授業風景～倫理の時間の場合～｜リアクション

授業風景～倫理の時間の場合～

＜尾鎌蛇那伊の場合＞
　尾鎌は半紙に【連鎖】と書いた。
　文字は達筆ではないが、一般学生が一生懸命書いた努力がにじみ出ていた。
「書いた文字に掛けたる心、それは二つの視点よりなる」
　いつもの女性口調ではなく、武人めいた口調のよく通るバリトンボイスで発表を始めた。
「一つは殺害に限らず、肉体的又は精神的に他を傷つける行為は受けた本人や受けた人の身内や友人と言った受けた側に負の感情を残す。そして負の感情により受けた側が与えた本人や代替としてその身内や友人等の与えた側に報復すれば、受けた側と与えた側が逆転し、また負の感情を生み出す。それを繰り返せば負の感情はより深くなり、より多くの人達に広がり悲劇を数多く生み出す。復讐や仇討ちがそれだ」
　尾鎌は熟練の侍のようなオーラを立ち上らせつつ、黒板に矢印を描く。
　その矢印はやがて円環となり、まさに途切れることない負のサイクルを完成させた。
「故に人を殺める術に長けた武人は負の連鎖を生み出さぬよう、無闇に他へ武を振るわないよう己を戒めるのだ」
　受講者の多くが頷いていた。
　尾鎌はこれまでも数々の神魂騒動で先陣を切って掛かる火の粉を振り払い続けてきた。
　それを知る者ならば、尾鎌の言葉の深みがより一層分かるというものだ。
「そしてもう一つが殺害に限らず、肉体的又は精神的に他を傷つける行為はある種の麻薬でもあるからだ」
　尾鎌の説明に中野先生も興味津々だ。
　静かに、だが熱心に耳を傾けている。
「他を傷つける事により、快楽や優越感を覚え、他を傷つける行為に溺れる事もありえる。一度覚えた味を忘れられず、また味わう為に他を傷つけ続け、人の道を外れ、深き業に堕ちてしまう。故に人を殺める術に長けた武人は外道の業に堕ちぬよう、精神を鍛えて己が楽しみの為だけに武を振るう事をせぬように己を戒めるのだ」
　と、ここで尾鎌は発表を終え、教壇の上で一礼をした。
　受講者は拍手で発表内容を讃えた。
「素晴らしいです。尾鎌さんは、まさに現代の武芸者ですね！」
　中野先生の琴線に触れたようで、少し熱っぽく言葉を発する。
　それに尾鎌は、いつもの女性口調で謙遜した。
「あら、あたしなんてまだまだよ。これからも精進あるのみ、だわ」
　そう言って中野先生へウィンクをするのであった。