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笑顔になるまで
寮の自室に戻るなりドアの鍵を固く掛け、マリベル・ロイスは金色の髪に覆われた華奢な肩に力をこめる。明るい緑の瞳に決意の光を灯し、右腕の中の袋をきつく抱きしめる。もう片手に提げたコンビニ袋の取っ手をぎゅっと握る。
「……よっしゃ、始めよか」
気合の篭もった低い声で呟き、学習机の上にコンビニ袋ともうひとつの袋を置く。窓辺のカーテンを勢いよく閉ざし、テレビの前に大きめのクッションをひとつ。クッションの傍ら、手がすぐ届く位置にティッシュBOXとコンビニ袋の中から取り出したペットボトル飲料とお菓子の袋をセッティングすれば、準備は完了。この儀式に、お菓子と飲み物、ティッシュは必須。絶対に必要なものなのだ。
学習机の上に置いた袋を手に、テレビの電源を入れる。
夕方のニュースをBGMに、覚悟の手つきで袋の中から取り出したのは、近所のレンタルビデオ店で借りてきた厳選DVD二枚。たっぷり三時間分はあるDVDの一枚目には、大型犬と戯れるいたいけな少女の写真。タイトルは『感動の実話・動物と人間のふれあい物語』。
二枚目には、悲愴な顔で固く抱き合う一組の男女。タイトルは『悲恋の果てに』。
（……ビデオって殆ど見かけなくなったけど、レンタルDVD屋とはそういえば言わへんよな）
どちらを先に見ようか真剣に迷いながら、マリベルは小さく首を傾げる。
（不思議やわあ）
不思議と言えば、最近どうにも不可思議な現象ばかり目の当たりにする。
例えばパンツが大挙して逃げ出して追いかけるはめになったり、廃墟の遊園地で玩具に変身してしまったり。この島に来てから、あり得ないことが次々と起こる。
（まあ、ぜんぶ悪い夢やけどな！）
高校生活は楽しいけれど、もしかすると知らない間にストレスを感じていて、それがハチャメチャな夢のかたちになって現れているのかもしれない。
（ウチもこう、ストレス感じるときはあるんや）
これでも十五歳の思春期真っ只中な乙女、繊細な部分だってもちろんある。些細なストレスだって積み重なれば病気のもと。負の感情を溜め込んでしまうのは身体にも心にもきっとあんまりよろしくない。
楽しい高校生活を楽しむためにも、
（ストレス解消もたまには大切や！）
そのための、今日はたったひとりのDVD鑑賞会。
熟考の末、マリベルは『悲恋の末に』をテレビ台のDVD再生機にセットし、リモコンを操作する。
『感動の実話』も『悲恋の果てに』も、どちらも映画館で見そびれてしまった映画だった。レンタル屋で安く貸し出ししていたものをこれ幸いと借りてきたお得品。両方とも、帯には『号泣必至！』の煽り文字。
とにかく泣きたかった。ストレスを水に流すときは思いっきり泣くことが一番だと、
（ママンがいっていたし）
スペイン人演奏家である母の明るい顔を思い出しつつ、テレビ画面に映し出される川の流れと初手から悲しげな音楽にジッと見入る。
（うわ、なんかもう泣きそうや）
悲しい結末を予期させる期待通りの冒頭部に、マリベルはクッションを抱きしめペットボトルを開封する。
（泣ける映画を見て泣いてストレスを解消してスッキリ！ するんや！）
それでも、泣けば頬も鼻も目も真っ赤になる。泣き疲れた顔を誰かに見せるのはあまり好きではない。
お菓子の袋を開けながら、もう一度だけドアの鍵を確認する。きちんと鍵は掛かっている。間違っても誰かが急に入ってくるようなことはない。
マリベルは気合の入った眼を画面に戻す。
（ウチ今日はとことん泣くで！ 泣いたるんやで！）
森で怪我をして動けないご主人の頬をひと舐めして、
『ポチは駆け出しました。必死で駆け続けました』
真っ暗な部屋の中、画面だけが明るい。明るい画面の中、暗い森を金茶の毛並みの大型犬が無垢な瞳で駆け抜ける。
「う、うう……」
画面の前にかじりつき、マリベルはクッションを抱きしめる。傍らのティッシュBOXからティッシュを何枚も引き出し、緑色の眼からぽろぽろと零れる涙を拭う。ついでに鼻もかむ。
「がんばれポチ！」
懸命な声援を送るマリベルの脇には、涙を拭ったティッシュの山と、先程幼馴染と婚約者の間で揺れるヒロインが迎えた結末に号泣しながら見終えた『悲恋の果てに』。
「……ん？」
止まらない涙を拭う手がふと止まる。ポケットの中、マナーモードの携帯電話が震えている。
不意に現実に引き戻され、泣きじゃくっていたことを忘れてうっかり通話ボタンを押せば、電話口の向こう、あっけらかんと明るく響く母の声。
「え、ママン？」
（しまったつい電話にでてしもた！）
「あ、い、いや声がおかしいのは……か、風邪や風邪！」
鋭い母の指摘に冷や汗を掻きながら、マリベルは誤魔化し笑いに必死になる。泣き笑いじみた顔で頭を抱える。
（こっそりストレス解消作戦大失敗や～！）
「……よっしゃ、始めよか」
