【アーチ作り、スタート！】

　寝子島高校の一大イベント。みんなが大いに楽しみにしております、そう、寝子祭！
「段ボールとか発泡スチロールとかは、こっちに置いて欲しいノー！　あっ、木材はこっちにお願いするワ！」
　その準備のため、寝子祭実行委員会の面々も大わらわ……でありながらも、笑いが絶えないのが寝子校気質。御薗井 Ｅ セレッソもまたにこにこと明るく手招き、手伝いを申し出てくれた有志の生徒さんたちへ、張り切って指示を飛ばしております。
　彼らが正門前にて始めようとしているのは、お客様を出迎えるための、アーチ看板の制作作業です。
「道具の類は、こちらにひとまとめにしておいてもらえるかしら……って、こーら！　刃物で遊んじゃダメじゃない、危ないでしょー？　メッ、なんだからね♪」
　ノコギリでチャンバラのまねっこなど始めてしまうヤンチャな子には、早坂 恩センパイがやんわりと注意をば。その柔らかい笑顔に、メッ！　なんてされてしまったからには、何だかこう……なぜだかどきどきしてしまったり。
　実行委員の皆さんの指示のもと、正門前には思いのほか、多くの生徒たちが集まっておりまして。
「力仕事なら任せろ！」
　勉強はあんまり得意じゃありませんけれど、こんな時にはもう、なんて頼りになるんでしょうか……御剣 刀くん！
「俺は、アーチの土台作りを手伝おう。誰か、一緒にやるか？　協力したほうが効率がいいだろう」
「よし。僕もやろうか」
　しゅらん。ぎらり！　サキリ・デイジーカッターが引き抜いた、一目で誰しもワザモノと見て取れるそれは、彼のマイノコギリだったりします。高名な飛騨の職人が使っていたというそれは、並の木材など紙のように引き裂いてしまうという名品であります。
「これ、せっかく入手したのに、使う機会が無かったんだよね。今日は切って斬って、斬りまくるよ」
　何だか字が違うような気もしますけれど、ともかく頼もしい！
　がしゃがしゃ、重そうに雨寺 凛が運んできたのは、絵具の入った缶に筆、刷毛、ローラーにスプレーなど、彩色のための道具たち。
「お、雨寺は絵もいけるのか」
　自分の使う道具を検分していた刀が尋ねますと、凛はにっこり。
「うんっ！　メインはもちろん音楽だけど、いちおう芸術科だからね。絵の技術だって、それなりに習ってきたつもり……頑張るよ！　みんな、張り切っていこうね！」
　おーっ！　エプロンもバッチリ着用、気合の入った彼女が元気良く腕を振り上げれば、周囲の生徒たちも揃って声を上げました。
「頼もしいね、雨寺さん……」
「私たちも、遅れるわけにはいきませんわね！」
　造形用の発泡スチロールの山から、ちょうど良い大きさのものを選定しているのは、恵御納 夏朝に、毒島 虹子であります。彼女らは、特にこのアーチ看板の中でもメインとなるオブジェの制作を担当することになっています。
　ことに虹子は、
「サイケデリック、ですかあ。かつてアメリカで巻き起こった、体制的文化の否定と自由の謳歌を掲げたサマー・オブ・ラブ……ならぬ、ネコジマ・オブ・ラブ！　な作品になると良いですわね。頑張りましょうね♪」
　普段は毒舌腹黒キャラが板についていたりする彼女ですけれど、今回は真面目も大マジメ。何せ彼女は芸術家気質、ものづくりには真摯で、手を抜けないタチでありました。
　もちろんのこと、夏朝だって、
「うん……看板の、メインのオブジェだもんね。頑張らなきゃ……！」
　左手の猫パペット、ハルくんと顔を合わせながら、こくりとうなずき合いました。気合十分！
　あらかたの制作担当者が顔を揃えつつあるところへ、やってきたのは彼女たち。
「だからー、久保田先生……私、手先は不器用よ？」
