天神平薬局のお薬キャンペーン｜リアクション

天神平薬局のお薬キャンペーン

　純白のワンピースを着たゼロ・シーアールシーが旧市街をふわふわとした足取りで歩いていた。銀色の髪に同色の瞳は背の低さと相俟って人形のように見える。
　目にした薬局に吸い寄せられるように歩いていく。
　若い女性店員は少し困ったような表情で言った。
「お薬の無料キャンペーンをしているのですけどぉ、お嬢ちゃんには必要ないでしょうか？」
「くださいなのです」
　ゼロは白い陶器のような手を差し出した。苦笑した店員は三種類の薬の説明をした。直後に相手の様子を窺うような目を向ける。
　ゼロは幸せな気分に浸れる錠剤を、その場で掴み取って飲んだ。店員は心配そうな表情で声を掛けた。
「どうでしょうかぁ？」
「ふわふわなのですー」
「ふわふわですかぁ？」
　店員は首を傾げた状態で微笑んだ。ゼロは普段通りの幸せそうな顔で頷いた。
「でも、ゼロはいつもふわふわなのでよくわからないのです」
　その言葉に店員は残念そうな様子で、そうですかぁ、と笑って答えた。
「ほかの人が気になるのです。うしろにペッタリはりついてみるのですー」
　不思議な言葉を口にしてゼロは歩き出した。

　黒いシャツの袖を捲った姿でメイソン・ブリッジスが路地を行く。自身の手に向かって頻繁に息を吹きかけていた。何本かの指には絆創膏が巻かれていた。筋肉で隆起した前腕には生々しい傷跡が見える。
「もう少し加減して噛んでくれないかな」
　愛犬の愚痴を言いながらも表情は穏やかであった。
　目的地が近いのか。メイソンは金髪の頭を上げて周囲に目を向ける。
「確か、この辺りで見かけたんだけど」
　歩きながら横手の路地の奥を覗くと、正面に薬局が見えた。あった、と声を上げて足を速めようとして顔を顰める。白いスラックスで患部は見えないものの、足首に痛みがあるようだった。
　最初に若い女性店員が柔和な顔で迎えた。
「お薬キャンペーンですよぉ。お一人様一回分の試飲ができますよぉ。この機会にお試しくださーい」
「どんな薬があるんだ？」
「こちらが媚薬になりますぅ。これは幸せな気分になれる薬で――」
「二番目の薬を貰うか。疲労回復に効きそうだ」
　ひょいと摘まみ上げて瞬く間に錠剤を飲み込んだ。
「どうでしょうかー」
「……なんだか気分が良いな」
　メイソンは地面を踏み鳴らす。軽いフットワークから瞬時にギアーを入れた。トップスピードで走り回り、近くの壁を蹴って後方宙返りを決めた。
「不思議な感覚だ。痛みや疲労は気分次第で、どうにでもなるものなのか」
「効果があって良かったですぅ」
「他の薬も期待できそうだ」
　メイソンは薬局の中に足を踏み入れた。目に付いた棚に目を向ける。細々とした薬が整然と詰め込まれていた。
「意外とまともだな」
　広さは感じられないが種類は多い。方々に目をやる最中、メイソンは突然に後ろを振り返った。
「こんにちはなのですー」
「いつからいたんだ？」
「いつの間にか後ろにいたのです」
　ゼロは揺れる身体で曖昧に答えた。メイソンはフランス人形のような容姿を愛でながら腕を組んだ。
「君は何者なんだい？」
「ゼロはゼロなのです」
「そうか、ゼロちゃんか。僕はメイソンだ」
　ゼロはふわふわと店内を歩き回る。
「ゼロとメイソンさんはお薬仲間なのです」
「そうかもしれないな」
「そうなのですー」
　小柄なゼロは棚に隠れて見えなくなった。
　メイソンは別の方向に目をやる。店内を一巡したところで気が付いた。
「ゼロちゃん、いないのか」
　いつの間にか、ゼロの姿が店内から消えていた。