天神平薬局のお薬キャンペーン｜リアクション

天神平薬局のお薬キャンペーン

　公園のブランコには誰も乗っていない。他に遊具は見当たらなかった。隅のベンチには白浜渚が一人で座っている。丸くて大きい眼鏡が目立つ。垂れた黒い前髪が人相を隠し、レンズ越しに見える垂れた目尻が愛らしさを控え目に伝えていた。
「……これは何のお薬なのでしょうか？」
　一つの錠剤を掌に乗せていた。無料と書かれた置手紙を見て反射的に手に取った。戸惑いながらも持ち帰り、目にした公園に立ち寄って頭を悩ませている。
「身体に悪影響は出ないのでしょうか」
　おずおずと口に錠剤を持っていく。窄めた唇に咥えた状態で止めた。深い思考に陥っているように見える。
　その時、背後にゼロが現れた。繁みとベンチの僅かな隙間に立ち、夢心地の表情で言った。
「ここにもお薬仲間がいたのです」
　驚いた渚の口が開いて錠剤を飲み込んでしまった。
「あわわっ、間違えて飲んじゃいました？！」
「ゼロもお薬を飲んだのです。でも、なにもないのですー」
　白い髪を弾ませてゼロは公園内を踊るように巡る。眠たげな瞳で微笑み、回るようにして出ていった。
「……本当に大丈夫なのでしょうか」
　ゼロの消えた方向を見て不安を募らせる。
　数分後、渚はぼんやりとした様子で空を見上げた。
「今日は好天に恵まれましたね」
　気の抜けたような声を出した。疼くかのように身体が動く。
「何故か熱くなってきました。夏に逆戻りですね」
　ベージュのカーディガンのボタンに指が掛かる。数秒の抵抗に意味はなく、上から順番に外していく。狭いところに押し込められていた胸が勢いよく飛び出した。白いシャツ越しに水色のブラジャーが薄っすらと透けて見えた。
　閉じていた足が開き始める。履いていたスカートの裾が僅かに上に引っ張られた。
「……身体が熱くて、仕方がないですね」
　渚は秋空を眺めながらシャツの襟元に指を引っ掛けた。

　八神修は一人、ランニングに励む。銀色のスウェットスーツを着込んで黙々と道を走っていた。飽きが来ないように走るコースは適当に変えている。今日は旧市街を中心に回っていた。
　その最中、薬局のキャンペーンを目にした。興味を覚えた修は立ち止まって店員に話を聞いた。三種類の薬の効果を耳にして即座に錠剤へと手を伸ばす。
「バカの自覚はないが、頭の回転を一時的に向上させるくらいは出来るだろう」
　修は星ヶ丘を目指して走り出した。歪な路面に足を取られないようにして先を急ぐ。正面に公園が見えてきた。
「突っ切るか」
　迂回する時間を惜しんで修は公園の中に踏み込んだ。瞬時に目が左に動いた。ベンチに座っていた渚の姿を見て滑るようにして止まった。
　渚はカーディガンの前を開けていた。下の白いシャツのボタンは外され、水色のブラジャーが隙間から見える。酔い潰れた中年のように足を開いていた。
　修は横を向いた状態で近づいた。
「大丈夫ですか」
「身体が熱くて堪らないのです。それに――」
「どうしました？」
　修が横目で見ると渚が顔を近づけてきた。
「あなたを目にして、もっと熱くなりました」
　眼鏡の奥の瞳が妖しい光に塗れている。媚薬か、と修は呟いた。ポケットから真新しいペットボトルを取り出すと渚の手に強引に押し付けた。
「俺が補給用に買った水です。取り敢えず、飲んでください」
「ありがとうございます」
　渚が飲んでいる隙に、失礼します、と声を掛けた修がシャツのボタンを留めていった。
「しばらくは目を閉じて安静にしていてください。自然に身体の熱さも収まると思います」
「そうさせて貰います」
　幾分、落ち着いた渚は笑みを浮かべて静かに瞼を閉じた。
　見届けた修は急いで公園を出た。手の中に握った錠剤に目を落とす。
「俺が貰った錠剤は大丈夫なのか？」
　答えが見つからないまま、修は再び走り出した。