【思い出の日】

　にゃおう、とあくび混じりに、三毛猫がおーがひとつ鳴いて。後木 真央と志波 武道は、はっと我に返りました。
　夕陽に向かって飛んでいく鳥たちを眺めたまま、気付けばずいぶんと、時間が立っていたようです。
「……おーっと！　あんまりすごい光景なんで、ついついシンミリしちゃった☆　ほら、水があるうちに、そろそろ帰ろうゼイ！」
「ハイなのだ、帰りましょうなのだ……がおーも一緒に！」
　がおーがどこからやってくるのかは、結局、良く分かりませんでしたけれど。真央はもう、寂しくはありませんでした。誰かと一緒にいること、ひとりじゃないことが、こんなにも嬉しいなんて。
　いつものように開けっぴろげに笑った武道だって、少なくとも今日は、あの腕に走る鈍い痛みを感じずに済みそうです。そのことを、彼女へ感謝しながら。
　とぷん、と二人は海へ飛び込み、水面に揺れるふたつの影は、すぐに見えなくなりました。



　鳥たちの何割かは、渡り鳥であったようです。
　大天使 天吏が少しばかり魚獲りを手伝ってあげますと、小魚を食べてしっかりとパワーを蓄えた鳥たちは、しばしお礼のように彼女の周りをぐるぐると回ってから、海上へとずばっと飛び出し、そして旅立っていきました。
　天吏や島に暮らす人々が、そうであったように。鳥たちもまた海の中で息をして、ぴいと元気な鳴き声を上げて泳ぎ回り……天吏が思うよりよほど彼らはたくましく、生命力に満ち溢れていたようです。
　もちろん、天吏が彼らのためにと買って出た手伝いが、長く険しい旅へと出る鳥たちへの、この上ないエールとなったことは確かです……何せ、飛んでいく彼らの羽ばたきときたら、あんなにも力強いのですから！
　無事に旅を追え、そしてまた季節が巡り、この寝子島へと戻ってきた時。再び、ここで出会えることを祈りながら。
（また、いつか……この島で）
　すっかり見えなくなってしまうまで、天吏はじっと、鳥たちを見送りました。



　寝子島シーサイドアウトレットの中央、エスカレーターが上下に連なる吹き抜けの広場をも満たす海の中を、四人と一匹は泳ぎます。
（よっしゃああああああ）
　それでもってそんな一時が、御剣 刀にとってはこの上ない、至福の瞬間だったりするわけなのです。
　目の前には、ひらひらのフリル付き、シックな紺のビキニへ着替えた桜庭 弓弦の、たわわなナイスバディ！
「うふふ、何だか私、人魚になったみたいだわ～。あら、美味しそうなお魚ね？」
「す、素直に見て楽しみましょ、弓弦さん。ね？」
　弘明寺 能美子が選んだのは、セクシーな黒のビキニ。昔取った杵柄というやつでありましょうか、これが実にスタイル抜群！　であります。
　隣には、泳ぐのにはちょっぴり苦労しながらも、ちまちまと猫かきしながらお魚の群れと戯れて楽しむ、にゃーくん。
　それに、
「にゃーくん、ほらほら！　あれ、一緒に図鑑で見たお魚だよ。あはは、実物を見られて嬉しいみたいだね～」
　桜庭 円は少し背伸びして、清楚かつ大人っぽい、白ビキニ！　弓弦と一緒に視界へと収めれば、そこには桜庭姉妹のゴージャスな肢体が並んで……。
（……姉妹……か）
「また何か、失礼なこと考えなかった？」
　ふっと視線を反らした刀に、頬を膨らませた円がツッコミをば。
「まったくもう、仕方ないなぁ、ムッツルギくんは」
「御剣だ、御剣。しかしまぁ……」
　ぐるり、辺りを見回した刀。天井のガラスから差し込む、少しずつ赤みがかってきた日の光。群れながら踊る魚たち、それに何より、水着の女の子たち！
　円の手から離れたにゃーくんが、ちまちまちまっと手足を動かして、ぽふんと能美子の胸の中へ。桜庭姉妹がそれを見て、そっくりな笑顔を浮かべました。
「こんな神魂なら、たまには良いかもな……」



