悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

Neuf.

　再び、物語の舞台は5月29日朝に戻る。救出したジャンヌ・ダルクをオルレアンに護送するグループも、準備にとりかかろうとしている。
「脱獄後は、警戒される前に街を出るぞ」
　作戦を考えているのは八神修だ。
「物資の運搬を装って、荷台にジャンヌを乗せよう。馬車や積荷、もろもろの準備が大変そうだが、一番確実だ」
「きっとこの時代のお金が必要になるでしょう。私の指輪やグラスチェーンなら、お金に変えられるかもしれません。ネックレスにもなる天然石です」
　仲秋薫が、自分の身につけている装飾品を示しながら言う。
「各自協力して、資金を集められるといい。俺の腕時計も、馬車を借りる対価にできるだろうね。機械式時計自体はこの時代にもあるから、新型だとでも言っておけば」
　修が言うと、横から桜崎巴が発言した。
「この時代の通貨を手にするには、別の手段もあるよ」
　怪訝な顔をする皆に、巴は自分の持っていた100円玉を見せる。
「現代日本の硬貨も貴金属には違いない。硬貨を出し合ってもらって、あたしは貴金属商あたりを探すよ。磨いて汚れを取っとけば、そのままでも使えるんじゃないか。修達が馬車調達で交渉するとき、足りなかったらね。『酢につけりゃもっと綺麗になる』とかいって期待させるのさ」
「資金は思ったよりなんとかなりそうだな―――まずやるべきは、ジャンヌ救出班に合流場所を伝えておくこと。それから、地図と方位磁針は真っ先に買わないと。追っ手の集中を防ぐために、一旦ルアーブルに向かい、ルーアンから離れたあとオルレアンに向かおう」
　修達は作戦を整理し、皆で共有する。
「史実は変えず事実を変えに―――さあ、行こう」

　めいめい自分のすべきことをするために散ったジャンヌ護送班を、築地哲は黙って見送った。静観者を決め込み、お手並み拝見と行こうか―――そう思ったとき、不意に哲は呼び止められる。
「築地―――あんたに渡してーモンがある」
　獅子島市子は、そう言って折りたたまれた手紙を差し出した。
「すまないが、ここから先は君たちにすべて託すつもりだ。手出しはしない」
「あんたの腹積もりは分かった上さ」
　手紙を渡すと、市子は去る。哲が手紙を開くと、中にはこうあった。

「二人のジャンヌが生きてまみえられぬ折は、聖女生還を道々で広める所存。
　ついては、邂逅を見取りがてら協力をお頼みしたく……
　我、聖女の使命も将の義務も持たざる若輩にて、
　目の前の理不尽を認められず此度の所業に至れり。
　されど、貴殿はいずれをも併せ持ち、
　なればこそ我らを招聘せしものと心得ん。
　故に―――もう一人のジャンヌを逃がす手並みに不足ありしとき、
　無辜の娘たちを救うべく何卒手を尽くされたし。
　何卒―――」

「……」
　哲は黙って考えていた。哲が提示したジャンヌ護送の任務のほかに、彼らは「マルグリットの護送」までも手を回し、成功させる気か―――少々、彼らを甘く見ていたようだ。
「マルグリットさんのことで、何か頼まれたのかな」
　哲は声のした方を振り向いた。日暮ねむるが、微笑みながら立っている。
「ジャンヌさんのために偽造の通行証を一枚くれたけれど、もう一枚マルグリットさんのも頼めないかな？」
「……」
「甘い考えなのはわかってる。けど僕は、彼女こそ助けたいんだ。頼むよ、もう少しだけ力を貸してくれないか」
　少し考えた後、哲は答えた。
「マルグリット護送についてまで気を回すとはね―――分かった。高くつきそうだが、君たちの熟慮に免じて、ね」

「胡椒を少々持っています。換金できませんか？」
「どれどれ……なるほど、たしかに本物。しかも良質のようだ。銀を用意しよう」
　間宮芽瑠は、行商人から銀貨を受け取った。買い物で持っていた香辛料が役立った形だ。
「変装用の衣装と鬘を二人分、これで足りるかな……。残った香辛料は、輸送物資に積んでもいいわね。関所の役人も香辛料は『大好き』のはず」
　芽瑠が言うと、一緒にいた薫が街を見回す。
「物資以外に、長い棒を調達できないでしょうか。棒術の心得がありますから。箒の柄か何かで十分です」