【色鮮やかに】

　がりごりがりがり、とんてんかん。刃物の扱いに長けたサキリ・デイジーカッター、力仕事ならオマカセの御剣 刀、それに夜海霧 楓、さっさと終わらせて帰りたいと言いつつも仕事は丁寧な彼の奮闘によって、アーチ看板の土台はほぼ組み上がりつつありました。
　正門をすっぽりと覆うように立ち上がった大きなシルエットに、
「よーしそれじゃ、色塗ってくよ！」
　意気揚々、びしり！　絵筆を振り上げたのは、雨寺 凛であります。絵の具も各色ばっちり揃えて、自前のエプロンもちゃんと身に着けて、準備万端！
　凛はくるりとその場の面々、それから忙しく手を動かすハート作り班へ恋愛トークをぶちまけ続けております、久保田先生を振り返りまして、
「ね、せっかくだから、みんなでやらない？　ほら、久保田先生も！　みんなで楽しく、やっちゃいましょうよ！」
「あたしも？　やるやる、やるわよー！　ちょうど手が空いてたからねー」
　先生、口を動かすばっかりで、あんまり手が動いてませんもので。
　刀やサキリ、楓も凛の呼びかけには応えて、
「組み上げ、全体のヤスリ掛けも終わったし、次は彩色か。よし、まずは下塗りからいこうか」
「じゃあ、僕も何か、絵でも描いてみるかな」
「ああ、もう何でも手伝うさ。さっさとやろうぜ」
　モチベーションの質はイロイロでしたけれど、ともかくみんな、やる気は十分であります。
「うんっ、がんばろーっ！」
　凛の号令を合図に、まずは刀の提案で、薄くササッと下塗りから。ぬりぬりぬりぬり……。
　アーチが真っ白に染まったら、お次はいよいよ、そこへ色を乗せていきます。
「サイケデリック！　だもんね。やっぱり、模様も派手で目に付くようにしないとねっ」
　凛は先陣を切って、絵筆を大胆に走らせ、ずばーっ！　下塗りの白地へ、流れるように尾を引いた美しいエメラルドグリーンに、周囲からはなぜだか、拍手！
　気を良くした凛は続けて、ぐるぐる渦巻き模様とか、ペンキをぶちまけて弾けた感じとか、次々に絵筆を振るい、サイケなカラーをアーチへ乗せていきます。
「私も塗っちゃうわよ！」
　と、にわかに張り切っておりますみわちゃん先生。土台の高所へ筆を伸ばしたものの、ちょっぴり届かず……組み上がってみると相当にデッカイのです、このアーチ。
　すかさず、がしゃん！　設置される脚立は、刀が気を利かせたものです。
「先生、これに乗って描いてください。俺が支えてますから」
「あらありがと、助かるわー♪」
　改めて先生は、刀の助けを借りつつ、ざかざかざざざっと大胆に塗り始めます……ちなみにその腕前はイマイチですけれど、まぁ細かいことは言いっこナシ！
　腕組み、ふむ、と思案中なのはサキリです。
「テーマは人類愛……平和の象徴と言えば……鳩か。よし」
　と何かを思いついた様子で、彼は刃物を手にするよりは大分おぼつかない手つきながら、すすすっと絵筆を走らせていきます。
　しばらく後、出来上がった絵はサイケデリックな色のアーチの中を悠々と飛ぶ、人類愛と平和の象徴たる、鳩……鳩…………何かこの、やけにトゲトゲしくてぐねぐねしてて、恐ろしいクリーチャー的な、何ですかこれ？
　楓が思わず、
「なぁ……これ、何なんだ？」
「ん？　鳩だよ。見れば分かるだろ？」
「鳩？　鳩なのか？　『荒ぶるコカトリス』とかじゃなくて？」
「鳩だよ」
　鳩だそうです！　まぁ、みっちゃん先生は脚立の上で大ウケですし、それに人目を惹くことには大いに成功しているようでして、たまたま通りがかった小学生の一団などは、サキリ製鳩を目にするなり、
「カッケー！　コカトリスだ！」
「鳩だよ」
