【クリスマス】メリークリスマス、旧市街｜リアクション

【クリスマス】メリークリスマス、旧市街

　参道商店街の薬局、『アネモネ』のカウンターの奥に置いた丸椅子に腰かけ、毒島林檎は父親譲りの緋色の瞳に銀色睫毛の影を落とす。

　人気のない店内に、窓際に飾られた小さなクリスマスツリーのイルミネーションばかりが賑々しい。
　ブラジル人の母親から半分貰い受けた薄褐色の頬に何の感情の色も表さず、林檎は降り始めの雪を見遣る。暖房の効いた店内に座っていて、ふと足元に雪の冷気が迫った気がした。羽織った白衣の襟を何気なく合わせる。
　世間はクリスマスに大騒ぎではあるけれど、毒島家では今年もいつもと同じに家族みんなで家で過ごす。
　家で静かに過ごすクリスマスに不満はない。
(でも偶にはお外で豪華に行きたいよね……)
「……お母さんが絶対無理しちゃうから言わないけど」
　心中の独り言を無意識のうちに小さな声にして、林檎は小さく小さく息を零す。
「閑古鳥って感じだな」
　店の奥から白衣姿で出て来た父親、毒島柘榴が、今にも椅子を蹴り倒しそうな不機嫌な面持ちで低く呟くのを、林檎は表情も変えず、氷のように冷たい瞳で見遣る。

　過去に何人か人を殺めて居そうな強面の父親が、実はただ単に不器用なだけで本当はどこまでも家族想いであることを、娘は知っている。
　店の外へと視線を移す娘の横顔を睨みつけるように暫く眺めながら、柘榴は唇を引き結ぶ。冷淡な印象を他人に与えてしまう娘ではあるが、実のところは人見知りをしているだけであることを父は知っている。クリスマスを外で過ごしてみたいと思っていることも。
「林檎ー！」
　柘榴の後を追うように、店の奥から毒島イヴが小走りに出てきたかと思えば、
「メリーメリークリスマスヨ！　林檎！」
　最近ようやく安定期に入ったお腹を片手に抱えつつ、椅子に掛けた娘の林檎を後ろから抱きしめる。
「それ、今日何回目？」
　低くぼやきながら、身重の母親に強引に椅子を譲る娘の頬に構わず頬ずりして、ブラジルから来た押しかけ女房は愛する夫の柘榴にも微塵の照れもなく抱きつく。

「柘榴ー！」
「……おう」
　腹を撫でろと要求されて、柘榴は逆らわずに妊婦の腹にそっと触れる。
「ウーン、一回経験してるけどやっぱりこのお腹に重いモノが入っている感覚、慣れないネ」
　首を傾げながら、イヴは心底からの笑顔を浮かべる。腹に触れる柘榴の手に手を重ねる。素知らぬ顔をしている娘の手を取る。
「デモデモ！　イヴは嬉しいヨ！　この重さは家族の愛の形ダカラ！」　
　不愛想な父娘に対する愛情表現を惜しまぬ妻に、夫である柘榴は不器用に笑う。無言のままに閉店作業に入れば、娘が訳も聞かぬまま手伝い始めた。
「どうしたノ？」
「『ハナ』のクリスマス会、皆で行くか」
「ヤッター！　柘榴愛してるー！」
　言った途端に身重の妻に抱きつかれ、柘榴は苦虫を噛み潰した顔をする。抑えきれない笑みを滲ませる。
「……別にいいけど」
(わーい！)
「そういえば、林檎は久し振りか？」
　腰に母を抱きつかせた父に問われ、娘は店のシャッターを下ろしながら内心とは反対にぶっきらぼうに首を捻る。
「『ハナ』……さあ、覚えてないな」
「まあガキの頃だからな、覚えてなくても無理はねェ」
「林檎も行くヨ！　食べ放題ダヨ！」
　素直に喜びを表す妻を見下ろし、
「嬉しいけどお母さん大丈夫かな？」
　小さな小さな声で気付かぬうちに心中を呟いてしまう、己と同じに不器用な娘を見、柘榴は静かに瞳を細める。
「折角のクリスマスだからな、皆で楽しもうぜ」