悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

　ジャンヌ・ダルクの処刑は、途中で一度火の勢いを減じて遺体を確認することまでやったという。復活を恐れ、ジャンヌが確かに死んだことを民衆に示したのだ。ここで偽装が感づかれてしまうおそれがある。北原みゆきは、この瞬間に備えて、ひと騒ぎ起こす段取りを仲間に伝えていた。

　処刑の責任者らしい男が合図をだし、助手たちが火刑台から薪をよけ始めた。火を一旦止める気だ。兵士や民衆の目をひきつけなければ。
　みゆきは迷わず、警備兵らの居る前に躍り出た。
「ジャンヌさんの裁判が、どうしてフェアと言えるの？」
　みゆきの穏当でない言葉が、周囲をざわめかせる。
「私の家族も、同じように魔女として異端審問にかけられたわ。変な言いがかりをつけられて、『はい』っていうまで乱暴され続けて」
　教会が幅をきかせていた時代、群衆の中にも教会に不信を持つものもいるかもしれない。みゆきはそれに賭けたのだった。
「不届きものを捕えろ！」
　気色ばんだ兵士が近づいて来るが、みゆきはひるまない。
「裁判官はイングランド側の人間だけだったはずでしょう？魔女裁判だってずさんなのに、信用できない」
　甲冑をつけた兵士の鈍重な動きを、小さな体を活かしてかわす。群衆の中から、兵士に対するやじが聞こえた。幼児体型の少女相手に大男が手間取っているのは見栄えも悪いだろう。
「捕らえるつもりなら捕らえてみなさいよ！ジャンヌさんだって戦ってたんだ、私も戦う！」

「いくらすばしっこくても、あの人数から逃げるのは無茶だ……よし」
　遠目からみゆきの様子を見ていた鷹城空は、彼女に加勢することにした。庶民と同じ服装をして、万一の時のために民衆の中に潜んでいたのだ。空がろっこん〈イエローデビル〉を発動すると、みゆきを追っていた兵士の足元にバナナの皮が召喚された。無様に転ぶ兵士たち。続いて、適当な方向を指さして大声を出す。
「向こうに怪しい人影が見えたぞ！魔女ジャンヌを助けに来た悪魔かも知れない、皆あっちの方をさがせ！」
「いや、怪しい者が逃げたのはあっちだぞ！」
　兵士姿の轟もとっさに、また別の方角を指差して叫んだ。混乱には火に油を注ぐことになるだろう。
　予期しない騒ぎに浮き足立っていた火刑台近くの民衆は、それだけでも冷静さを失ってどよめいた。

「まずい、予定外の事態だ……」
　火刑を執行する処刑人は焦っていた。下手をすると動揺した民衆が処刑の最中に暴徒化してしまうかもしれない。それは最悪の事態だ。しかも―――彼の中には疑念が起こっていた。火の勢いを緩めて現れた焼死体が、どうも生身の人間を焼いたもののように見えないのだ。だが、死刑囚は確かにこの手で火刑台に縛り付けたはずだ。人形か何かにすり替わったはずがない―――
「あれは本当に魔女か？人形みたいに見えるが……」
「まさか！さっきまでは生身の人間だったぞ」
　近くで見ている者の中からも、疑いの声が漏れてきている。
　その時だった。ひとりの少女の声が広場に響いた。
「私は見たぞ！あの魔女が燃やされて苦しんでいるのを！」
　鷹城空の声だった。焼かれたのが人形だとばれないよう、わざと叫んでいるのだ。
「あの状態でジャンヌが逃げ出せるはずがないだろう！そんなことができるとしたら、神の使いだけだろう。お前は、ジャンヌが魔女ではなく神の使いだったとでも言うつもりか？」
　処刑人にとっては僥倖だった。馬鹿げた疑念は振り払い、まずは民衆の動揺を抑えることが先決だ。
「薪をくべろ！」
　処刑人は助手に、また火勢を強めるよう命じた。火柱が上がり、今度こそ本当に人形は炎の中に包まれた。群衆の注目は、再び火刑台に集まった―――