悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

Deux.

　ルーアンの町を見下ろすようにそびえるル・ブーヴルイユ城。重罪人の牢獄でもあるため、警備兵の雰囲気は物々しかった。
　尾鎌蛇那伊は、昼間のうちに城塞の下見に来ていた。怪しまれない程度に見張りの巡回ルートなどを把握している―――つもりだったが、筋骨隆々の大男はどうしても目立つ。番兵の視線を感じ、蛇那伊は適当なところで下見を切り上げた。
「できれば、門の見張りが交代した直後に動くのが理想的ね」

　蛇那伊は、城の裏手の森に戻った。ジャンヌ救出班の面々が、夜の作戦決行に向けて準備をしている。
　どこからか拾ってきたらしきクロークを土やほこりで自然に汚しているのは鈴野海斗だ。さらに顔や手足もほこりまみれにし、ポケットには小石をいくつか。
「あとは、どっかからミセリコルデ（鋭利な短剣）と棍棒を失敬してくれば完璧だべ」
　御剣刀の方は、丈夫で長い紐を持ってきた。
「番兵は殺さずに無力化するにとどめたいな。殺すってのは気分が悪い。ここは俺の戦場じゃない、そこまでやろうとは思わない」
　刀は、夜の闇に紛れられるように黒っぽい服で全身を包み、音を立てないように靴に布を巻いている。
「突入するときはチームワークが大事だべ。でも、声は出せないから、ハンドサインで意思疎通するっちゃ」
「なるほど、いい考えだな」
海斗の提案に、皆が賛成した。『進め』『注意せよ』『待機』などなど、海斗は全員に簡単なハンドサインをひととおり教えた。

「それは何だい？」
「50口径フルオートマグナム銃のエアガンです」
「へえ、危なくないのかい？」
「弾は生分解性プラスチック、いわゆるBB弾。死ぬことはありません」
　ナタリア・シシロヴァはエアガンの調整をしながら、ニコ・ライニオの疑問に答えている。ナタリアはエアガンを構えて言った。
「憎きアメリカのマグナム銃をモデルにしたガンです。不本意ですが、破壊力は折り紙つきです。エアガンとはいえ遊びではありませんよ、私の能力を使えば」
「あの甲冑にも対処できるのかな？」
「むろん考えています―――銃の発展とともに、西洋風の甲冑は姿を消しました。人が着て歩ける程度の重量と強度には限界があります。甲冑装備の者と対峙するのは初めてですが、甲虫のようなものでしょう」
「なるほど、君は頼りになりそうだ」
　そういうと、ニコはそっとナタリアの手を取り、微笑んだ。
「ナタリアちゃんに幸運がありますように」
　ろっこん〈赤き竜の加護〉は、本人の自覚なしに発動された。ナタリアは、すました顔で答える。
「スパスィーバ（ありがとう）」

「とりあえず、ジャンヌを救出しなきゃ始まらないからここに来たけど……道中、何があるかわからねえしな」
　吉祥寺黒子は、ひとまず自分にできることを考えた。
「おい、尾鎌に御剣、鈴野にニコ、それにナタリア！『幸運』な俺がついてるんだ、体張って行けよ！」
　黒子はそう言って「幸運」の入れ墨の入った舌を出す。ろっこん〈ラクシュミーの寵愛〉を使ったのだ。
「ありがとう。僕からも、黒子ちゃんの幸運を祈るよ」
　ニコは礼代わりに微笑むと、黒子の手を取った。