悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

　たとえ今日何かを変えたって、どのみち世の中すべての悲劇や理不尽に手を伸ばせるわけじゃない。そのことだってわかってる。
　でも、今回はたまたま手が届く。それで黙ってるような私じゃ、胸を張って歩けない。
「築地って子の言いたいことはわかる。けど、目の前のことを諦められるかって言えば、答えはノーよ」
　桃川圭花は思いを口にした。目標は、ジャンヌだけでなくマルグリットも無事送り届けること。手には、身につけていたアクセサリーを売り払ってつくった銀貨や銅貨が握られていた。
「あのピアス、お気に入りだったけど……」
　自分だって、責任を感じないわけじゃない。奇跡のお代に足りるというなら喜んで差し出そう。圭花は、さっき市子が別れ際に見せた微笑を思い出した。
（じゃ、後で……）
　仲間のためにも、成功させなければ。

　最初の仕事は、馬車に積む荷物の調達だ。藁や麦、家畜用の飼料、それに材木。特に、穀物は比較的軽く、捨てたり燃やしたりして積荷を減らすのも簡単だからだ。
　街を歩くついでに、マルグリットを受け渡す地点や移動経路の下見もしておく。
「では、後で馬車が取りに来ますから」
　飼料を前金で支払うと、圭花は引換証を受け取った。

「流しの錬金術師の者だけどさ。新発見の金属があるから、もっと高名な錬金術師に売って欲しいのさ」
「確かに、この光沢は珍しい……同じ重さの銅貨で手を打とうか」
「おや、あたしがこれに費やしたのはそんなもんじゃすまないけどね」
「―――最近、とみにこの手の妖術の取り締まりが厳しくなってねぇ」
「口止め料も込みってことかい。仕方ないねぇ」
　桜崎巴は、両替商の出した条件で手を打った。馬車の借受金、物資や変装用具の資金、賄賂―――これで足りるか。

「マルグリットの受け渡し場所は、処刑が行われる広場から一番離れた北の町外れがいいと思うの」
　ロザリー・マルリアーヴは、マルグリット救出班の壬生由貴奈にマルグリットの安全な引渡し地点を伝えていた。
「そうだねぇ。処刑の時は人もはけてるだろうし……仲間に伝えとくよ」
　マルグリット救出を由貴奈たちに託したロザリーは、今度はマルグリット護送のための馬車を受け取りに行く。
昔、兄と馬術を習ったことがある。当時は兄より上手だったが、現代で役立てることなんてないだろうと思っていた。
「まさか、実際に使う日がくるなんて……」
　ルーアン近郊の農村近くで、八神修は馬車二台を用意して待っていた。
「腕時計のほかに、ダイヤのタイピンも使ったよ。現代の硬貨を使う、桜崎のアイデアも助かった」
「お手柄よ、修くん」
　ロザリーは、別々に出発する２台の馬車のルートも確認しておいた。

「この腕輪、名のある錬金術師が偶然に発明したものでして。試しにちょっと身につけてもらえますか？」
　日暮ねむるは、呼び止めた旅商人の男相手にセールストークを披露していた。売り物は、彼が身につけていたパワーストーンだ。男は、半信半疑で腕を差し出す。腕輪を身に付けるとき、体に触れた瞬間を利用して、ねむるはろっこんを発動した。
「どうです、急に眠くなったでしょう？これが腕輪の力です」
　まんまと商人を騙したねむるは、言い値で腕輪を買ってもらった。
「軍資金は、これだけあれば十分かな？」
　続いて、ねむるは馬車に積む樽詰めの油を買いに向かった。道中、投擲のための手頃な石ころも拾っておく。余ったら圭花に渡せばいい。

「ジャンヌさんたちを上手く逃がすために、警備を手薄にできないでしょうか？」
「それなら、あたしがろっこんを発動して暴れたらいいわ！」
　夕鈴翼の言葉に、朝野未沙が提案する。
「触手攻撃で時間稼ぎよ。ジャンヌたんのためなら、悪魔にでも邪神にでもなってあげる！」
「わあ、なんだか面白そうです！」
　いたずらが大好きな翼は、つい目的を忘れて目を輝かせた。

　それぞれの役割を胸に刻み、いよいよ護送班の活躍が始まる。