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上級生連合
:大正喫茶「寝子高ミルクホール」、3年1組の教室(南校舎3階)
片方の肩を揉みながら
月居 歩
が教室の扉を開けた。窓辺から射し込む朝陽が埃っぽく教室内を舞っている。机は向き合わされ、古めかしい薔薇のデザインのテーブルクロスが幾つも掛けられていた。
歩は教室の中心に立った。小脇に抱えているのは筒状の紙であった。細かく目を動かしていくと黒板に行き当たる。思い直して周囲に当たっても、やはり最後は広々としたところを選んだ。
「あそこしか、ねぇよな」
黒板の前で歩は筒状の紙を開いた。大正の一場面を鮮やかに切り取った絵が現れた。裏面の四隅には強力な両面テープが事前に仕込まれている。それらの保護された部分を剥がして黒板に貼り付ければ完了であった。
試しに黒板に絵を合わせてみる。高い身長が幸いして上部には届いた。左右も手の届く範囲であった。しかし、眉間には不穏な皺が寄っている。
「水平じゃねぇ」
見当を付けたところに何度も絵を宛がう。近すぎて正しい位置を決め兼ねた。
その時、教室の扉が開いた。梅色の着物姿の
丹羽 紅葉
が大きなリュックを背負って小股で歩いてきた。長い髪は下ろしていて後頭部の大きなリボンが蝶のようにゆっくりと羽ばたく。
「月居先輩、私が後ろで見ていましょうか」
「そうだな、頼む」
歩は絵の裏側の保護された部分を全て剥がし、再度、黒板に向き合った。両腕を上げて絵を上部に合わせる。
「どうだ、水平か」
「右が少し上がって見えます」
紅葉の指示で歩は僅かに右手を下げた。
「水平になりました。あとはもう少し左に動いてください」
「こんな感じか」
「はい、そうです。黒板の左右の空いたところが同じくらいになりました」
上部の左右をしっかりと固定。絵を下に伸ばすような手付きで貼り付けた。紅葉は大正の活気ある人々の往来に目を和ませる。
「教室の中が一気に大正の空気に変わったみたい」
「気が早いぜ。俺達が変わらねぇとな。丹羽、頼んでいた軍服はどうなった?」
「ちゃんと仕上げてきましたよ」
背負っていたリュックを軽々と下ろし、中を探り始めた。ありました、と明るい声で一着の服を取り出した。袖や肩に金色の飾りが付いていた。
受け取った歩は手触りを確かめた。細部の意匠に目を凝らす。
「本格的だな」
「でも、古着を利用していたりするんですけど。それに遊び心も加えてありますよ。詰襟のところを見てください」
紅葉は茶目っ気を含んだ顔で言った。赤い詰襟を見ると星の代わりに猫の足跡のような物が点々と刺繍されていた。
「悪くないな」
歩は口の端で笑った。
そこに
志波 武道
が走り込んできた。内装に忙しく目をやって正面に向く。黒板に貼り付けられた絵に目を見開いた。近づいて両腕を広げる。
「これが大正浪漫なのか!」
「志波、興奮し過ぎて始まる前に疲れんじゃねぇぞ」
「俺、そんなにテンション高くないですよ」
武道は眼鏡の中央を指で押し上げて微笑んだ。
疑わしい目を向けて歩は軍服に着替えた。軽く上体を捻った。手は何かを調理するような動きを見せる。少し不安げな表情の紅葉に、良い感じだ、と声を掛けた。
「安心しました。志波君に頼まれていた軍服もあるわよ。同部隊の設定だから月居先輩と同じにしたわ」
新たにリュックから取り出した軍服に武道は、いぇーい、と子供のようにはしゃいで受け取った。急いで着替えると歩に向かって敬礼した。
「今日は共にミルクホールという戦場で奮闘しようではないか」
「そうか、よろしくな」
歩の素の返しに武道は、えー、と子供のような不平で対抗した。
「……調理は俺が受け持つ。諸君は大船に乗ったつもりで、あれだ、共に戦おうではないか」
「同志の熱い言葉に触れて心が否応なく震える!」
武道は涙を堪えるような表情で相対した。
迫真の演技に歩は口元を手で覆い、やや泳いだ目で歩き出す。扉の近くに設置された細長いテーブルに持ってきたポストカードを黙々と並べた。背中を向けた姿勢で誰とはなしに話を振った。
「作った商品はここだな」
「そうです。並べるところは適当でいいと思います」
「そうなのか?」
疑問で返された紅葉は歩の元に行く。二人で見栄えのする配置を話し合った。
遣り過ぎたかな、と武道は自嘲するように笑った。手持ち無沙汰の感で扉を見やり、次いで教室の時計に目をやる。
「俺は少しその辺りを見てくるよ」
二人に声を掛けて武道は教室を出ていった。
襟足を一つに結んだ
弥逢 遊琳
が廊下を小さな歩幅で早足に努める。
慎ましさと勇ましさが同居したような着物姿であった。煎茶色の格子状の市松模様には小さな花が密集した柄が散りばめられていた。重ね着に見える伊達衿まで付けて帯は同色で纏めて柊の花をあしらう。帯締めは茶色と白を合わせて作られていた。
向かう先の忙しさを物語るかのように白い前垂れ、それに合わせて一部に愛らしい花の刺繍が入った生地を襷掛けにしていた。
両手には寄木細工のような模様の箱を持っている。中には淡い色の梅、鮮やかな椿、可憐な桜、大輪の薔薇、凛とした菊が収められていた。コサージュや髪留めとして利用できる、
つまみ細工
の花々が小さな箱庭の一面に咲き誇る。
軍服姿の
志波 武道
が正面から大股でやってきた。
「大変そうだな。俺、じゃなくて吾輩が手助けをしてやろう」
「志波にもそんな風に見えるんだね。試しに持ってみるかい」
そっと差し出された箱を受け取った武道が、おー、と声を出した。軽々と箱を上下させる。
「見た目と違って相当に軽いのである」
「材料のほとんどが女性用の古い着物の端切れだからね」
「もしや、その着物も自作なのであるか」
武道は片手に箱を持ち、もう一方で仮想の髭を指先で弄る。遊琳は着物の袖で口元を隠し、黄色い瞳を余所に向けた。
「自作を考えたことはないかな。姉様の着物だよ。だから女物なんだよね」
「よく似合っていると吾輩は思うのである」
「志波の演技も中々のものだよ」
遊琳は武道の持っていた箱に手を伸ばして躱された。
「日本男児たる吾輩が丁重に運ぶとしよう」
「僕もそうなんだけど」
言いながらも奪い取る真似はしなかった。遊琳は武道と肩を並べて教室に向かった。
「志波、その軍服いいね」
二人が教室に入る間際、横手から
ロベルト・エメリヤノフ
が笑顔で声を掛けてきた。隣の遊琳を見て、えっと、と言い淀む。
