【お披露目！】

　日暮れと言ってもいい程度に、空が暗くなってきた頃。
「はーい、高いところに飾りたい人は、私に言ってね！」
　いつの間にやら、すっかり高所担当飾りつけ人として重宝されている、羽生 碧南。本人自作の『校長先生×シトラス・ガムダン』なイラストもバッチリ飾ることができましたもので、後はもうご機嫌で、張り切ってお手伝いをするばかりなのです。
「あの。これも、お願いできますか……？」
　おずおずと、カラフルな布を縫い合わせて作ったパッチワーク人形を差し出したのは、綾辻 綾花。
「ええ、一番高いところに飾ってあげる」
「あっ、う、後ろは見ないでくださいね……？」
「大丈夫、ちゃんと見ないように、見えないように飾るから、安心して」
　もはや手慣れているのか、碧南がその通りに手早く飾りを取り付けてくれたので、綾花は、ほっ。
　人形の裏には、とある先生の名前。綾花が想いを寄せる、その名前が書き入れられているのです……早川 珪、と。
（……この恋が、実りますように……）
　きゅ、と両手を合わせて、綾花は手作り人形を見上げながらに祈りました。



　二宮 彰斗は、隣に立つ屑利 執の横顔を、ちらり。
（気付いてないわけじゃ、無いんだけどねぇ）
　執は、そのまた隣の沼田さんと一緒に、自ら手掛けたサイケデリックなカラーのアーチを眺めて、
「第一の実験では、確かな結果は得られなかったな……いえ、沼田さんのせいじゃないんですよ。俺のろっこんはまだ途上段階、いつかは複数の召喚陣から、たくさんの沼田さんを呼び出すことができるようになるかも……え、勘弁してくれ？　何で？」
　彼の秘めた思いに、彰斗も気付かないではないのです。その上で、気付かないフリをしているのです。
（応えられないからね、僕には。けど、ヘタに振っちゃって、屑利くんを傷つけたくはないし……かと言って、思わせぶりなことを言って、期待させてしまうのも……）
「第二の実験は……あ、ええと、ど、どうかしましたか！　二宮先生！」
　いつの間にやら、じっと見つめてしまっていたようです。緊張して、ちょっぴり張り詰めたような執の表情に、彰斗は。
（……そういうのは、誠実じゃないよねぇ）
　とはいえ家庭教師として、その生徒のひとりとして、もちろん彼のことはそれなりに可愛く、そして大切に思っているわけで。
「ん、何でもないよー。それよりアーチ、良い感じになったねぇ！　屑利くんや沼田さんが頑張ったおかげだねー」
「い、いえいえそんなっ。先生のおかげでもありますとも！　もちろんそうですとも！」
　思わず彰斗は、くすり。微笑んでしまうのです。



　ふにゃあ、と腕の中で眠そうに鳴いた子猫のブラックをひと撫でして、八神 修は手した飾りを、何とはなしに見下ろします。
　布で作った、踊る猫のバッジ。裏にはもちろん、名前入り。
（決して、信じてるわけじゃないんだが……）
　それでも、ぽっかりと脳裏に浮かんでくるのは、あの明るい笑顔。自分を見上げる、七夜 あおいの青い瞳。
　クールな彼だって、例の噂はやっぱり、気になってしまうのです。
「うーん、でも私はまだ、好きな人とかいないからなぁ」
「そうなのだ？　でも凛ちゃん可愛いし演奏してるときはカッコイイし、そのうちリア充まっしぐらなのだ頑張るのだ♪」
　声のほうを見てみますと、雨寺 凛に後木 真央の姿。
「とにかくそれはプレゼントなのだ！　じゃっ真央ちゃん他にも彩葉ちゃん拓郎ちゃんとか、刀ちゃんとか圭花ちゃんとか、夏朝ちゃんとか若菜ちゃんセンパイとか執ちゃんセンパイとかとか、他にもいっぱい配らなきゃいけないのださらばなのだ～！」
「うん、頑張ってね～」
　しゅたたた！　と元気に走り去っていく真央。彼女が凛へと手渡したものは、可愛らしいピンク色のハートの飾りに、マジックペン。どうやら、それに名前を書き入れて、アーチに飾ってね！　ということのようです……何を隠そう、先ほど修も、怒涛のようにやってきては押し付けられたハートを持っていたりします。
「……恋愛かぁ」
　ふと、ぽつり。修には気付かないまま、凛が真央ハートを見つめてつぶやきます。
「私も、素敵な恋愛ができるかなぁ……いつかそういう人が、できたらいいなぁ……♪」
　小さくながら、声が漏れていることに、彼女は気付いていなかったのでしょう。
　修は、ほわわんと幸せな想像を巡らせているらしい彼女を微笑ましく眺めてから、アーチへ猫バッジを取り付けました。



