【ＶＳ　ヨシヒロ・ジ・アックア】

　最深部ではズボンのお尻が少し破けた水の四天王が水の精霊を象った石像にお祈りを捧げていた。
「おお、アックア様……！」

「って、桐島じゃねーかっ！」「って、桐島先生じゃないですかーっ！」

　握 利平と屋敷野 梢はほぼ同時に突っ込んだ。
　ヨシヒロ・ジ・アックアは彼らの学校の数学教師である桐島 義弘教諭に大変よく似ていたのである。
「義弘先生……」
　ただ宮祀 智瑜だけがぽぅっと何かに見とれるように少し切なげに呟いた。
　さて、一方のヨシヒロ・ジ・アックアはというと、
「……む、侵入者か？」
　三人の出現に慌ててズボンの裂け目を隠すように立ち上がると、腕を組んで祭壇の上から三人を睥睨し、

「先生？　何のことかはわからんが、私のパンツを見たものを生かしておくわけにはいかん！」

　と言った。
　正直、意味がわからなかった。

「つか、別に見てねーし、見たくもねぇよっ！」
「……っていうか、先生、あんなキャラでしたっけ？　ああ、まあだいたいあんな感じでしたっけねー」
　利平は理不尽だと言わんばかりに握り拳を固め、梢はうろんげな目で投げやりな口調を隠そうともせずに言って、

「……つまり義弘先生を押し倒せばいいんですねっ！（幻聴」

「「ええっ！？」」

　智瑜の予想の斜め右上過ぎる発言に二人が一斉にドン引いた。

「ええいっ！　ごちゃごちゃうるさい！　私のパンツを見た者にはあまねく死を！」
　と、次の瞬間、ジ・アックアはクイッと中指で眼鏡を持ち上げると、そのレンズ部分からビームを発射してきた。
「……っ、眼鏡ビームって、それネタの世界だけじゃねぇのかよっ！？」
　律儀に突っ込みつつ、利平は転がるようにして気合いでビームを回避した。
「なんか妙にパンツこだわってますねー……。きっと見られたら困るような凄いパンツ穿いてるんじゃないでしょうかー」
　梢は蝶の翅で空中に逃れつつ、状況を冷静に分析する。
「……すごいパンツ（ｺﾞｸﾘ」
　智瑜の生唾を飲み込む音が聞こえた。
　かくして、ジ・アックアのパンツを見よう作戦が開始される！
　しかし、敵もさるもの。なかなか上手く後ろをとらせてはくれない。
「……ちくしょう。無駄に強いじゃねーか……」
　利平は円を描くように動いてビームを回避しながら、ジ・アックアの背後にまわろうとした。
　すると、
「ムッ、私の後ろに立つんじゃない！」
「おうわっ！？」
　ジ・アックアはすぐさま武器を近接戦闘用のツイン三角定規に持ち替えて、利平に殴りかかってきた。ジ・アックア、やはりパンツに異常なこだわりがあるようだ。
「これはいよいよ間違いありませんねー。みなさんこうなったら意地でも桐――もといジ・アックアさんのパンツを覗き見ちゃいましょー！」
　梢は宙を舞いながら、仲間にそう作戦指示を出した。
「おのれ、ちょこまかと！　眼鏡ビーム！」
　すると、ジ・アックアが再び眼鏡からビームを連射する。
「ひゃっ！　わっ！　ちょ、ちょっとっ、桐島先生、危ないじゃないですかーっ！」
「私は桐島センセイなどではないと言ったっ！」
　パンツの話題に逆上したのか、ビームの本数が増えて流れ弾（ビーム？）の数も増えていく。
「きゃあっ……！？」
　と、そのうちの一発が、こっそりとジ・アックアの後ろを取ろうとしていた智瑜の胸のあたりを掠めていった。幸い、体に直撃することはなかったが、ただでさえ心許なかった衣装の胸の部分が破けて、ほとんどトップレス状態になってしまう。慌ててクッションに身を隠すが、それはかなりきわどい状況だった。
「「……っ！？」」
　その光景にやはり男性陣――利平とジ・アックアは一瞬気を取られてしまう。
「……隙ありですっ！」
　と、そこで、ここぞとばかりに梢が《バタフライ エフェクト》による風の嵐を叩きつける。
「ぬっ……！？」
　ジ・アックアは踏ん張って風に耐えた。が、その反動か、ズボンの裂け目がピリピリと広がっていく！　これで柄が見えそうだ！
「ふふっ、さあチェックメイトの時間ですよー。いったいどんな凄いのを穿いて……って水玉ぁ！？」
「かわいいーですー！」
　ついに白日の下にさらされたジ・アックアのパンツに梢が声を裏返し、智瑜が歓喜の声を上げた。
「おいおい。マジかよ。てっきりおしゃれなボーダーパンツかと思いきや……」
「その年齢じゃ女性でもはかないと思いますよ！？」
　あまりの驚きに利平と梢の容赦ない（無自覚）言葉がジ・アックアに投げつけられる。
「くっ、私のパンツを侮辱するとは……！　もう我慢ならん！」
　と、ジ・アックアはまたツイン三角定規を装備して怒りの反撃に出ようとする。
　そこに智瑜が「えいっ……！」と大きなカボチャのクッションを投げつけた。そんなことをすると、一瞬胸が完全にあらわになってしまうおそれがあったのだが、そこは（でもヨシヒロさんなら見られても///）というちょっと大胆な乙女心ゆえんの行動であった。もちろんほかの男には絶対に見られないように位置計算は完璧だった。
「くっ、なんだこのカボチャは……！？」
　と、そんな智瑜の捨て身（？）の一撃は効を奏し、クッションはちょうどよく定規にのしかかるようにして、ジ・アックアの行動を阻害する。
「宮祀さんナイスですよ！　ここで一気に畳みかけちゃいまーす！」
　そこにさらに梢が蝶をけしかけて、一気にダウンバーストっぽい現象を発生させる。
「ぬっ、ぬおおおおおおっ……」
　そしてついにジ・アックアはすっころび、ズボンが脱げた。何故か、ズボンだけでなくシャツと上着も脱げて、水玉パンツ一丁になった。
「きゃーっ！」
　と、智瑜は顔を赤くして両手で顔を覆ったが、指の隙間からバッチリ見ていた。ガン見だった。
「お、おのれっ///」
　と、ジ・アックアの顔がみるみるうちに真っ赤になっていき、その動きが鈍る！
「今です、握くん！　やっちゃってください！」
「よしきた！」
　と、ここで黒一点でありながらボス戦においてこれまで活躍らしい活躍のなかった利平の面目躍如の瞬間が訪れた。
「桐島――いや、ヨシヒロ・ジ・アックア！　お前も男なら、俺と拳で拳で決着をつけようじゃねーか！」
　言って、利平はおもむろにバサッと服を脱ぎ捨ててトランクス一丁の姿になった。
　ちなみにそれは