「女物の着物だけど自前だよ。僕は弥逢遊琳、今日はよろしくね」
「僕はロベルト エメリヤノフ、学生に扮するつもりだ。よろしく頼むよ」
「うむ、学ランは程々に古めかしいではないか」
武道がロベルトの全身を見て言った。
「中学の時に着ていた物だよ。これに丹羽のアレンジでどれくらい変われるのかな」
「おそらく吾輩のように劇的に変われると思うぞ」
武道は威厳のある笑みで教室に入る。遊琳とロベルトが後に続いた。
テーブルに花を飾っていた
丹羽 紅葉
が扉の方に振り返る。
「あ、ロベルト君。学生服に合うものを持ってきたよ」
紅葉はリュックの元に行き、灰色のインバネスコートを取り出した。ロベルトは物珍しい顔で受け取ると学生服の上から羽織った。コートに小さなマントが付いたような形状で一気に見た目が古くなる。
「コートを羽織るだけで、こんなにも雰囲気が変わるんだね」
「まだよ。これを加えたら、もっとそれっぽくなるわ」
紅葉は下駄と草履を引き抜いた。驚くロベルトの足元に揃えて置いた。
「穿き慣れていないと思うから、どちらも鼻緒の部分は柔らかい素材にしたわ。履いて痛かったら調節するから安心してね。それと言わなくてもわかると思うけど、下駄は外で草履は校内用よ」
「ありがとう、試してみるよ」
上履きと靴下を脱いで、まずは下駄に履き替える。軽やかな音を立てて歩いてみた。安らかな表情のまま、草履も試して人懐っこい笑みを浮かべる。
「どちらも全く痛くない。歩き辛いわけでもないし、これでいいと思うよ」
「人数が増えて大正らしくなってきたじゃねぇか」
歩は一同の姿に目をやる。紅葉は笑顔で頷いた。
「それと弥逢、違和感がないぜ」
「えらいおおきに」
はんなりと返して遊琳は武道から箱を受け取った。中身の細工に紅葉が目を細める。
「色合いがとても綺麗ね。きっと、たくさん売れるわよ」
「そうなれば嬉しいけど、残ったら欲しい人にあげるつもりだよ」
「どれがいいかな」
口に出した直後に、ごめんなさいね、と紅葉は恥ずかしそうに謝った。
「売れ残ることを期待しているわけではないのよ」
「僕の作った物を気に入ってくれたんだよね」
遊琳の優しい声に紅葉はこくりと頷いた。
ロベルトは黒板の絵を眺めている。芸術科を選択している生徒らしく、熱心な視線を注いだ。同じ題材のポストカードは一枚ずつ、手に取って見詰める。モチーフは同じでも微妙に絵は違っていた。
「凄い、全て手描きだよ」
横手の箱にも興味がいく。香り立つような花々の細工にロベルトは微笑み掛ける。
「美少年に似合いそう」
その囁きを耳にした紅葉は、美少女? と考え込むような表情で言った。
扉が勢いよく開いた。茶色い髪を弾ませて
安本 マコト
が爽やかな笑みを周囲に振り撒く。
「ちょりーっす! お、みんな大正っぽいねー」
「安本君は書生の服を希望していたよね」
「もしかして俺用にハイセンスな感じ?」
「着たら書生には見えると思うけど、ハイセンスなのかな」
掻い摘んだ説明を経て紅葉は着物と袴、校内用の草履をマコトに手渡した。自信満々に着替えを済ませ、少し紅葉が手を入れた。
「派手な柄じゃないけど、これはこれで新鮮に見えてハイセンスじゃん!」
「その着物の柄は蚊絣よ。蚊が群れて飛んでいるみたいに見えるよね」
「想像すると全身がチョー痒くなるって」
手で必死に払う真似をして場を和ませた。その後、ロイド眼鏡を掛けて書生に成り切る。そうそう、と思い出したようにマコトは持参した鞄からビニール袋を引っ張り出す。中にはカラフルなリボンや蝶がストラップの形でぎっしりと収まっていた。
「俺の商品も置いちゃおーっと」
品々が陳列されたテーブルにマコトはいそいそと向かう。適当なところにストラップを並べていった。軍服姿の武道は顎を撫でるようにして近づいた。
「ほう、西洋から持ち込まれた品々か。色合いに富み、中々の上物であるな。どのようにして作るのだ?」
「プラスチックの板をオーブンで焼くだろ。それを素早くリボンの形にするんだ。蝶も同じだね。ま、俺みたいに手が早くないと良い女には逃げられちゃうゾ、ってことだよねー」
「彼女がいたのか」
「できる予定だね!」
マコトの表情は明るい。そうか、と武道は目頭を揉む仕草で離れていった。
ストラップを遠目で見ていた
月居 歩
がテーブルに近づいた。一つを摘まんだあと、自身の指の腹に目をやる。
「色落ちはしねぇんだな」
「アクリル絵の具の上に、ささっとニスを塗ってるんで」
「だから滲みもねぇのか」
歩は満足した様子で窓際に向かった。机が横に二列の状態で並べられている。歩は真ん中に入って黒板に背を向けた。用意されたホットプレートに目を落とす。
目にした遊琳は、それとなく距離を縮めた。
「今日は僕も月居先輩と同じ調理担当になります。よろしゅう、おたの申します」
「よろしく頼むぜ」
軽く言葉を交わし、歩は窓に寄り掛かった。準備に追われる人々の姿を見下ろす。自然に目は流れて机の空いたところに留まる。
その時、教室によろよろと二人が入ってきた。
七緒 璃音
と
倉前 七瀬
で相当な量の荷物を持っていた。その場の全員が分担して窓際に運んだ。
改めて七瀬は周囲をじっくりと眺める。
「よか雰囲気が出とりますねー」
「倉前君は安本君と同じで書生だよね」
「そうです」
紅葉はリュックに向かう。一息入れていた璃音が付いていった。
紅葉の動作を上から覗き込む。
「これが倉前君の衣装の一式で、こちらが七緒さんの女学生の衣装よ」
手にした璃音は着物を広げて持った。しげしげと眺めて自身の身体に宛がう。
「これをウチが着てハイカラさんを演じるのね。初めてだから想像が追い付かないわー」
「七緒の初体験!」
マコトは興奮したように叫ぶ。周囲から冷たい視線を受けた。
その間に七瀬は書生に早変わりした。紅葉は完璧な着こなしに感心する。
「ちゃんと一人で着られるのね」
「読んだ本の中に着方が書いてあったとです。よか衣装で紅葉には感謝しとります。みんなも素敵ですね」
「あとは七緒の初体験か!」
「着替えの邪魔をするんじゃねぇよ」
歩はマコトの首に腕を回し、連行するように教室を出ていく。他の者も速やかに移動した。
教室に残った紅葉と璃音は顔を見合わせて笑った。
着付けには、それほど時間は掛からなかった。照れ臭そうにしている璃音に紅葉が、似合っているわよ、と声を掛けた。赤い袴を両手で少し広げて、そう? と少し自信を回復させた。