「やー、白熱してますねー」
　いつもはローテンション気味な薄野 五月も、海中散歩のさなか、目の前にこんな光景を見つけてしまったなら、握り締めた拳に力も入ろうというものです。
　隣でうなずいた深倉 理紗子も、
「す、すごいわね、二人とも……！」
　熱戦を繰り広げる彼女たちの泳ぎを見ていたら、自分までも熱く昂ぶってくるかのよう。
　目を輝かせた稲井 いおねはと言いますと、
「ああ……！　あの頭骨の艶かしい曲線は、まさにイルカならでは……た、た、たまらんのですよーーー！！」
　いささか違った角度から、その戦いに注目しておりましたけれど。
　ともかく！
　今や体育館を飛び出し、戦いの舞台は、広大なグラウンドへ。イルカたちを率いて、縦横無尽に駆け巡っておりますのは……羽生 碧南！
「こんな楽しい試合なら、勝っても負けても、悔いは無いわね。でも……！」
　きりりっ、と見据えた先には、相原 まゆ先生率いる強豪たち！
「絶対に負けないわよー！　まゆチーム、ファイトー！！」
「私だって……！　最後まで力を貸してね、みんな！　さあ、行くわよ！！」
　そんな二人のバスケ対決を、防水カメラでばしゃばしゃ、撮りまくる椿 美咲紀。今日はもう、新聞の記事を飾る素晴らしいネタがこれでもかと手に入りましたもので、ほくほくなのです。
「一体、どちらが勝つんでしょうか……この試合、最後まで目が離せません！」
　ギャラリーも増えまして、ファインダーの向こう、碧南とまゆ先生……そしてイルカたちを交えた白熱の戦いは、周囲の海水までも沸騰させてしまいそうなほどに熱く、熱く燃え上がるのでした……！



　星ヶ丘寮に戻り、今はひとり、静かにバルコニーへ佇む三宅 葉月。
　彼女のもとへ、意外なお客が訪れました。
「……あら」
「こいつはまた、絵になるじゃねえか。水窓の令嬢、ってところかい？」
　小魚たちに取り囲まれながら、ゆったり優雅に星ヶ丘珊瑚礁を散策する、寝子 サンマさんでありました。
　彼はバルコニーの手すりの上へ、すとんっと腰掛けますと、
「いやーそれにしても、良い眺めだぜ。沈み行く夕陽に、赤く色づく海……美しく広がるサンゴ礁。愛嬌たっぷりの可愛らしい小魚ちゃんたちに、モテまくりの俺。それに、隣を見りゃあ……」
　び、とサムズアップしつつ、サンマさんは言うのです。
「こんなミステリアスな別嬪さんが、こうして佇んでるんだ。まったく、素晴らしい景色じゃねえか、なあ？」
「……口が上手いのね、あなたって」
　繊細な気質な葉月は、隣人とは常に、距離を置きがちなところがありましたけれど……これも夢だと思えば、そう。こんなにも素晴らしい風景の中、誰かとひとときお喋りに興じてみるのだって、たまには悪く無いかも知れません。
　そのまま二人、少しの間、いくつかの言葉を交わしてから。
「夢が覚めたなら……この鮮やかな色合いを、形に残しておきたいの。キャンバスの上へ、表現しておきたいのよ」
「おう、そいつはいいな！　完成したら、ぜひ見せてくれよなっ」
　葉月の言葉にそう言って、ぴょいっ、と再びバルコニーから飛び出したサンマさん。
　こちらへひらひらと手を振って、小魚たちと一緒に悠々と泳いでいく、彼を見送りながら。
　海の底にひっそりと横たわる寝子島を、瞳の奥へ、胸の中へと刻み込みながら……葉月はそっと、微笑みました。