悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

「ひとつ、築地くんに聞いておきたいことがあるの」
　北原みゆきがおもむろに手を挙げる。
「今から2年前のオルレアンでの出来事―――そこでは、神の奇跡なんてなかった。あれは、全部私たちがしたこと……ジャンヌさんにオルレアンに行くように啓示したのはあなたなの？」
「ドン・レミ村でジャンヌが聞いた神の声については、僕も真相はわからない。これだけははっきり言おう―――僕は別に歴史上の出来事を１から10まで仕組んだりはできない。歴史を歪めようとする存在に対して、その行いを止めているだけさ」
「ふーむ……」
　完全に信用はしないが、ひとまずみゆきは矛を収める。
「哲さんと歴史のかかわりについては、ワタシからも言いたいことがあります」
　ここで声を上げたのは、クルジッカ・ヘルマゴルだ。
「ワタシは、基本的に歴史を遵守します。ただ、以前の哲さんの発言からすると、ワタシ達の存在は誰かに改竄された歴史の上に成り立ってるのかも……」
「改竄というより、僕たちの干渉の結果矯正された歴史、と言った方がいいかもしれないね。そうすると、僕は『正しい歴史』というよりは、『自分たちに都合のいい歴史』を守るために戦っていることになる。だからこそ前回、クルジッカ君の言葉には答えられなかった―――ところで君、足は大丈夫かい」
　哲はクルジッカの足先を指さした。さっきから、彼女はうずくまって右足の指先を抑えたまましゃべっているのだ。
「柱の角に足の指をぶつけて悶絶してたところで、ちょうど飛ばされたのです……痛た……。とにかく、そういうことなら『正しい歴史』にこだわるのはナンセンスとも言えますね」
「そう―――だからこそ、僕は禁忌を破る決断をしたのさ」
「何にせよ、ワタシ達の行動に巻き込まれたマルグリットさんは被害者。助ける責任があります」

「今、あんたは大事なことを言ったな」
　次に言葉を発したのは桜崎巴である。
「ジャンヌ救出に動いてたやつらのことは知ってたが、本当に救出の布石を打っちまうとはねぇ……。そういう事ならあたしも多少は協力してやろうじゃないかい。ただし……他のやつが犠牲になるような結果はナシ、だ。マルグリットが処刑されるくらいなら、そん時ゃジャンヌを突き出させてもらう。いいね？」
　反対意見は出なかった。マルグリットは無関係だし、巴のいう事は正論だ。なんとしても、ジャンヌとマルグリット両者を助けなければならない。

　一方で、状況をまだ飲み込み切れていないメンバーもいた。
「わたし、すごく昔の世界にきちゃったんですよね。どうして、ジャンヌっていう人は殺されそうなんですか？」
　ミルカ・アハティアラはまだ小学3年生、状況がすぐわからないのも無理はない。
「かみくだいて説明しようか―――」
　英雄ジャンヌが捕らえられ、処刑されるまでのいきさつは、逆巻天野が進み出て説明した。
「そうなんですか……わかりました、わたしにできることをします！でも、お兄さんはどうしてそんなに詳しいんですか？」
「この時に備えて、あらかじめジャンヌの処刑について調べておいたんだ」
　天野は表情も変えず、そっけなく答えた。

　しかし―――気を引き締める一団から、赤毛の少年が一人そっと離れていくのには、だれも気づかなかった。
「これが、歴史のしわ寄せか……」
　灯斗南の足取りは重かった。歴史に介入してどんな影響が出るのか。下手をするとこれ以降の歴史は全く違ったものになり、自分達も消えてしまうかもしれない。
「これ以上歴史にかかわって、現代がどうなってもいいのか？」
　斗南は虚空に向かって問い掛ける。でも、放っておいても罪のない少女が犠牲になる。僕は―――どうすればいいんだ？
　斗南は一人になりたかった。ルーアンの町の方面に歩いていくと、人の気配のない東屋がある。彼は、そこにはいったきり出てこなかった。

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