紅葉は開店に備えてフリルエプロンを付けた。廊下に向かって大きな声を出した。
「もう入ってきてもいいわよ」
戻ってきた男性陣に璃音は、どうかな、と控え目に聞いた。一目でロベルトは黒板の方を指差した。
「絵の中の女性に似てないか?」
「実際のモデルはいないが、確かにな」
作者の歩が認めた。璃音は黒板の絵を食い入るように見詰める。ほう、と溜息にも似た声を漏らした。
「ハイカラさんなんて、漫画やテレビでしか知らないんだけど」
「自信を持っていいんだよ。七緒は可愛いからね」
愛らしい日本人形のような遊琳が太鼓判を押した。その効果は絶大で七緒の感情は一気に高ぶった。
「こんな女っぽくて可愛らしい衣装を紅葉に用意して貰ったんだし、落ち着かねぇ気持ちで一杯なんて思わずに、ウチはミルクホールでハイカラさんとして頑張るわ!」
「喜んで貰えて私も嬉しいよ」
紅葉は屈託のない笑みを浮かべる。
武道が教室の中心に立った。
「それでは気合を入れ直しますか」
「まだ来ていない人がいるわ」
紅葉が声を挟むと俄かに周囲がざわついた。武道が代表で聞いた。
「それは確かな話なのか」
「そうね、そろそろ来ると思うわ」
その発言から少し遅れて
神嶋 征一郎
がのっそりと教室に入ってきた。紅葉の姿を見つけて、来たが、と素っ気なく言った。
「来てくれると思っていたわ。神嶋君の衣装は書生よ。小物も凝っていて学帽とマントもあるわ」
紅葉は嬉しそうにリュックに向かう。胸に衣装を抱えて征一郎に見せた。
自身の演奏する姿が脳裏に浮かぶ。
「丹羽、この量はなんだ? 繊細な弓の動きの妨げになるんじゃねぇだろうな」
「心配ないよ。軽い素材を選んで作ってあるわ。それに全てを付けないと完璧な書生にはなれないわよ」
その言葉に征一郎は反応した。マコトや七瀬の書生姿を目にして、一理ある、と表情で納得する。
「丹羽、着付けは頼んだ」
「そのつもりよ」
征一郎が脱いだ制服を紅葉が手早く畳む。着物に袖を通させて衿の弛みを無くす。合間に着心地を聞いて調節した。
傍から見ていた遊琳の表情が緩む。素早く口元に袖を当てた。
「征一郎、本物の書生みたいだね」
「弥逢か、その姿は悪くない」
「ありがとう。その姿で歩き回ったら良い宣伝になるね」
弥逢は目を合わせて言った。宣伝か、と武道が声を上げてチラシの束を手にした。その一部を征一郎に渡そうとする。
「そんな暇はねぇ。これから篠崎と最後の練習があるんだ」
「そりゃー、残念」
武道はあっさりと諦めて一同に向かって声を張り上げる。
「それじゃ、さっきの続きだ! 二年改め上級生連合、今日という一日を楽しんでいこうぜぃ!」
全員が自分なりに気合を入れた。その中には征一郎の姿もあった。眼鏡を正して、悪くない、と言い切った。
武道はチラシを持って外へと向かう。その途中で急に後ろを振り返った。
「吾輩は宣伝活動に励む。ロベルト君はミルクホールに出入りしていた不良学生として付いてくるのだ。宣伝に汗を流せば更生の道も開かれるであろう」
「僕が思った通りの設定だね。でも、志波みたいに上手に演技ができるかな」
「何事も鍛錬あるのみ!」
虚空を眺めて拳を握る武道に、わかったよ、とロベルトは笑って付いていった。
「あのぉ、お店、やってますか?」
別の扉から若い女性が顔を出す。紅葉は笑顔で接客に当たる。
「大正浪漫に溢れるミルクホールに、ようこそいらっしゃいました」
席に案内して自作のメニューを差し出す。女性は選ぶような目でコーヒーとプリンアラモードを注文した。にこやかに一礼した紅葉は調理担当に内容を伝える。
「了解だ」
歩は手早くソーサーとカップを組み合わせる。
横に並ぶようにして遊琳が立った。大型のクーラーボックスからプリンの容器を取り出した。皿に中身を落としてホイップクリームを波打つように添える。果実の缶詰を開けて彩よくあしらった。
横目で見た歩は手際の良さを褒めた。完成したコーヒーをトレイに乗せて横に押し出す。空いたところにプリンアラモードが収まった。
「実家は京都で甘味処をやっていまして、この手ぇのことには慣れているのです」
「納得だ」
流れるような工程を漫然と眺めていた征一郎が踵を返す。歩き出そうとしたところを紅葉がやんわりと止めた。
「もう少し大正の雰囲気を楽しんでよ」
「どういう意味だ」
振り向いた征一郎に紅葉がトレイを差し出した。
「運んで貰えると助かるわ」
「さっきも言ったが暇じゃ」
客を呼ぶ声が方々で起こる。開店を知ったことで客足が急激に伸びていく。
「これだけだからな」
「ありがとう、本当に助かるわ」
その二人の姿を遊琳は顔だけを向けて見ていた。
「……征一郎は優しいね」
笑みを隠すように下を向く。茶漉しから淹れた紅茶は綺麗な琥珀色に変わっていた。
風に背中を押されて
深縹 露草
が歩く。何も目的がないように見えて頻りに顔を動かして、いいデース、と笑みを湛えて口にした。周囲の人々の個性的な服装にも刺激を受けているようで、色がいいデース、と惜しむような目ですれ違う。
「……あれは軍人デースか?」
軍服を着た
志波 武道
が厳めしい顔で檄を飛ばす。
「店の宣伝を怠るのではないぞ! 学生の分際で、かの有名なミルクホールに出入りして店の者に迷惑を掛けたのだ! 罪滅ぼしとして、宣伝のチラシを全て配り切るのだぞ!」
「わかりましたよ。皆さん、僕を助けると思ってチラシを受け取ってください。頼みます、そこの美少年は絶対に受け取ってね」
「え、ボク?」
父親と手を繋いでいた少年にロベルトは擦り寄る。笑顔でチラシを差し出し、少年が受け取ると過剰なまでに手を振った。
「私にもチラシを貰えるデースか」
長身の露草を見てロベルトは少し残念そうに微笑んで、どうぞ、とチラシを手渡した。
露草は書かれた内容に目を通す。好奇心に満ちた目で頷いた。
「大正時代のミルクホール、とても興味あるデースよ。南校舎の三階デースね」
「ふむ、大正に合わせた内装は勿論なのだが、従業員の衣装が必見で過去を遡ったような感覚を与えることだろう」
澱みない説明に露草は笑顔で、ありがとデース、と言いながら武道の手を握る。何度も振って南校舎に向けて歩き出した。
「さすがだね」
ロベルトの声に武道は小声で言った。
「ロベルト君のおかげさ」
「二人の力だね」
だな、と武道は明るく返した直後に表情を引き締めた。
「あちらに人の集まりが見える。学生、移動するぞ!」
