夜半、冷たい秋雨はさらに強さを増した。
「……市子さん。こないだのことだけど」
桃川 圭花は、傍らを歩く
獅子島 市子に話しかけた。
「あの築地君とかいう子が言ってたこと、本当なのかな……」
「あたしも、同じこと考えてたよ……」
二人が言うのは、つい先日中世のフランスにタイムスリップし、ジャンヌ・ダルクの戦いに巻き込まれた時の話だ。戦いの後、不思議な少年、築地 哲の言っていた言葉。
(歴史を、人一人の運命を変えることの重みはどれだけのものか。一つ、君たちの覚悟の程を見てみたくなった)
(希望する人には、後ほど1431年にご招待しよう―――ジャンヌ・ダルク処刑の年だ)
重たい沈黙が二人の間に流れる。
「あの言葉が本当なら、またタイムスリップするはずよね」
「ああ―――あいつはよくわかんねーヤツだけど、出まかせ言ってる感じでもなかった」
その時である―――二人は、いつか経験した奇妙な感覚に再び襲われた。目の前に見える白い光、ぼうっとした浮遊感。この間、1429年のオルレアンに飛んだ時と同じ感覚だった。言葉を交わさないうちに、二人は確信を持った。
「―――来たのね、『その時』が」
「きっと、そうだ―――圭花。行く覚悟は、できてるか?」
※
1431年5月24日、パリの北西に位置する町、ルーアン。
ジャンヌ・ダルクは、裁判長であるピエール・コーション司教の眼前に進み出た。
「これまでの審理に基づき、ジャンヌ・ダルクはこの宣誓書に署名することで、罪一等を減ずる―――」
コーションは厳かに宣言する。しかし、ジャンヌには彼の思惑はわかっていた。
(字を学んで欲しい。きっと君の力になる)
2年前に彼女の名をフランス全土に轟かせたオルレアンの戦場で、不思議な青年が言っていた言葉が蘇る。この卑劣な司教は、農民の娘は文字を知らないものと見くびって、罠にかける気だ。そうはさせない―――この2年間で、時間のあるときにフランス語の読み書きを覚えたのだ。ジャンヌが自信を持って宣誓書を目にした時。
ジャンヌは衝撃のあまり、渡された羽ペンを取り落とした。
「これは―――」
「ラテン語だよ。公式な文書だから、すべてラテン語で書く決まりとなっている」
「……ここに書かれている内容は?」
「これまでの審理の内容をまとめただけだよ。……署名できないのかね? 困ったことだ、君を助命するには署名は必須なのに……」
コーションは唇をめくらせて笑った。
汚い―――でも、署名しなければ命はない。ジャンヌは、震える手で羽ペンを取った。
※
「恐れていた事が、起きてしまったか……」
ほぼ同時刻、フランス・オルレアンの城内で、ジャン・ド・デュノワは険しい顔をしながらパリからの知らせに目を通していた。
イングランドの捕虜になっている彼の異母兄・オルレアン公シャルル。その解放交渉が、イングランド側から打ち切られるかもしれないと警告するものだった。
「仮にも兄はオルレアン公の地位にある。外交の切り札として簡単には切れないと思っていたが―――」
ジャンヌ・ダルク釈放を画策するデュノワの裏工作は、イングランドにとってそれほど目障りだったのか。異母兄不在の間、オルレアン公家の屋台骨になっているデュノワに、軽率な行動はできない。彼は、自分の手足ががんじがらめに縛られるような感覚を覚えていた。
絶望的な気持ちで、わかりきった偽りの文書に署名するジャンヌ。
ルーアンでの裁判の行方を注視するほかなくなったデュノワ。
場所を超え、二人は同時につぶやいた。
「神よ、やはり運命は変えられないのでしょうか―――」
皆様こんにちは、三城俊一です。
マスターにとっても、まさかの続編となった本シナリオ。今回は、火刑台で非業の死を遂げるはずだったジャンヌ・ダルクの救出が目的です。
前回シナリオ「悠久の時の彼方へ~オルレアンの少女」の続編にあたります。前回参加者優先となりますが、リアクションを一通り読んで頂ければ、前回不参加者でも不利になることはないでしょう。なにかの間違いで15世紀のルーアンに飛ばされたものとします。
それでは、前にも増して長いマスコメになりますが、ご容赦の程を。
○舞台
時は1431年5月29日、ジャンヌ・ダルクの死刑が確定し、処刑が行われる前日。
