今日のごはんは何にしよう｜リアクション

今日のごはんは何にしよう

　予定の箇所まで終えた参考書を閉じて、伸びをひとつ。
　亜麻色の髪を揺らし、八神修は少し疲れた瞳をきつく閉ざす。瞼を開いて映すのは、窓を塞ぐカーテンの隙間から覗く夜空。
「……見えるかな」
　空は快晴、月は遠からず海に沈む。今日は絶好のしし座流星群日和。
　机に広げた参考書や辞書や筆記用具を元の位置にきちんと戻す。主の邪魔をせぬよう足元で伏せていた柴犬のカーキーをひとなでして向かうのは、家の台所。
　廊下で会った白猫のミルクに足元にじゃれつかれながら、台所の電気を点ける。鼻歌さえ歌いだしそうな表情で食器棚の上からバスケットを取り出す。バスケットの中から弁当箱を出す。
　冷蔵庫を開く。考え考え作業台に並べるは、卵にチーズにソーセージ、作り置きしたゴボウの胡麻味噌酢漬けの瓶詰め。野菜室からはアボカドとキャベツとトマト。
（普段作ってる友人はもっと上手く作るんだろうな）
　ちょっと苦笑いを零しつつ、素早くはないけれど丁寧に下拵えをする。
　卵をボウルに割り入れかき混ぜて、熱した卵焼き器に卵液を入れる。慣れない手つきでアボカドとチーズを並べ、慎重にくるりくるりと巻き込めば、洋風だし巻きの出来上がり。
　皿に開けて粗熱を取りつつ、刻んだ野菜とツナを合わせ、作りおきのカルパッチョソースでまとめてツナサラダにする。
　メインのホットドックはパンに野菜とソーセージを挟んでトマトソースとマスタードを絞るだけ。
　簡単な夜食ではあるけれど、出来上がったものを弁当箱に詰めていけば気持ちは不思議と弾む。ホットミルクをポットに入れて、弁当箱と一緒にバスケットに並べれば、うっかりクスリ、笑みが零れた。
「……よし」
　弁当が出来上がれば、後は身支度をするだけ。
（夜の山間は冷える）
　防寒着を着込み、バスケットを片手に玄関に向かう。昼のうちに玄関口に揃えたテントと機材を背負い、一緒に行くと駆けて来て足元にお座りするカーキーの頭を撫でる。
　一人でキャンプだ、と意気込みはしたけれど、
「ああ、そうだったなカーキー」
　カーキーと一緒であれば、一人と一匹。これ以上に心強いことはない。それに、カーキーは抱き上げればこの上なく温かい。

　天宵川に沿って河岸を登る。
　初秋にしきりと聞こえていた虫の声も、晩秋の今はほとんど聞こえない。冷たく流れる川を渡って吹き寄せる風は冬の寒さを思わせる。
　星明かりに浮かび上がる星ヶ丘教会の鐘楼を横目に、忠実なカーキーをお供にただひたすら川の上流を目指して歩く。
　左右が山に挟まれるまで。街の灯が届かなくなるまで。
　夜空に街の明りが途絶えたのを確かめ、修は足をやっと止める。
　見上げれば、降り注ぐように明るく輝く星の河。

　山や大地は黒く闇に沈み、代わって夜空ばかりが光を帯びる。
（知らない人は驚くだろうな）　
　街の灯りが完全に遮られ空気が充分に澄んでいる時には、光る砂をぶちまけたような夜空の方が明るく見える。
　幾億の虹を重ね合わせたような極彩色の星々がさざめく夜空の下、天宵川のささやきを耳にしながらテントを設営する。
　息が白い。
　凍える頬をマフラーに埋め、傍らに大人しく控えるカーキーの背中を撫でる。
「お待たせ、カーキー」
　用意した器にカーキーの分のホットミルクを少し入れて冷ましつつ、自分のカップにもミルクを注ぎ、体を温める。待ちかねて尻尾をうずうずさせるカーキーに思わず微笑み、おやつの骨付き肉を与える。
　尻尾を振り回して夜食にかぶりつくカーキーの隣に腰を下ろし、バスケットを開く。
　河岸を歩いて疲れた身体には、バスケットに詰めて来た洋風弁当。
　ホットドックを齧りながら、空を仰ぐ。
　ささやかな虫の声に混じって、天空に満ちる星の声さえ聞こえそうな静謐に耳を澄まし、心を傾ける。
　息さえ潜めて、満天の星空に魅入る。輝く夜空を切り裂いて流れる星のきらめきに真摯な瞳を見張り、心躍るままに唇に笑みを刻む。
　腹を満たして後は、目的にしていた流星群の観測。
　望遠鏡にデジタル一眼レフカメラを取り付け、赤道儀で流星群の放射点を追う。こうして自動でどんどん撮影して行けば、しし座流星群極大の日の今日、上手くいけば何かを捉えられるかもしれない。
（帰宅後のチェックが楽しみだな）
　夜のおやつを終え、主と夜の散歩をする楽しさのあまりうっかり飛びついてくるカーキーを抱きあげる。愛犬の温かさとその全身を満たす力強い鼓動を胸に、少年は流星の空を見つめ続ける。

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