悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

Prologue.

　暗い地下牢の中を照らしているのは、一本の松明だけだった。
　鉄格子の内側に閉じ込められたジャンヌ・ダルクは、静かに祈りをささげている。この日の昼、ジャンヌは異端として死刑の宣告を受けたのだ。
　獄中の過酷な生活と、裁判での非道な尋問で疲れ切ったジャンヌには、泣きわめく気力も残っていなかった。ただ、自分の運命の過酷さに打ちひしがれるのみだった。
　だが―――彼女には、一つよりどころがあった。ジャンヌは一枚の紙切れを取りだす。2年前、オルレアンの戦場で出会ったニコ・ライニオという不思議な青年。彼が謎めいた言葉とともにくれた手紙だった。

「この手紙を読んでくれているということは、文字を学んでくれたんだね。僕の言葉を聞いてくれてありがとう。どんな苦難に対しても前を向く君の、力になれていたら嬉しい。遠く離れた場所からでも、君の幸せを願っているよ」

　受け取ったときも、字を学んで内容を読んだ時も、意味は分からなかった。しかし、イングランドの捕虜になってから、ジャンヌは彼の言葉の意味を思い知ることになった。ジャンヌの裁判では、彼女が文盲であることにつけこんで陥れる罠が仕掛けられていたのだ。
　結果的には罠から逃れることはできなかった。でも、確かにニコの予言は当たっていた。あの卑劣な司教が一枚上手だっただけだ。
ジャンヌは、オルレアンで出会った他の仲間たちの言葉も思い出す。皆、ジャンヌのその後の運命を知っていたのだろう。彼らは異国から来たなどと言っていたが、本当は何者だったのだろう。
　インクのあせかけた手紙を見ながら、ジャンヌは思う。常識では説明できない出来事を、自分は確かに経験したのだ。その証拠が、この手紙だ。最期の瞬間まで、再び奇跡が起きることを信じよう。今できることは、それだけだ。

　孤児マルグリットは、微動だにせず監獄の壁を眺めていた。頼る身寄りもなく仕事もなく、空腹のあまり一切れのパンを盗んだ。その結果、鞭打たれた挙句牢屋に放り込まれた。
「どうして、あたしばっかり―――」
　生まれてこの方、ろくなことがなかった。お城に住んでる王様もお姫様も、同じ人間のはずなのに。神様は不公平すぎる。
　看守の兵士から、ジャンヌとかいう魔女がもうすぐ火あぶりにされると聞いた。自分と瓜二つの容貌なのだという。
　その子も、きっとまだ死にたくはないだろう。死にたくない子が死んで、もう人生なんてどうでもいいと思ってるあたしは生き延びる。別に、あたしが代わってやってもいいんだけど。マルグリットは、そんなことをぼんやりと考えていた。

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