「ほっほっほ」
　集まったギャラリーたちのもとを訪れたのは、本日もチャーミングなマイペースおじいちゃん。寝子島高校の校長先生、雨宮 草太郎さんであります。
「いよいよ、今年のアーチ看板がお披露目だそうだね、久保田先生。私も楽しみにしていたんだよ♪」
「え、ええ。はい、きっと校長先生にも気に入っていただけるんじゃないかなーって、あははは」
　ほっほっほっといつのもようににこやかな校長先生。彼にアーチ看板を見せるに当たっては、ポジティブな久保田 美和先生と言えども、ちょっぴりキンチョー気味だったり。
　とはいえ、
「あっ、センセー、こっちナノー！」
「はぁい、校長先生♪　きっと気に入ってもらえると思うわ」
　出迎えた御薗井 Ｅ セレッソ、早坂 恩の自信たっぷりな様子を見れば、みっちゃん先生の不安もいくらかやわらぐというものです。それに何より……みんなで一生懸命、頑張って作ったアーチです。きっと校長先生だって、気に入ってくれるはず！
　と、いうわけで。
　快く道を開けてくれた見物客たちの真ん中へ校長先生がやってきたところで、完成したアーチ看板を、ご披露ー！
「おお！　これはーっ……」
　校長先生、細い眼をしぱしぱ。ぱちくり。
「……ちょっと、暗いね。良く見えないな。明かりは無いのかな？」
　確かに辺りは暮れてきて、アーチ看板もその大きなシルエットだけが確認できるばかりで、細かいところは暗くて良く分かりません。
　待ってましたとばかりに、寝子祭実行委員長。壬生 由貴奈のかけ声！
「ふっふっふー。それじゃ、いっくよぉ～？」
　手元には、ケーブルを繋いだ大きなバッテリーボックス。そのスイッチを、由貴奈はＯＮ！
　その、瞬間に。
「……うわぁ……！」
　ほう、とため息まじり。誰の声だったのかは分かりません。
　ぱあっ、と、暗がりの中へ弾けるように、光が広がりました。

　正門を覆い隠すほどに大きな、見上げんばかりのアーチ。土台を組み上げたのは、御剣 刀、サキリ・デイジーカッター。
「思った以上に、良く出来たな」
「僕のノコギリさばきのおかげだね……あれ、夜海霧は？」
　それに、夜海霧 楓……役割を果たした彼の姿は、もはやこの場にはありませんでした。
　アーチの土台には、楓の発案で刀らが追加した飾り用の台座があり、その上では、修が作った暗号入りの人形たちが踊っています。ミステリ好きな来場者が気付いたなら、きっと楽しい気分にさせてくれるでしょう。
　サキリの描いた、あの奇妙な鳩も……ええ、鳩です！　賑やかに楽しく、がおーっと雄たけびをあげているかのよう。

　凛や、それに浅沼 柳司、十文字 若菜が彩色を担当したアーチのカラーリングはまさしく、サイケデリック！
「おお……これは」
「うん、思ったよりずっといい感じ……！」
　ピンク、グリーン、オレンジにイエロー……極彩色な幾何学模様が目を引く中に、光を浴びて透き通る、まるでステンドグラスの服を着たような、神秘的な人影。柳司と若菜が一緒に作った、あの人形です。
　踊るワイヤーの隙間を通り抜ける、美しい赤や青、黄色の彩光に見とれて、ついついぼんやり。ふいに、つ……と触れ合った、指先の感触。
「あ」
「っと」
　それはすぐに、ぱ、と離れてしまいましたけれど。お互いちょっぴり赤い顔を見合わせて、ふたりはくすり、笑みを浮かべます。