こんな柄
　だった。
「なにっ……！」
　ジ・アックアは目を剥いた。
「ちょっ、い、いきなり何脱いでるんですかーっ！」
　梢から抗議の声が入るが、もはや利平の耳には彼女の声は何も聞こえていない。
「……全ての服（ただしパンツを除く）を脱ぎ捨てることで、一度だけ発動できる俺のもう一つのスキル《光速パンチ》、受けてみやがれぇえええええっ！」
「……面白い！　やられるまえにやりかえす、返り討ちだ！」
　刹那、利平とジ・アックアは聖堂の高い天井近くまで一気に飛び上がると互いに激突――そして大きな音を立てて爆発した。

〔NOTICE〕
ﾆｷﾞ ﾘﾍｲ――ｾﾝﾄｳﾌﾉｳ

「ヨシヒロさぁあああああああああああああああああんっ……！」

　空中で爆発したジ・アックアに向かって、智瑜が涙目で叫んだ。利平はそっちのけだった。智瑜はちょっとマジ泣きだったが、泣きたいのは天国の利平の方だったかもしれない。死んでないけど。
「……えーと、さすがの私もちょっとどこから突っ込んでいいのかわからないんですが……。とりあえず宮祀さんはどっちの味方なんですー？」
　ちょっとノリについていけなかった梢が光のない目で一部始終を見届けながら言う。
「もちろんヨシヒロさんです！」
　智瑜は即答だった。
「ですよねー」
　梢はもう棒読みでそう応じるしかない。
　ほどなくして聖堂の勝利のファンファーレが響きわたった。
　そんな二人の頭上からひらひらと一枚の水玉パンツとトランクスが。
「……まあ、ダンジョン攻略は楽しかったからいいんですけどね。じゃあ、帰りましょうかー。どうやって帰るのか、しりませんけどー」
「あ、ヨシヒロさんのズボンを縫い終えるまで待ってください！」
「……あ、はい、どうぞごゆっくりー」
　梢は疲れたようにそう言って深く息をつき、ジ・アックアのドロップアイテム（水玉パンツ）をしっかり回収している智瑜に見て見ぬふりをしてやるのだった。

　かくして、水の四天王ヨシヒロ・ジ・アックアは一人の漁師の貴い犠牲を払って、この世界から駆逐されたのである。

〔NOTICE〕

　episode.2 mission clear!