「わかりましたよ。こんな軍人に見つかるなんて。あ、そこの可愛いボク。ミルクホールのクリームあんみつはとても美味しいよ」
「ホントに!」
ロベルトは頷いて少年にチラシを渡した。
二人は移動の間も寸劇を忘れない。言葉の端々にミルクホールの言葉を紛れさせた。
南校舎に入った露草は脇目も振らずに上を目指した。三階が近づくに連れて笑みが深く刻まれる。
「楽しみですね……私、好みです、ふふふ」
周囲を意識して言葉は丁寧になったものの、その分、異様な迫力が増していた。
三階の廊下を歩いていくと、3年1組の教室が見えてきた。人の出入りは多く、期待が膨らむ。
露草は速足で教室に入った。瞬く間に大正時代の雰囲気に包まれた。
「オー、予想以上の大正時代デース」
会計の仕事をこなした
七緒 璃音
が急いで対応する。
「ミルクホールにようこそ! お席までご案内します」
「女学生の姿、とても素晴らしい。当時のハイカラさんデースね」
「ウチ、私に似合っているのかわかりませんが、ありがとうございます」
璃音は照れながら誘導した。見晴らしの良い窓際に落ち着いた。
「こちらがメニューになります」
受け取った露草は、ほう、と一品に目を留める。
「シベリアを一つ」
言葉を区切って飲み物の欄を見て、にっこりと笑う。
「ミルクホールにちなんでホットミルクにしマース」
「シベリアとホットミルクですね。少々、お待ちください」
璃音は袴の裾を翻して窓際に向かった。
客の注文で給仕役が忙しなく動き回る。着物にエプロンドレスの組み合わせが似合っていて目を引く。書生は見た目が凛々しい。見ていた露草の背筋が少し伸びる。
倉前 七瀬
が注文の品をトレイに乗せて運んできた。
「お待たせ~、ゆっくりしとってくださいねえ」
七瀬は浮かれたような調子で次の客のところに向かう。
テーブルに置かれた品に露草は注目した。黒い部分を黄色が挟んで縞模様に見える。添えてあったフォークで露草は黄色の部分を切って口に入れた。
「カステラ? こっちの黒いのは」
同じように味を確かめる。
「アンコのようですが、滑らかな感じは羊羹デースね」
口の中の甘さを流すようにホットミルクに口を付けた。人心地が付いた様子でテーブルに活けられた花を見やる。手を触れないで目で楽しんだ。
露草の興味は黒板に移った。貼られた絵は大正の華やかさを淡い色使いで表現していた。自身の作風と比べるかのようにじっと見詰める。
「勉強になりマース」
扉の近くにある細長いテーブルに目がいった。細々とした物が見える。千代紙を貼り付けたような箱の中身が盛り上がっていた。
「造花でしょうか?」
飲食中に席を立つのは躊躇われるのか。椅子に座った状態で首を伸ばす。諦めて皿に向かった。残りのシベリアを口に入れてホットミルクで流し込む。ハンカチで口元を拭うと手を合わせた。
会計を済ませる前にテーブルに立ち寄った。淡い色合いのポストカードに可愛らしいストラップ。その間に挟まれた形で箱が置いてあった。花を模した髪留めやコサージュが咲き乱れている。
「これが素敵デースね」
つまみ細工の一つを手にして露草は会計を済ませた。
「ありがとうございました、楽しい一日をお過ごしください」
「ハイカラさん、楽しい一時を過ごせました」
甘い微笑に璃音は頭を掻いた。
廊下に出た露草は残りのにゃっぽを見た。枚数を数える。
「お持ち帰り用を残さないと」
口にしながらも笑顔で廊下を突き進んだ。
人で混雑する廊下を
青龍寺 琴理
はにこやかに歩いている。その横には長身の
日野 満
がどこか不安げな顔で付いていた。けたたましい子供の笑い声や大声の会話に反応して頻繁に首を竦める。その時は決まって琴理が横目で見ていて楽しそうな笑みを浮かべるのだった。
「満くん、疲れましたか?」
「そうだね。ちょっと疲れたかな」
ツーブロックの側面を自ら撫でて困ったように笑う。茶色い髪の毛が頭にふんわりと乗ったような髪型は人となりを表しているように見えた。
「あそこに入ってみましょう」
琴理は3年1組の教室に手を差し向けた。同意して二人は揃って中に入った。近くに立っていた
倉前 七瀬
がふらりと近づく。
「はいは~い、いらっしゃいませー。お席はこちらになるとですよ」
渋い色合いの書生姿に二人は物珍しそうな目を向ける。案内したテーブルで二人は向かい合うように座った。満の傍らに立っていた七瀬がメニューを手にしたまま、動きを止めた。
「あのぉ、それがメニューだよね?」
「あ、そうでした。どうも活字中毒なもので」
柔らかい表情で満にメニューを手渡した。急に親近感が湧いたのか。わかるよ、と相槌を打った。
「おれも活字中毒っていうのかな? 本は好きだね。図書委員長をやっているし、小説の新刊の発売日は忘れないよ。その日の内に本屋に行くんだ」
「本の内容は怪しいですが」
話を聞いていた琴理が悪戯っぽい笑みで加わった。ちょ、と悲鳴にも似た声で満が慌てる。
「ちょっと待って。
あの時に買った本
は普通の小説だったよね?」
「ただのアルバイトの私はタイトルしか見ていないので、中身はどうなのでしょうか、ふふ」
満は少し赤い顔で、ひっ!? と言葉を喉に詰めた。七瀬は去り時と考えたのか、ごゆっくり~、と明るい声で遠ざかっていった。
「微笑ましい会話はこれくらいにしてメニューを見せてください。店員さんの迷惑になりますよ」
「は、はい、どうぞ!」
その慌てぶりに琴理は口元を綻ばせた。
「私はホットケーキと温かいコーヒーにします」
耳にした書生姿の
安本 マコト
が駆け付けた。
「承知しました、お嬢様」
「コーヒーに砂糖は入れないでください。かわりにミルクを多めにしていただけますか?」
「お嬢様の願望、絶対に叶えてみせます!」
マコトは熱く語ったあとで、何にする? といきなり満に話を振った。
「え、あ、はい、えっと……」
満は琴理の言葉を反芻するように、温かいコーヒーで、と小さな声で言った。
「ホットコーヒーね。大至急、用意いたしますので心安らかにお待ちください」
マコトは琴理の目を見ていうと乾いた目元を拭って走り去った。
「面白い人ですね」
「おれは少しびっくりしたかな」
「ねえ、満くん。二人で喫茶店にいるなんて、デートみたいね」
「そ、それはどうかな? 学校だし、外で二人っきりってことでもないよね」
満の逃げる目を追い掛けるように琴理が上体を傾けた。距離を少し詰めた状態で囁く。