　アーチの随所には、色とりどり、形も様々なハートがたくさん！
　セレッソ作の藤色のハートは、恩が毛糸で作ったふわふわのぽんぽんによってリースのように囲われていて、何だか優しく包み込まれているかのよう。
　綾花の作った猫たちの抱えるハートの中には、蛍光塗料でぼんやりと光を灯す、『寝子祭』の文字。毛並みがハート柄の猫が、それを囲むように取り付けられていて、にゃんにゃんにゃんと楽しげです。隣では、凛のくっつけたハート型の風船だってゆらゆら、揺れています。
　真央はこのハート作りにひときわの情熱を注いでおりまして、アーチを飾るハートの実に半数近くが、彼女の作だったりします。虹のような七色のふわふわクッションハートに、ティッシュを束ねて作った薔薇をハート状に配置したり、カラフルなポスターカラーで直に描いてしまったりと、そのバリエーションも様々！
　そんな彼女たちの手腕には、どうにも舌を巻きつつも。
「みんなには、ちょっと敵わないけど。私なりに、頑張ったわよね？」
　桃川 圭花が見つめた先には、少々形はイビツではありましたけれど、それでも柔らかそうなふわふわハート型のクッションがいくつか。先ほど、真央に教えてもらいながらに作ったものです。
　その苦労を思い出すと、苦笑いが浮かびながらも……彼女の真価は実のところ、久保田先生が語っていたように、その色彩センスにありました。彩色や設置物のカラーバランスなどにまで踏み込んで指摘したのは、彼女だけ。
　そのことが大いにアーチ看板の完成度に貢献していたと思えば、圭花だってもちろん、誇らしい気持ちになれました。

　みんなが取り付けた飾り、『踊る人形』たちは多種多様、十人十色でありながらも、そこに込められた想いには、きっと共通するところがあったことでしょう。
　たとえば、高梨 彩葉と志波 拓郎の手になる、仲良く寄り添いあって踊る子猫と柴犬も。
「……彩葉、さん」
「うん……これからも、ずっとずっと。いつまでも一緒にいようね、拓郎♪」
　それは、大切な誰かを想う気持ち。手を握り締め、指を絡ませたふたりの姿は、多くのギャラリーに囲まれたこの空間においては、ありふれた光景ではあったかもしれません……けれどそんな彼らの寄り添うシルエットは、そのひとつひとつがどれもまぶしくて、あたたかくて。そんな、光に包まれているようにも見えました。

　そしてアーチの中央、てっぺんに据えられたオブジェが、今回のメインでありました。
　きらきら、ぴかぴか！
「おおっ、これはーっ！」
　今度こそ、校長先生はそれを目にすることができました。
　きらびやかでイカシた衣装は、毒島 虹子の渾身の一着。それを着て、びしっ！　腰をひねり、指先を天へと突き上げ、フィーバー！　なそのお姿……恵御納 夏朝が丹精込めて作り上げた、ダンシングソータロー人形！　頭はもちろん、ぼぼんっと爆発的に広がるアフロです。
　それだけでも出来が良いのに、そこからが由貴奈の腕前の見せ所、真骨頂でありました。
　何とソータロー人形、くいくいと腰をひねり、腕を振るってくるり、くるくる。ノリノリで、ダンシング！　本当に踊り始めてしまいました。傍らでは、ユキとこしあんとイーピン、それに修の愛猫ブラックをモデルにした、四匹の子猫たちも一緒に、くるくるぴょんぴょん！　さらにはその後ろで、虹子が作った人形たち、全員校長先生がモデルの素敵で楽しいバックバンドがギターをかきならし、ドラムを叩き……もうこれでもかと、賑やか！
　モーターを仕込んで可動するようにしたことに加えて、全体にも色とりどりの電飾が明滅してぴかぴか、宵の口に差し掛かった正門前は、まるでライブ会場のよう。
「こ、校長先生？　い、いかがですかー……？」
「……す……」
　何やらぷるぷる、肩を震わせ始めた校長先生のお顔を、みっちゃん先生がおそるおそる覗き込んでみますと……。
「すばらしいぃぃぃ～～～っ！！」
　これは……感涙！　感激の涙です！
　おんおんと涙を流して喜んでくれた校長先生に、夏朝、虹子、それに由貴奈も顔を見合わせまして、
「……やったね」
「ええ、完璧ですわぁ！」
「みんなのおかげだよぉ。ありがとうねぇ」
　ぱち、ぱちん、ぱちり！　と、ハイタッチで互いを称え合いました。



「それじゃ撮るのだ～！」
　タイマーをセットしたデジカメを置いたら、真央はしゅたたたた！　とアーチの前へ。
　制作に携わった全員と、校長先生も顔を揃えての、記念撮影。
「みんなにっこり笑うのだー、３・２・１！　はいっチーズ！！」
　ぱしゃり！
　後日、彼らの元へと届けられた一枚の写真は、寝子祭を彩る素敵なワンシーンとして、鮮明な思い出をフレームの中に留めておいてくれるでしょう。
　アーチ看板作りは、無事に完了！　いよいよ、始まります……たくさんの想いを編んで作り上げた、とっておきの寝子祭が！