気合の篭もった低い声で呟き、学習机の上にコンビニ袋ともうひとつの袋を置く。窓辺のカーテンを勢いよく閉ざし、テレビの前に大きめのクッションをひとつ。クッションの傍ら、手がすぐ届く位置にティッシュBOXとコンビニ袋の中から取り出したペットボトル飲料とお菓子の袋をセッティングすれば、準備は完了。この儀式に、お菓子と飲み物、ティッシュは必須。絶対に必要なものなのだ。
学習机の上に置いた袋を手に、テレビの電源を入れる。
夕方のニュースをBGMに、覚悟の手つきで袋の中から取り出したのは、近所のレンタルビデオ店で借りてきた厳選DVD二枚。たっぷり三時間分はあるDVDの一枚目には、大型犬と戯れるいたいけな少女の写真。タイトルは『感動の実話・動物と人間のふれあい物語』。
二枚目には、悲愴な顔で固く抱き合う一組の男女。タイトルは『悲恋の果てに』。
（……ビデオって殆ど見かけなくなったけど、レンタルDVD屋とはそういえば言わへんよな）
どちらを先に見ようか真剣に迷いながら、マリベルは小さく首を傾げる。
（不思議やわあ）
不思議と言えば、最近どうにも不可思議な現象ばかり目の当たりにする。
例えばパンツが大挙して逃げ出して追いかけるはめになったり、廃墟の遊園地で玩具に変身してしまったり。この島に来てから、あり得ないことが次々と起こる。
（まあ、ぜんぶ悪い夢やけどな！）
高校生活は楽しいけれど、もしかすると知らない間にストレスを感じていて、それがハチャメチャな夢のかたちになって現れているのかもしれない。
（ウチもこう、ストレス感じるときはあるんや）
これでも十五歳の思春期真っ只中な乙女、繊細な部分だってもちろんある。些細なストレスだって積み重なれば病気のもと。負の感情を溜め込んでしまうのは身体にも心にもきっとあんまりよろしくない。
楽しい高校生活を楽しむためにも、
（ストレス解消もたまには大切や！）
そのための、今日はたったひとりのDVD鑑賞会。
熟考の末、マリベルは『悲恋の末に』をテレビ台のDVD再生機にセットし、リモコンを操作する。
『感動の実話』も『悲恋の果てに』も、どちらも映画館で見そびれてしまった映画だった。レンタル屋で安く貸し出ししていたものをこれ幸いと借りてきたお得品。両方とも、帯には『号泣必至！』の煽り文字。
とにかく泣きたかった。ストレスを水に流すときは思いっきり泣くことが一番だと、
（ママンがいっていたし）
スペイン人演奏家である母の明るい顔を思い出しつつ、テレビ画面に映し出される川の流れと初手から悲しげな音楽にジッと見入る。
（うわ、なんかもう泣きそうや）
悲しい結末を予期させる期待通りの冒頭部に、マリベルはクッションを抱きしめペットボトルを開封する。
（泣ける映画を見て泣いてストレスを解消してスッキリ！ するんや！）
それでも、泣けば頬も鼻も目も真っ赤になる。泣き疲れた顔を誰かに見せるのはあまり好きではない。
お菓子の袋を開けながら、もう一度だけドアの鍵を確認する。きちんと鍵は掛かっている。間違っても誰かが急に入ってくるようなことはない。
マリベルは気合の入った眼を画面に戻す。
（ウチ今日はとことん泣くで！ 泣いたるんやで！）
森で怪我をして動けないご主人の頬をひと舐めして、
『ポチは駆け出しました。必死で駆け続けました』
真っ暗な部屋の中、画面だけが明るい。明るい画面の中、暗い森を金茶の毛並みの大型犬が無垢な瞳で駆け抜ける。
「う、うう……」
画面の前にかじりつき、マリベルはクッションを抱きしめる。傍らのティッシュBOXからティッシュを何枚も引き出し、緑色の眼からぽろぽろと零れる涙を拭う。ついでに鼻もかむ。
「がんばれポチ！」
懸命な声援を送るマリベルの脇には、涙を拭ったティッシュの山と、先程幼馴染と婚約者の間で揺れるヒロインが迎えた結末に号泣しながら見終えた『悲恋の果てに』。
「……ん？」
止まらない涙を拭う手がふと止まる。ポケットの中、マナーモードの携帯電話が震えている。
不意に現実に引き戻され、泣きじゃくっていたことを忘れてうっかり通話ボタンを押せば、電話口の向こう、あっけらかんと明るく響く母の声。
「え、ママン？」
（しまったつい電話にでてしもた！）
「あ、い、いや声がおかしいのは……か、風邪や風邪！」
鋭い母の指摘に冷や汗を掻きながら、マリベルは誤魔化し笑いに必死になる。泣き笑いじみた顔で頭を抱える。
（こっそりストレス解消作戦大失敗や～！）
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2015年04月04日
- 参加申し込みの期限
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- 2015年04月11日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2015年04月11日 11時00分
