス、お楽しみください。
旧市街でお待ちしておりますー!