【クリスマス】メリークリスマス、旧市街｜リアクション

【クリスマス】メリークリスマス、旧市街

　頬が痺れるほどに凍えて痛い。
　冷たい瞼を押し上げて、視界を埋める雪を見た。風に揺らぐいくつもの焚火を見た。瞬く。黒い格子に結いつけられた松明が見えた。一瞬のうちに雪風に吹き消され、次の一瞬で再び明るく燃え上がる炎は、己の知る自然の炎ではないらしい。
　軋む身体を起こせば、身体に積もった雪が藁しきつめた地面に落ちた。背筋を這い上る寒さに身を震わせる。
　記憶を辿る。雪にはしゃぐ愛犬を庭に出してやるため、コートを着込み、ポケットにスマートフォンとカイロをひとつ入れて外に出たところまでは覚えている。
　雪のついた睫毛を瞬かせる。
　檻越しに、ぬうと悪夢のように、山羊の頭持つナニカが立っていた。
　記憶の飛ぶ一瞬前に見たものを目前に見て、八神修は目を瞠る。魔物の傍ら、黒フードを被った黒髭の男がけたたましい声で嗤った。
　瞳を冷たく凍らせ、周囲を見回す。数人の少年少女に守られる格好で、幼い子どもたちが数人。檻のあちこちに倒れ伏す格好で、高校生ほどの人々が数人。
「あおい！」
　檻の外に燃える焚火に照らされて、藁と毛布に守られて眠る少女を見た途端、己を檻に閉じ込めて嗤うナニカに対して凍り付いていた瞳が揺らぐ。動揺も露わに少女のもとへと駆け寄る。
　抱き上げようとした手を咄嗟に拳にかえて止める。
(意識の無い人を揺すってはダメだ)
　壊れ物に触れるように、優しく素早く、体温を確かめる。細い手首に脈を確かめ、呼吸を計る。
(生きている)
　深く眠っているだけなのを確かめ、一息吐く。ポケットからカイロを取り出し、彼女の身を包む毛布の中に入れる。焚火と毛布だけでは吹雪の夜に敵わぬ気がして、頓着なく上着を脱いで掛ける。毛布と上着の上から抱きかかえる。
「大丈夫だ」
　死んだように眠る彼女に囁きかけ、近くに蹲っていた幼い少年を呼ぶ。
「寒くならないよう皆で集まろう」
「そうね、焚火もあるけれど、固まっていればもっと寒さは和らぐわ」
　見慣れぬ制服を着た少女が檻の内の人々に呼びかける。琥珀色の瞳と薄紅色にも見える茶髪のどこか不思議な雰囲気の少女は、事態を面白がっているようなくるりとした瞳であおいを見、修を見、彰尋を見る。
「ほら、躊躇っている場合？　彼女、凍えちゃうわ」
　あおいを抱きかかえる修を見つめる彰尋の背を押し、ふたりの隣に強引に座らせる。檻のあちこちに蹲る子どもたちや人々を檻の一角に集める。
「ねえ、起きて」
　檻の中に倒れ伏す人々をまとめて起こしにかかる少女の背を眺めながら、修は傍らにあおい、もう傍らにすすり泣く小さな子どもを片腕ずつに抱きかかえる。
(……夢なら幸せなのに)
　傍らに眠る少女の顔を見下ろして小さく思うも、それは一瞬。
　大人しく怯え震え、凍えないよう集まっている態を見せつつ、あおいや子どもたちの身に隠して、上着の内に入れていたスマートフォンを起動させる。光が漏れないように注意しつつ、位置情報共有アプリを立ち上げようとした途端、スマートフォンが拒絶するようにぶるりと震えた。小さなバイブレーションが知らせるのは、圏外。
「ッ……」
　使えないスマホを上着に押し込む。圏外なのは山中であるが故か、神魂の故か。こういうときに頼りになりそうな友人たちに助けを求めることは叶わない。
(あおい……あおい……)
　可能性のひとつが潰えて、修は己を鼓舞させようと愛しい人の名を胸に呟く。
(必ず助けるからな)
　絶対に守る。その思いをこめて少女の肩をきつく抱く。微かな体温が、静かな寝息が、大切で愛しかった。このぬくもりを守るためなら、
(俺は多分、何でも出来る)