天神平薬局のお薬キャンペーン｜リアクション

天神平薬局のお薬キャンペーン

「わらわは真剣に困っているのじゃ。ぶっちゃけ、寝子高の勉強についていけんのじゃ。ヒャッハーもよいが、たまにはキレキレの頭になってもいいと思うじゃろ？」
「は、はいー、そう思いますぅ」
　メアリ・ラングストンが長机の向こうから身を乗り出している。薬局のキャンペーンを耳にして飛んできたのだった。
「そうなりますとー、このおバカが」
「バカじゃと」
「……言い間違えましたー。頭が良くなる薬がオススメですぅ」
　店員は笑顔を作った。それとなく目が相手の全身を見ていく。
　金髪でツインテール。黒を基調にしたゴシックロリータ風のドレスを着ていた。生地越しに左腕の刺青が薄っすらと見えている。
「この場で試すのじゃ」
　メアリは錠剤を一飲みにした。上体を屈めて両拳を握る。力を溜めているかのように全身が震えた。
「あ、あのぉ、だいじょうぶですかぁ」
「うおおおおお！　あるてぃめーっっと！！」
　両方の拳を空に突き上げて叫んだ。ひえぇぇ、と店員は驚きのあまり、小さく跳んだ。
「十九年の時を経て頭がめちゃくちゃに動いとるんじゃ！　アルティメットモード・メアリが誕生したのじゃー！」
「お、おめでとうございますぅ」
　店員は涙目になって喜んだ。うむ、とメアリは落ち着いた様子で答えた。
「こうしてはおれん。早速、美化活動に勤しまなくてはならぬのじゃ」
「頑張ってくださいねぇ」
「汚物は消毒しましょうね、ウフフ……」
　メアリの酷薄な笑みに店員は、程々でー、と言葉を付け加えた。

　寝子島高校へと向かう道をメアリは急いで歩く。
「まるでゴミのようじゃー」
　道端に落ちていた煙草の吸殻を拾ってビニール袋に収めた。その後もゴミと判断した物に飛び付き、嬉々として清掃に励んだ。
「効率が良いのう。これも頭が良くなる薬のおかげじゃ」
　額の汗を袖で拭う。空いた時間に腰を伸ばした。
「お薬をためすなら、むずかしい本を読んだほうがいいのですー」
　後方からの声にメアリは、誰じゃ、と大声を出して振り向いた。驚いた様子も見せず、ゼロが立っていた。くるりと向きを変えると散歩のような気軽さで歩いていった。
「不思議な感じがする子供じゃのう」
　ゼロの姿が消えた方向には本屋があった。うえ～い、と奇声を発したメアリが笑顔で突撃した。

　店内には専門書が多く見られた。端の方には漫画の棚もある。
　メアリは端に足を向けた。壁となった背表紙をじっくり眺めながら歩く。
「わらわが避けていた文字の多い漫画があるのう」
　目にした一冊を取り出した。パラパラと頁を捲る。青い瞳を近づけて物凄い速さで目を動かした。
「読めるのじゃ。意味がはっきりとわかるのじゃ！」
　漫画を戻すと一般書籍の棚に駆け込んだ。緑の背表紙が目に付いて引き抜く。絆というタイトルの小説であった。流し読みの早さで目を通す。
「ほう、三人の若者が冬山で遭難のう……ふむ、軽装なのが引っ掛かるのじゃ。近くに非合法の研究施設でもあるのかのう」
　メアリが予想した展開通りなのか。読み進めている間に、おお、と声を上げた。あとは手当たり次第であった。分厚い歴史書、難解な哲学書、果ては法律書まで読み耽る。
「ガンガンわかるぞよおおおお！」
　近くにいた書店員が非難がましい目で咳をした。メアリの勢いが止まらない。
「この薬があれば大学教授も夢じゃないのじゃー」
　詰め込まれた知識によってメアリは重度の興奮状態に陥った。
　崩壊は一気に訪れた。頭が不自然に揺れている。青い目に異様な光が宿り、かゆうま、と呟きながら外に向かう。
「……人類は歪じゃ…服を着るなど…理の外じゃ…虚飾と堕落の象徴じゃ……戻るのじゃ、神々の楽園に！　服など不要じゃ！　脱がしまくるのじゃあ、ヒャッハー！！」
　メアリは自らの胸をはだけて街中へと走り出した。