悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

　城門の番兵が無力化された隙に、2つの人影が場内に滑り込んだ。先頭に蛇那伊、そして彼の巨体の背後に隠れるように、刀が続いた。静かに、かつ速やかに牢獄の入口へと向かう。
　蛇那伊は完全に気配を殺し、周囲の闇と自分を同化させている。刀の方も布を巻いた靴のおかげで足音ひとつ立てない。ついでに、刀は近くで燃えていた松明を消し、わずかでも光を消しておいた。
2人は番兵の死角に入る。牢獄入口の番兵はまだ潜入者に気づいていない。髪を束ね直し、足音を立てずに2人の後に続いた海斗は、刀の出したハンドサインを確認する。「注意を引いてくれ」―――海斗は、用意した小石を仲間の逆方向に投げる。
「何だ？」
　小石の音に番兵が気を取られた瞬間、蛇那伊の腕が片方の兵士の首に伸びた。気づいたときには、彼は首を押さえられていた。鎖帷子で首を守っていたが、蛇那伊は瞬時に隙間の場所を見極め、指を通したのだ。さらに、もう片方の手で兵士の口を封じ、声を出せないようにする。
　あとは簡単だった。気道を押さえて窒息させるのではなく、頸動脈を押さえて脳に血が上らないようにして、最速で意識を失わせるのだ。
「―――何者だ！」
　もう一人の番兵が、侵入者の姿を認め、剣を構えた。が、彼が見た景色はそこで途切れた。刀がろっこん〈加速〉を発動、目にもとまらぬ速さで首元を攻撃したのだ。武器は靴下に石を詰めて作った即席の鈍器。甲冑の薄い部分を２，３度殴られ、番兵は気絶した。

　ジャンヌ救出班は牢獄入口までを突破する。要した時間は2，3分か。牢獄内に突入するのは、海斗と蛇那伊の二人だ。

　一方、刀の方は用意してきた紐で、気を失った兵士たちの手足を縛り、猿轡をして物陰に隠す。そして、一人の兵士の甲冑をはぎ取って、番兵に化けた。ほかの持ち場にいる兵士に備え、刀と黒子、ニコとナタリアは二手に分かれ、牢獄の外を見張った。

「おい！何か物音がしたようだが？」
　暗闇の中、番兵の格好をした刀は一人の兵士に声を掛けられる。
「異常はありません！」
「本当か？重いものが落ちるような音が聞こえたが……」
　兵士は刀の言葉に構わず近づいてきた。
「まずい！」
　黒子は、いざというときのための打ち合わせ通り、囮としてあらぬ方向へかけだした。
「曲者！奴は俺が追う、陽動の可能性があるからあんたは自分の持ち場を確かめてくれ！」
「ま、待て！」
　番兵は黒子と刀を追い始める。番兵をまいた2人は、牢獄付近から一時的に人を引き離すことに成功する。

　その頃、牢獄の建物の反対側。
「まずい、一人近づいてくるよ……」
　腕っぷしに自信のないニコだったが、ナタリアが前に進み出る。
「相手が一人だけなら、ついています。私が対処します」
　ナタリアは、あまり機敏とは言えない動作で、わざと兵士の視界に姿を現す。
「貴様、女か！」
　勢いづいて剣を抜く番兵。しかし、それはナタリアの罠だった。体術の心得はあるものの、相手が成人男性の騎士であれば不利になる。女であることを武器にして、相手の油断を誘ったのだ。
　ナタリアは駆け寄ってくる相手の足元にエアガンを乱射した。体を狙っても盾で弾かれるかもしれないからだ。番兵は足に激痛を覚え―――ろっこんの効果だ―――たまらず転倒する。重たい甲冑が枷になったところで、脳天に一撃。
「お見事……」
　ニコの言葉にも、ナタリアは嬉しそうな顔をしない。地面に伸びた兵士を前に、またため息をついた。心底アメリカ銃に頼るのが嫌なのである。