場所はパリ北西に位置する町、ルーアンにあるル・ブーヴルイユ城です。ここの地下牢に、ジャンヌは幽閉されています。
○「ゲームクリア」の条件
・その1
PCは5月29日の朝にルーアンに送られ、翌朝までに密かにジャンヌを地下牢から救出しなければなりません。これが第1のミッションです。これだけなら、みなさんの力で十分に可能でしょう。しかし……
・その2
イングランド側も甘くはありません。面目を保ち、市民に見せつけるため、ジャンヌをとり逃がしたイングランド側は替え玉を用意し、代わりに火刑に処することでしょう。ジャンヌが救出された場合、微罪で投獄されている姿かたちの似た孤児・マルグリットが処刑されます。
残酷ですが、血を流すことなく歴史に干渉するのは、それだけ難しいことなのです。
「その1」「その3(後述)」のみのクリアでもジャンヌは助かります。しかし、代わりに一人の孤児の命が失われます。寝覚めの良い結末のためには、替え玉を助けた上で、処刑人・立会人、そして民衆の目を欺き、「ジャンヌ(替え玉)は火刑に処された」と認識させる必要があります。
・その3
そして、救出後のジャンヌをオルレアンまで送り届けなければいけません。オルレアン解放戦で共闘したジャン・ド・デュノワの元に連れて行けば、後は彼が責任を持ってジャンヌを匿ってくれます。
馬で1日ほどの距離を、誰にもわからないようにジャンヌを護送するのが後半のミッションです。
※注意
整理すると、この物語は以下のような分岐モノになります。
・その1、またはその3が失敗した場合→ジャンヌ処刑
・上記が成功しても、その2が失敗した場合→マルグリット処刑
・すべて成功した場合→誰も死なない
誠に勝手ながら、参加者の皆さんは「その1」「その2」「その3」のいずれかの参加とさせていただきます。「その1」が成功すればその後も描写できますが、残念ながら「その1」が失敗した場合は、残りの方のアクションは「実現できなかった空想」として描写されます。
「本当のハッピーエンド」のためには、はっきり言ってかなり難易度は高いです。
○ジャンヌのいる地下牢
石造りの堅牢な城塞です。門にいる番兵2名、地上からの入口の番兵2名を突破して建物に入ります。ジャンヌが閉じ込められているのは地下2階くらいの深さの牢獄で、鉄格子がはめられ、錠がかかっています。やはり2名の看守がいて、錠の鍵を持っています。
直接相手にする敵は上記の6名(いずれも甲冑を着、剣と盾で武装しています)ですが、大きな騒ぎになると城内のほかの兵士がやって来るので、気を付けましょう。
○ジャンヌの処刑
処刑は、1431年5月30日、午前8時から執行される予定です。段取りは、広場にある火刑台に登らされ、まきを積まれ火をつけられるというものです。
○オルレアンまでの道のり
地下牢からジャンヌを救出しても、ルーアンの町自体がイングランドの占領下にあります。怪しい者はすぐにイングランド兵に呼び止められてしまいます。
さらに、ルーアン市街地を出てパリ方面に向かう道にある関所が、文字通り最大の関門です。偽造の通行証だけは築地が用意してくれましたが、番兵は疑って尋問してくるでしょう。ここの番兵をどうにかして欺き、ジャンヌをフランスの支配地域に脱出させましょう。
○NPCについて
①築地 哲
前回から出ている謎の少年。PCたちを過去に導き、情報だけ与えて後は干渉しません。歴史を変えようとする存在との戦いも、今回はないので、ただ見守っています。歴史を大きく変えそうなことをすると、修正に動くかもしれません。
それから、前回同様、言語の壁は築地が何とかします。
②マルグリット
身寄りのない孤児で、たまたまルーアンの地でパンを盗んだ罪で牢獄にいて、たまたまジャンヌに瓜二つの姿をしています。この世に絶望しており、ジャンヌの代わりに処刑されることになっても従順に従います。
③ジャン・ド・デュノワ
前回シナリオでは、はじめジャンヌを疑いながらも共闘する決断を下しました。考え込みやすい懐疑主義者ですが、騎士道精神も持ち合わせた男です。
それでは、皆様のご参加お待ちしております。
ジャンヌの運命を変え、ハッピーエンドを実現する、よく練られたアクションを期待します。