「今度、二人だけでどこか良いところに出かけない?」
「な、え、なに急に。良いところって、そ、それはちょっと早いんじゃないかな」
「将来は作家になりたいのよね? 小説のネタになりそうなところに行くのは早いのかしら」
「え、いや、そんなことはないんだけどね、は、はは」
茹で上がりそうな顔に琴理は、おかしな満くん、と朗らかに返した。
「今日は二人でたくさん楽しみましょう。最後の寝子祭だから」
「そうだね、青龍寺さん」
少し落ち着きを取り戻した満の笑みに琴理はしおらしく頷いた。
寝子祭の宣伝ポスターは人々の協力で様々なところに貼られていた。散歩のつもりで街をぶらついていた
千種 修也
の目にも留まる。
「ただの文化祭じゃん」
ピンク色の目を逸らし、オレンジ色に近い金髪を弾ませて歩き出す。道端に折れ曲がった空き缶が拗ねたように落ちていた。近くには金網のゴミ箱がある。
修也は靴先で空き缶を真上に撥ね上げた。落ちてきたところを靴の甲の部分で受け止めて何度か小さく蹴り上げる。
「ほらよっと」
大きく蹴った缶は放物線を描いてゴミ箱に収まった。
「まあまあだな」
修也は散歩の続きに戻った。間もなく足の動きが鈍くなる。立ち止まって靴に目をやり、なんでだ、と歩道を掠めるように蹴った。
「……きっとヒマのせいだな」
自身を納得させるような呟きで修也はメールの文章を打ち込む。送る相手は兄でかなり大雑把な内容であった。
『暇だから案内しろ』
送信する前に自身で少し笑ってしまった。返事を待たずに修也は来た道を戻り、左に折れて足を速めた。道の半ばで返信があった。
『なんでだよ』
更に短い言葉に修也は笑い声を漏らした。人目を気にして小走りになって張り合うように返す。
『なんでもだ』
少しの間が空いた。マジか、と心配そうな声に重なってメールが届く。
『……わかった』
兄の不貞腐れたような表情が頭に浮かぶ。修也は、行ってやるか、と笑顔で走り出した。
千種 智也
は廊下の半ばで方向を変えた。階段を下りて早々に南校舎を離れる。正門に続く道を足早に歩く。左端に受付が見えてきた。制服のポケットから金券のにゃっぽを取り出して目で数える。
「仕方ない」
智也は受付に立ち寄ってにゃっぽを買い足した。
「兄貴、出迎えごくろうさん」
声の方を向くと明るい表情で
千種 修也
が歩いてきた。その態度に智也はむっとした声を返す。
「急すぎるんだよ」
「体育祭の時は兄貴が俺を呼び出したんだぜ。その借りを返してくれてもいいだろ?」
「楽しんでなかったか?」
「細かいこと、気にすんなよ。可愛い弟が遊びに来てんだから素直に喜べよ」
「バカ言ってないで付いて来い」
智也は赤い顔を隠すように踵を返し、さっさと歩き出す。
「へいへい」
修也は軽口を叩いて付いていく。誰にも聞こえない呟きで、このツンデレ兄貴が、と笑いながら悪態を吐いた。
先頭の智也が周囲を気にする。行き先に迷っているような目の動きが止まる。南校舎を見上げて、志波がいたな、と口にして動き出した。
二人は南校舎の三階にきた。修也は各教室の賑わいに目を向ける。
「なあ、兄貴。どこでもいいから入ろうぜ」
「我慢しろ、もう少しだ」
智也は立ち止まった。余所見していた修也が、おわ、と声を上げて避ける。
「ここだ」
短い言葉を発して智也は3年1組の教室に入った。急いで修也も付いていく。
客から注文を取っていた
丹羽 紅葉
が二人に気付いた。手が空いている者はいない。窓際の一角の
弥逢 遊琳
が目に入った。一品を作り終えた直後に紅葉は大きな声を出した。
「お客さんをお願い!」
その声に遊琳は反応した。メニューを手に智也と修也の元に向かう。
「大正の時代が香る、ミルクホールにようこそいらっしゃいました。こちらにどうぞ」
案内された中央のテーブルに二人は向かい合って座った。
「こちらがメニューになります」
遊琳は袂を片手で押さえて修也にメニューを手渡した。一覧に目をやり、すぐに正面を向いた。
「兄貴の奢りなんだよな」
「そのつもりだ」
智也は素っ気なく答えた。
「じゃあ、ドーナツを一つで」
「飲み物は頼まないのか?」
智也の指摘を受けてレモネードを追加した。
「俺はホットコーヒーを貰おう」
「わかりました。少々、お待ちください」
去り際に修也が感心したように言った。
「お姉さんの着物姿、すげー似合ってるっす」
「ありがとう。でも、僕はお姉さんじゃないよ」
遊琳は柔らかい物腰で引き返す。慌てて転びそうになった紅葉を受け止めて、無理はしないで、と労わりの言葉を掛けた。
その様子を見ていた修也は真面目な顔で智也に言った。
「兄貴、あれが噂に聞くボクっ娘なのか」
「わからないが美人は多いな」
「兄貴もコスプレしたらどうだ」
「いや、俺は……」
恥ずかしそうな表情で通り掛かる店員に目をやる。
「自分がやるよりは見ている方がいいな」
「ま、そりゃそうだ。兄貴にコスプレは似合わねぇよな、こんな感じだし」
修也は待ち受け画面を見せた。猫耳カチューシャを装着した智也が慌てた顔で写っていた。
「お、おまえ、それは
体育祭の時
のだな」
手を伸ばして奪い取ろうとした時、女学生に扮した
七緒 璃音
が注文の品を運んできた。
「ドーナツはどちら、そちらの方ですね。レモネードもそうですか。ホットコーヒーはこちらの方ですね」
璃音は前屈みの姿勢でテーブルにコーヒーを置いた。豊かな胸が内側から着物を押しているように見える。間近で目にした智也は顔を赤らめた。
修也はレモネードを口にした。表情が驚きに変わる。
「このレモネード、チョーすっきりで美味い。部活のあとに飲んだら最高じゃん」
「ありがとう、それ、お姉さんが作ったのよ。二人とも、楽しんでいってね」
璃音は胸を弾ませて会計待ちの客の元に向かった。
まだ余韻から抜け出せないのか。智也は赤い頬でコーヒーをちびちび飲んだ。
扉が勢いよく開いた。軍服姿の
志波 武道
が宣伝から戻ってきた。インバネスコートに身を包んだ
ロベルト・エメリヤノフ
は古い時代の学生に見える。
武道は調理に励む
月居 歩
の元に行った。
「流石の活躍ではないか。軍服を汚さぬようにな」
「ここはミルクホールの要だ。俺が守って見せる。それと軍服を汚すような無様な姿は晒さないさ」
「見上げた精神だ。このような優れた同志を持った吾輩は幸せである!」
武道の熱演に人の目が集まる。歩は小声で、もう勘弁してくれ、と口にした。