　ともかく、好評のようでありました。
　鮮やかな色を思うままにアーチへ塗りぬり、鼻先にちょっぴり跳ねた緑の絵具をこすりながらに、凛はそんな光景を眺めて思わず、にっこり！
「あはは、楽しいなぁ♪　みんなで何かやるのって、最高だよねっ！」
　きっとその場誰もが、彼女と同じ感想を共有していたことでしょう。



　この場にもうひとり、彩色に携わっている生徒さんがおりまして。
（よし。この場を利用して、ひとつ実験をしてみようか）
　筆を走らせつつも、何やらコッソリコソコソと仕込みを入れているのは、屑利 執。
　一見、彼の持つ筆が描いているのは、サイケデリックでド派手な色やら模様やら……彼の仕込みは目立たず、そして巧みでした。
「うわぁ、良い感じだねー！」
　と横合いから凛が声をかけても、
「そうか？　ありがとう。そっちもなかなか、良いんじゃないか？」
　なんて、彼はそしらぬ顔。
　ぺたぺたと塗料を塗りたくっていく中で、彼が密かにアーチの中へ忍ばせておりますのは……魔法陣！　それもひとつではなくて、たくさん！
（複数の召喚陣がある時にろっこんを発動すると、彼は一体どうなってしまうのか！？　これはその検証さ。さあ、準備は整った！　今こそ出でよ、『沼田さん』ッ！！）
　サイケデリックなアーチへ施されたいくつもの召喚陣へ念じれば、ずごごごご……現れる、幾人もの小さな、中年サラリーマン『沼田さん』の群れが……！
　なんてことは無いようでして。べしゃっ！　アーチの壁に描いた魔法陣のひとつから、横向きに呼び出されて地面に落下したのは、いつもの感じの沼田さん×１でありました。いつもご苦労さまです。
「……って普通じゃないか！」
「えっ何がー？　あれ、そちらの方はどちら様ー？」
　思わず叫んだ執の声に、振り返った久保田先生。沼田さんと目が合いまして……サラリーマンのサガというヤツでありましょうか、申し訳なさそうなお顔で、ぺこりと頭を下げる人の良さそーな彼へ、
「あらっ、もしかしてお手伝いしてくださるんですか？　やーもー助かります、ありがとうございますー！　執君、色々教えてあげてねーヨロシクぅ！」
「はいはい。やれやれ、つまらない結果だな……まぁいい。実験はまだ残っているんだ」
　きょろきょろとして戸惑う沼田さんに一通り、ざっくりと事情を説明してから、執は次なる実験へと取り掛かることにします。彼の持つ知識欲、好奇心や探求心が、彼に立ち止まることを許してはくれないのです。
（あの噂。検証せずにはいられないな）
　執が目を付けたのは、そう。アーチ看板にまつわる例の噂！　想い人の名前を書けば恋が実る、というアレです。
（噂によれば、対象について性別の限定などの条件は無かった。異性であれ同性であれ、噂が真実なら効力を発揮するというわけだ……それなら）
　脳裏に思い浮かべたのは、にこにこと明るい、ふんわり笑顔の家庭教師。いつも勉強を教わっている、二宮 彰斗先生の、あの素敵な微笑み……。
（……いやいやいや！　そんな非現実的な、ってそもそも男同士だし。まさか、本当にそんなことがあるわけ……）
　なんて思いつつも、どうにも止められないのは、知識欲のたまものでして。きっとおそらく、そういうことでして。
（そう、これはジンクスが事実かどうかを検証する、実験だ！）
　というわけで。くるうり、振り返ればハンカチできゅきゅっと頭の汗を拭いたりしている、沼田さん。
「……実験開始だ。まずは『踊る人形』のオブジェを作る……手伝いをお願いします、沼田さん！」
　物静かで人の良い彼は、瞳へ強い意志を宿した執にそんな風に頼み込まれては、どうしたって断れないのでした。