「大丈夫大丈夫！　圭花ちゃんオシャレだし、色彩センスとかあるじゃない？　先生を助けると思ってさー、手伝ってよ、ねっねっ！」
「もー、仕方ないわね」
　久保田 美和先生と、彼女に割とゴーインに手伝いを押し付けられてしまった桃川 圭花。その隣を歩く、
「私もお手伝いしますから。頑張りましょうね」
　綾辻 綾花。彼女の手にはいつもの猫メモがありまして、アーチ看板に猫型の造形物を作って設置するのを、いたく楽しみにしているそうです。
　そして最後に、壬生 由貴奈……今年の寝子祭実行委員長たる彼女が姿を見せたなら、場の喧噪は一時静まりまして、伝統のアーチ看板作りのスタートを切るための、彼女の号令を待つのです。
　由貴奈はぐるり、彼らを見まわして、さっそく口を開きます。
「…………ふわぁぁ」
　……第一声は、大きなあくびでありました！
「みんな、集まってくれてありがとー。頑張って、良い看板にしようねぇ。うちも委員長として頑張るよぉ……ふわわ。あふ、それじゃ、作業開始ぃー」
　まぁ、いまひとつ締まらないご挨拶ではありましたけれど……肩肘張って作るよりは、このほうが寝子校らしいのかも？　もちろん生徒たちだって、それぞれに気合が入りながらも、和気あいあいと笑顔があふれております。
　そんなわけで生徒たちは、それぞれにお祭りへの想いを胸に、アーチ看板作りをスタート！　張り切って各々の作業を始めました。



　ところで。この寝子祭伝統のアーチ看板には、毎年のように、とある噂がまことしやかに囁かれておりました。
（お互いの名前を書いたら、恋が実る……だなんて）
　一緒に作業しませんか、なんて誘われた時、十文字 若菜ももちろん、それを思い出さずにはいられませんでした。アーチ看板の土台や飾りつけのどこかに、意中の人の名前を書いたなら、恋が成就したり、カップルなら末永いお付き合いになる……なんて、そんな良くある、他愛のない噂ではありますけれど。
「うーん、サイケデリックかぁ……ちまちま塗るより、こう、スプレー缶とかペンキとかで、どばーっ！　って塗ったほうがええかなぁ？」
　なんて言いつつ首をひねる、浅沼 柳司。若菜を誘った彼は、知っているのでしょうか？　あの噂のことを。
「ほら、ペンキ塗り散らかしたみたいなほうが、サイケデリック感ありません？　若菜先輩」
「えっ？　あ、うん」
　たとえ誰かが言い出したホラ話だろうと、真実味のあるジンクスだろうと。そんな話を聞いてしまったなら、やっぱり気になってしまうのです……だって他ならぬ彼が、こうして側にいるんですから。
「……そうだね。思いっきりカラフルに、勢いだけで、どばーっ！　ってね。やろっか、柳司君！」
「良い看板にしましょうね、若菜先輩！」
　彼らは顔を見合わせ、にっこり！
　……というふたりを、後ろからコッソリと見守る、ひとつの人影が。
「むっふっふ……リア充爆ぜろなのだ」
　何やらブッソウな言葉と裏腹に、満面の笑みを浮かべておりますのは、後木 真央ちゃんであります。
「デビルサンタさんとしてはリア充の増加は重要な命題であるのだみんなリア充になれば良いのだ♪」
　幸せオーラに満ちた恋人たちへ、理不尽な不幸をお届けするデビルサンタさんにとって、仲睦まじい男女の姿は見敵即爆な殲滅対象……と思いきや、真央ちゃん、微笑ましそうにふたりを見守っております。爆破対象は増えれば増えるほど良い、ということなのでしょうか？　ぶるるっ。
　ともかくも、彼女はコソコソとその場を後にしますと、
「真央ちゃん今日はお友達のラブ度上昇に貢献するのだハートのプレゼントなのだ～っ」
　しゅたたたた！　彼女もまた何か準備があるらしく、むふふっとほくそ笑みながらに、校舎の中へと駆け込んで行きました。