その時、ロベルトは別の方向を見ていた。喜びを前面に出して一つのテーブルに向かった。
「こんなところで逢うなんて奇遇だね」
「お前もいたのか」
智也の言葉にロベルトは笑顔で頷いた。修也は敵対しているかのようにロベルトを睨んで瞬く間に笑みを作る。
「どーもっす! 兄貴のお友達っすか?」
「そうだよ。君が弟の修也くんか。話はお兄さんから聞いているよ。とてもよく似ているね」
「もう、いいだろ。仕事に戻れ」
智也の横からの声に、そうだね、とロベルトは朗らかに返す。歩き出した直後に後ろを振り返って自身の耳朶を指差した。
「千種の
ピアスの話
、楽しみにしているよ」
「バ、バカ、やめろ、こんなところで」
智也は懸命に手で追い払う。変わらない笑顔でロベルトは新しい客を迎え入れた。
「兄貴、ピアスってなんだ?」
「何でもない」
再び赤くなった顔で黙々とコーヒーを啜るのだった。
楪 櫻
は背筋を伸ばし、音を立てないで滑らかに廊下を歩く。目尻はやや上がっていて凛とした雰囲気を纏っていた。
唐突に足を止める。何かを思い出したような表情で階段を上がる。頭の後ろで一つ結びにした髪が軽やかに撥ねた。
三階の人の混雑を櫻は巧みな足捌きで抜けて一つの扉の前に立った。
「ここか」
賑わう声が廊下にまで聞こえてくる。櫻は小さく溜息を吐いて中に入っていった。
志波 武道
が軍服姿で歩き回っている。
「清々しい仕事ぶりであるぞ。吾輩は甚く感動している!」
堂に入った演技に櫻は、ほほう、と声を漏らした。間もなくテーブルに案内されて緑茶とクリームあんみつを頼んだ。
待っている間に櫻は凝った内装に興味深い目を向けた。通り掛かる書生や女学生の姿に自然に笑みが零れる。
「悪くない」
大正時代を堪能した頃に注文の品が届いた。まずは熱い緑茶を静かに啜る。香りを楽しむかのように大きく息を吸った。和らいだ表情でクリームあんみつを口にした。
「うむ、これも悪くないな」
ひっそりと
鬼久保 美桜
が現れた。即座に
安本 マコト
が駆け付けた。
「お嬢様、ミルクホールにおいでいただき、誠にありがとうございます」
「ん、そう」
眠そうな目で短く返す。その希薄な反応にマコトの目が泳ぐ。美桜が抱いた人形に意識が傾く。
「愛らしいお人形ですね。今にも動き出しそうです」
「今は、動かせないけどね……」
「……お嬢様、お席に案内します」
マコトは笑顔で話しを流した。黒板に近いテーブルに美桜を連れていった。
「お嬢様、こちらがメニューになります」
「ん、ありがと」
ぼんやりとした目が一点に留まる。
「レモネード……」
「わかりました。それとストラップはいかがですか。テーブルに各種、揃っていますよ。はっきり言ってお買い得です」
マコトは自作のストラップを見せた。蝶やリボンが色鮮やかに彩色されていた。
「これ、プラスチックだね」
「はい、プラスチックの板を焼いて手早く作りました」
「……考えとくよ」
「ありがとうございます。では、すぐにレモネードをお持ちします、お嬢様」
マコトが立ち去ると美桜はゆっくりと辺りを窺う。懐かしいものを見るような表情に変わる。
「これが大正……私の家みたい。なんだか、落ち着く……」
瞼を閉じた。故郷を思い出しているのだろうか。安らいだ表情を浮かべる。
注文したレモネードが運ばれてきて目を開けた。飲みながら手帳を取り出す。今日の成果がびっしりと書き込まれていた。
「……今日の喫茶店巡り、楽しかったな……」
のんびりと時を過ごし、今日の取材を終えた。
茶色のトレンチコートを着た
神野 マキナ
が校内を歩いていた。白いダッフルコートの
葉月 朱真
が隣をちょこちょこと付いていく。右手に第二グラウンドが見えてきた。
アイスバーを食べていたマキナが思い出を辿るような表情を浮かべる。
「卒業してそんなに時間が経っていないのに、今日のように客として来ると、なんだかとても懐かしく感じてしまうものなんだね」
「ふむ、わたしも寝子高に来るのは卒業以来だ。少しは懐かしい気持ちになるな」
朱真は腕を組んで頷いた。マキナは微笑みを浮かべて口にした。
「グラウンドを見て葉月さんのことを思い出したよ」
「ほう、どのようなことだ?」
「球技大会でソフトボールの球を葉月さんが追い掛けていた姿だよ。猫みたいで可愛かったよね」
「それは思い出さなくていい。あれは外野フライの落下地点の目測をほんの少し誤った結果であってだな」
その説明にマキナは笑みを浮かべて聞いていた。ちらりと上を見た朱真は瞬時に意図を読み取った。
「わたしを弄るな」
「そんなつもりはないよ。本当に懐かしくてね」
「その話は忘れるとしてマキナは寒くならないのか」
朱真はマキナのアイスバーを見て言った。
「お菓子はぼくの生きる糧だからね」
一滴も垂らすことなくアイスを食べた。目にしたゴミ箱に棒を捨てると南校舎に目を向ける。
「今度は喫茶店で甘いものが食べたいね」
「マキナらしいな」
二人は共に笑って校舎の中に入っていく。一階は賑やかで教室によっては叫び声のようなものが聞こえてきた。
朱真は受付で貰ったチラシに目を落とす。
「落ち着いて話せそうなミルクホールに行ってみないか」
「そうだね。変わったお菓子があるかもしれないね」
二人は揃って三階に移動した。見つけた教室に朱真が真っ先に飛び込む。マキナは自然体で続いた。
朱真は青い瞳を丸くして方々に目を向ける。
「よく作り込まれているではないか」
「これがミルクホールなんだね。レトロな雰囲気が伝わってくるよ」
「お客様、いらっしゃいませ。私が席までご案内いたします」
柔らかい笑みで
丹羽 紅葉
が進み出た。鮮やかな梅色の着物姿にマキナは言った。
「その着物姿、とても似合っているよ」
「あ、あの、ありがとうございます」
紅葉は秋らしい顔色で二人をテーブルに案内した。向かい合って席に着くと早速、マキナが渡されたメニューを見てホットコーヒーとシベリアを注文した。
「葉月さんはどうする?」
「わたしはプリンアラモードにしよう」
「かなり甘いものもいけるんだね」
「糖分をしっかり取れば背が、いや、なんでもない」
注文を聞いた紅葉は丁寧な対応で離れていった。
二人は改めて周囲に目を向ける。朱真は感じ入ったように語り出す。
「大正浪漫というのは昔と現代が微妙な配分で混ざり合う、中々に面白い時代だ。今でもスチームパンクの舞台として多くのメディアで扱われているな」
「ぼくには小難しい理屈はわからないけど、店員さん達の衣装は面白いね」
マキナは目にした
志波 武道
に親指を向ける。
「そうそう、ぼくもこの間の
ハロウィン
で、あんな風な軍服を着たんだよね」
「マキナの容姿なら十分に着こなせるな」
朱真は客の対応に追われる者達に遠い眼差しを向けた。高校時代の自分達の姿が頭の中に鮮やかに蘇る。
「……去年、わたし達のクラスはメイド喫茶をやったな」
「そうだね。普段は抵抗のある格好でも、こういうお祭り騒ぎの時には平気なんだよね。良い体験だったよ。葉月さんのメイド姿は可愛らしくて今でもはっきり覚えているよ」
「もちろん、鮮明に覚えている。わたしに合うサイズがなくてジュニアサイズを着せられたのだからな」
ふんわりとした茶色い髪が小刻みに震えている。マキナは、まあまあ、と宥めるように手を振った。
朱真は意識して深呼吸をした。
「当時のことを思い出して確信したよ。キミはメイド服より、執事服を着るべきであった。女性客の獲得に貢献できたと思うぞ。裏ミスターにも参加したのだからな」
「そうだね、執事服を着てみるのも面白かったかもね」
マキナは小さく笑った。
「お待たせしました」
紅葉はトレイに乗せた品々をテーブルに丁寧に置いていった。
「ありがとう、女給さん、でいいのか?」
「どうでしょうか」
「時代背景を考えればモボやモガの方がいいのだろうか」
「葉月さん、彼女が困っているよ。ごめんね、それとありがとう」
マキナは紅葉に微笑み掛ける。少しぎくしゃくした動きで、ごゆっくり、どうぞ、と小走りで戻っていった。
「やはり、メイド服より執事服だな」
「それより、早く食べようよ」
マキナはシベリアをフォークで大きく切り取って口に入れた。すぐさま親指と人差し指で輪を作る。朱真はプリンとクリームを一緒にスプーンで掬って一口にした。むにゅむにゅと唇を動かして笑顔になった。
食べ終わる寸前、マキナの手が止まる。
「あ、そうだ。葉月さん、あとでぼくと一緒に第一グラウンドに行ってくれないかな」
「何かあるのか」
「ぼくの友達の子達が変わった喫茶店をしていて、見に来て欲しいって誘われていたんだよ」
「グラウンドの部分に引っ掛かるが、まあ、いいだろう」
朱真は最後のプリンを口に入れた。幸せそうな顔を見てマキナの口元が綻んだ。
窓際のテーブルでは
早坂 恩
がプリンアラモードを食べていた。その手は止まりがちであった。大正時代を意識した服装に自然に目が惹き寄せられる。
「みんな、とっても素敵よ」
抑えられない笑みを方々に振り撒いた。皿の中身を少しずつスプーンで切り崩してようやく食べ終えた。恩はハンカチで口元を拭って席を立った。
しかし、すぐには帰れない。長いテーブルの上に置かれた品々に黄色い声を上げた。
「この淡い色彩のポストカード、なんて素晴らしいの」
その声を耳にした
月居 歩
は少し俯いて調理に励んだ。
恩はポストカードを手に入れて上機嫌で帰っていった。
肌の露出の高い服を着た
仙藤 紫
が廊下を一人で歩いていた。息を呑む美形に触れることを恐れた者達が左右に散った。紫の前には自然に道が出来て一時的に混雑が解消された。
すでに幾つかの出し物を回っていた。足取りは決して軽いとは言えない。紫は目にした3年1組の教室に立ち寄ることにした。
ミルクホールは盛況で給仕役は客に呼ばれるままに動き続けている。
「仕方ないわね」
紫は何かを探すように目を動かす。窓際に空いた席を見つけて自らの足で向かう。注文は途中で出会った給仕にメニューを見せて貰って済ませた。
席に着いた紫は窓からの陽光を背に受けた。方々から客の注文の声が上がる。目の前を仮装した人々が忙しなく行き交う。
「大変そうね」
辺りを眺めている間にシベリアと緑茶が運ばれてきた。紫はシベリアをゆっくり口に運んで一口をじっくりと味わう。気分を変えるように緑茶を啜った。
目は安らいで喧騒とは無縁の自己の世界に浸る。
活気があっていいわね。私はAO入試で木天蓼大学に合格したから、今後は受験勉強に励むこともないわ。大学側から出された幾つかの課題はあるけれど、のんびりとした毎日を送っているのよね。
あれは軍服で袴の女子は大正時代の学生なのね。そう言えば私も高校一年の寝子祭は水泳部で海賊船喫茶をやったのよね。着物と短い袴で少し和風な感じの海賊だったわ。
これだけだと普通の仮装で終わるんだけど、英国の謎の女海賊アン・ボニーに扮した子がいたから大変よ。本物の海賊に成り切って、覚悟しやがれ、って箒をサーベルに見立てて振り回すのよ。私は私で頭に血が上っちゃって、受けて立つわ、なんて叫んでモップを持ち出して対抗したわ。
皆には大いにウケていたわね。このミルクホールの喧騒に負けないくらいに。それで私と彼女は大いに張り切ったわ。演技をすっかり忘れて暴れたのよ。何回も打ち込んではよろけて。最後に大きくモップと箒を打ち合わせたわ。その衝撃で揃って身体のバランスを崩してガシャンよ。窓ガラスを派手に割って先生に思い切り叱られたのよね。
あれに比べたら高校二年の寝子祭は大人しかったわ。定番の演劇だからね。だけど出来上がった脚本には驚かされたわ。不条理な内容を限界まで詰め込んだカオスな内容は今年向きに思えるわ。とてもサイケデリックな感じだから。
その中でも私の役は悪い意味のトップクラスね。状況に全く絡まないで、ひたすら無駄な分析を行うのよ。それで端役なら軽く流せるのにヒロインっぽい位置にいるのよね。天才科学者みたいな感じなのに服は白衣ではなくて競泳水着を着せられて。あの格好の謎は未だに解けていないのよね。
そこで没入していた世界から抜け出し、紫は何気なく客の方に目を向けた。鼻の下を伸ばした若い男性が着物姿を目で追っている。高校生くらいの男子が古めかしい女学生の格好に何度も目をやった。
「……だから私は水着だったのね」
理解した瞬間、少し渋い表情になった。皿の上に残っていたシベリアを口に入れる。表情が緩和されて緑茶に手を伸ばす。
「過去のことはお茶で流すわ」
紫は目で笑って緑茶で一服した。
一品を速やかに送り出して
弥逢 遊琳
は手を止めた。客足は途絶えていないが流れは緩やかになっていた。
「ピークは越えたかな」
「そうかもしれねぇな」
隣にいた
月居 歩
が交互に腕を回す。
好機と感じ取った
安本 マコト
は調理の二人の前に進み出た。
「受付の方が気になるんで行ってもいいかな?」
「さっさと行って来い」
歩の突き放すような物言いにマコトは笑みを浮かべる。
「ちょりーっす!」
着替える手間を惜しんで廊下へと飛び出していった。
その数分後、マコトは正門の近くの受付にいた。隣には
マリベル・ロイス
がいて周辺の人々に向けてデジタルカメラを掲げて見せる。
「モザイクアート企画を実施中やでー。皆が持ち寄った写真を貼り付けて、大きな寝子島を完成させるでー。手持ちにええ写真がない時はウチに言ってやー」
気の弱そうな青年を見つけた。正門を通過した直後、マリベルは青年の方に身を乗り出した。
「このデジカメでやな、撮影してパソコンに取り込むやろ?」
「あ、はい」
いきなり話し掛けられた青年は足を止めた。マリベルは愛らしい笑みでプリンターをぽんと叩く。
「その写真をプリンターで印刷や! 時間は掛からんでー、気軽に寄って行ってやー」
「その、折角だから写真を提供します。スマホなんですけど」
「任しといてや。ウチがパソコンに取り込んで印刷したるわ」
マコトはを女性層に絞って声を掛ける。
「ちょりーっす、寝子祭へようこそ! 寝子祭の記念にモザイクアートいかがっすかー。そこのチョー可愛いお嬢さん。お手軽に一枚、パシャリと写しちゃってよー」
書生姿と現代風の砕けた口調のミスマッチが人目を引く。金券のにゃっぽを購入した者も興味を示して集まってきた。その中の一人の男性がマリベルに言った。
「デジカメの写真はどんな感じで印刷されるんだ? キミの写真で試してくれないか」
「え、ウチの写真は消したんとちゃうかな」
マリベルはデジタルカメラを操作して画像を調べる。横から覗き込んでいたマコトが、おお、と声を上げた。
「これ、これを印刷しよう!」
「な、なんやて!? これやなくても、今からウチが自分で撮ったらええやんか」
「この一枚を超える写真を撮れる訳がない。絶対にこれじゃないとダメなんだ!」
マコトの熱弁に周囲の関心は高まり、その写真で、と複数から声が上がった。
「そ、そこまでゆうんなら、ウチの写真で試すけど……」
頬を赤くしてパソコンで画像を取り込む。躊躇うような仕草からプリンターを操作した。
元気な水着姿に鼻の下を伸ばす者が続出した。マコトは刷り上がった一枚に納得の表情を浮かべた。
「綺麗な金髪が良い感じ。それに笑顔が可愛いね」
「ま、まあ、悪い気はせぇへんけどな」
綺麗に撮れていたことで写真を希望する者が殺到した。特に若い女性が多く、マコトは最高の笑顔で迎えた。
「お姉様、良い笑顔っすねー。あ、南校舎の三階のミルクホールもシクヨロー」
ちゃっかりと宣伝もこなした。
その頃、ミルクホールは穏やかな時間帯に入っていた。困難を乗り越えた面々は表情を和らげる。
その時、扉が開いた。
巫部 紫苑
が軽やかな足取りで入ってきた。
「ここも全メニューをいただきましょうかね」
小さな独り言をはっきりと聞き取れた者はいなかった。いらっしゃいませ、と明るい対応で紫苑をテーブルに案内するのだった。
講堂の演劇が影響しているのか。
トワ・E・ライトフェロゥ
の腕の振りが格段に上がる。言葉にも勢いがあった。
「Partyはじまったばかり デス! いくデスやろうどもー!」
鴻上 彰尋
の弟妹も声を揃えて、いくデス、と片言の日本語で付いていく。
「あまり急ぐと迷子になるよ」
「とにかく いくデス!」
トワは前しか見ていない。小さな身体で彰尋を引き離しに掛かる。
「楓の言う通り、目が離せないな」
彰尋は小走りとなって三人が向かう南校舎へと付いていった。
トワを先頭に弟妹が階段をずんずんと上がる。二階を素通りして三階に辿り着いた。
「ミルクホールか」
志波 武道
と
ロベルト・エメリヤノフ
が時代掛かった格好で宣伝をしていたのだ。
トワは3年1組の教室の扉を躊躇なく開けた。
「タノモー トワがきたデス!」
「いらっしゃいませ、小さなお客様方」
丹羽 紅葉
がにこやかに笑って接する。トワは青い目を丸くして彰尋に詰め寄った。
「アキヒロ 見るデス! キワモノ キワモノ出たデス!」
「トワちゃん、それを言うなら着物だよ」
「OH ユカタデスネ! トワも着たいデス」
「それも違うけど、少し近くなったかな」
彰尋は力のない笑みで紅葉に軽く頭を下げた。弟妹も興奮して、すごーい、と方々に向かって声を上げていた。
「可愛らしい子供達ですね。では、こちらにお越しください」
案内された椅子に三人は座った。即座にトワは紅葉に語り掛ける。
「milk hall? あるます? Desert」
トワの片言の日本語に配慮して紅葉はメニューを読み上げた。その一つに興奮の声を上げる。
「あーんーみーつ 食べるたいデス!」
「わかりました。クリームあんみつですね」
「donut hotcakeも食べるマス!」
食い意地の張ったトワに他の者は圧倒された。遠慮していると思ったのか。トワが急かす。
「アキヒロたちも選ぶデス! Be quick!」
彰尋は弟妹の希望を聞いてからコーヒーとシベリアを注文した。
ようやく時間が緩やかに流れる。彰尋は束の間の大正時代を目で楽しんだ。同じようにトワも穏やかな時の中にいた。
「カエデ言ってた、デス
いつジョウキョウかわるか わからない
トウシュなったり エンダン セイシキきまって
しまうかわからない だからたのしめ 今たのしんどけって」
「そうか」
彰尋はトワの顔を見た。表情は意外に明るい。
「だから今日 たのしむデス! Postcard 記念にするデス!」
扉の近くの長いテーブルを指差した。そうだね、としんみりした声で彰尋は言った。
少しの時間が過ぎて注文した品々が運ばれてきた。
間を空けずに賑やかな食事が始まった。トワと弟妹は挑むようにデザートに齧り付く。口の周りに白や黒の髭を生やし、彰尋がハンカチを手に急いで拭いて回る。
「こんな時でも目が離せないのか」
苦笑いを浮かべて三人の世話に追われた。
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日常
学校生活
定員
1000人
参加キャラクター数
145人
シナリオスケジュール
シナリオガイド公開日
2015年08月22日
参加申し込みの期限
2015年08月29日 11時00分
アクション投稿の期限
2015年08月29日 11時00分
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